えび茶ゾーン 

えび茶ゾーンの原稿は、全学の教員が交替で執筆しています。

 中国で自己紹介をする時に早稲田大学と言うと、「あの有名な早稲田大学ですか」と言われて、かえってこちらが驚かされる。それに対して、慶應義塾大学は名前が通っていないと、慶應で学んで帰国した中国人留学生が嘆くのを聞いたことがある
 それではなぜ早大は、中国人の間で著名なのだろうか。その鍵は、早大が一九〇五年に清国留学生部を創設し、多くの中国人留学生を受け入れてきたことにある。留学生の中には、中国共産党の創設メンバーであり、毛沢東の先生として知られる李大釗がいる。こうした留学生が、中国に帰国後に教育界や各界で活躍した
 また、早大教育学部の前身にあたる高等師範部の教務主任であった中島半次郎は、近代教育が本格的にスタートした清末期に、中国の教員養成機関である北洋師範学堂で一九〇六年から三年以上にわたって教鞭を執った。中国近代教育の要とも言える師範学校で早大の教授が指導に当たり、中国の近代教育に大きな影響を与えたことは特筆すべきことであろう

 数年前、中国西北部の少数民族地域に出かけた時のことである。教育局の幹部に、早大の教員と名乗ると、意外にも早稲田のことを知っているという。かつて自分が子どもだった時代に、父親と同じ職場で働いていた水利技術者が早大出身者で、大学時代のノートを大切に保存していて自分にも見せてくれたという。こうして、先人が培ってきた早稲田と中国との関係を、留学生を大切にしながら、今後とも大切に育てていきたいものだと思う。  (A・K)

 
1208号 2010年1月21日掲載