笠井 信輔さん(フジテレビアナウンサー)
  ■かさい・しんすけ
1963年東京都生まれ。1987年本学商学部卒業。卒業後はフジテレビにアナウンサーとして入社。「おはよう!ナイスデイ」の出演で全国的に有名になる。その後、「タイム3」「めざましテレビ」「THE WEEK」「銀幕会議2」「男おばさん」など、数々の番組に出演。現在は「情報プレゼンター とくダネ!」でアシスタントを務めている。趣味は、映画、スキー、宝塚歌劇団の鑑賞など。特に映画は、現在も年間130本以上をスクリーンで見るほど。

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんは、いろいろな想いや夢を抱き、早稲田大学に入学されたことと思います。

 実は僕の両親も早稲田大学の卒業生で、在学時は同じサークルに所属していました。当然、僕は“早稲田一色”の子ども時代を過ごすことになりました。自宅には、早稲田大学の創設者である大隈重信が描かれた絵皿や、大隈講堂のオブジェがついた灰皿などがあり、両親は熱心に早稲田のスポーツをテレビで応援する、といった具合です。ですから子どものころは、何もしなくても自分は早稲田大学に入れるものだと勘違いしていて、中学生になってやっと「試験に受からないと入学できないんだ!」と気付いたほどです(笑)。
 一浪の末、念願の早稲田大学に入学しました。早稲田大学は志望していた放送業界への就職に強いこともあり、何としても入りたかったのです。

 浪人という挫折を味わい、親も心配するほど一心不乱に勉強してきたので、大学に入ったら好きなことを目一杯やろうと決めました。放送業界を目指すために、「放送研究会」に入会し、また、趣味のスキーを大学でもやりたいと思い、「レスポアール スキークラブ」にも入りました。それぞれ週3日ずつ活動し、残りの1日は生活のためにアルバイト。本当に忙しかったですね。でも、幸せな疲れといいますか、すごく充実した毎日でした。

 「放送研究会」では、みんなで日々アナウンスのトレーニングをしつつ、ビデオやラジオの作品を作ったり、当時生協で昼に放送していたミニFMの番組パーソナリティをやったり、さらに、テレビ神奈川から10分ほどの放送枠をもらって番組を制作するなど、いろんな経験をさせてもらいました。「レスポアール スキークラブ」では、みんなで雪山にこもって合宿をし、大会にも出場しました。仲間たちと本気でスポーツをしていると、本音をぶつけ合える仲になるものです。喧嘩をしたり、泣きながら激論を交わしたりと、まさに青春ドラマの世界(笑)。今でも当時の仲間とはよく会いますが、お酒を飲むと、在学中と同じく青春ドラマさながらに熱く語り合っています。

 もちろん、勉強にも力を注いでいました。最も印象に残っている授業は、亀井昭宏先生の広告論のゼミ。実践的なマーケティングの授業で、僕らのころは学生たちがチームに分かれ、各チームがそれぞれ実際の商品をいかに売っていくかを考え、企業へのプレゼンまで行っていました。当時はバブルで、企業に余裕がある時代だったからこそ実現できたのかもしれませんが、とても楽しく学べたのを覚えています。こうしたユニークでためになる授業がたくさんあるのが、早稲田大学のふところの深さだと思います。

 多くの皆さんは、大学に入学すると、その自由さに驚かれると思います。高校時代までのように、こうしなさい、ああしなさいと言われることが、ほとんどありません。なぜなら大学生ともなれば、自分のことに関しては自分で決める責任があるからです。

 僕は、早稲田大学で4年間過ごせたことを、本当に良かったと思っています。もし生まれ変わったとしても、同じように早稲田大学で過ごしたいと思うほどです。仲間と本音をぶつけ合って築いた絆や、目標に向かって全力でまい進するという経験には、一生モノの価値があります。こうした経験は、大学時代にしかできないことです。

 早稲田大学ほど、いろいろなことができる大学はないと思っています。だから、この素晴らしい環境で過ごすことができる皆さんに、もう一度心から言いたい。「入学おめでとうございます!」と。ぜひ、全力で何かに打ち込み、そして人に熱く語れるようなエピソードをたくさんつくってください。一生懸命に頑張る皆さんを応援しています!

笠井さんメッセージ
1240号 2011年4月20日掲載