えび茶ゾーン 

えび茶ゾーンの原稿は、全学の教員が交替で執筆しています。

 劇団銅鑼の「センポ・スギハァラ2009」を観た。一九九二年初演の前作同様、杉原千畝・幸子夫妻の心の有り様がよく描かれ見応えのある舞台であった

 千畝は一九一八年四月に高等師範部英語科に入学し、官費留学生として哈爾浜に派遣される翌年秋まで、本学で学んだ。リトアニアの在カウナス日本領事代理として「命のビザ」を発給し、六千人のユダヤ人を救ったことは有名である。「東洋のシンドラー」と讃えられる千畝であるが、後年、彼はビザの発給を「自分としてできることをやったにすぎない」と述懐している。この謙虚さはどこから来るのか

 また、同窓である野村万作氏の「釣狐」を観た。この狂言は「猿(靱猿)に始まり狐(釣狐)に終わる」と言われるほどの大曲で、今回は面も装束もつけない袴狂言として演じられた。万作氏の老狐がいい。僧に化けて殺生の無益さを猟師に迫るという筋書だが、老狐ぶりを荒々しい息づかいで見事に演じて見せた。百歳に余る老狐の息づかいは、時には万作氏自身の息づかいとも、時には七八歳でこの大曲に挑む狂言師の心の叫びとも思われ、強く心に残った。袴狂言は、簡素なるがゆえに役者の姿と心とが露わになるという。その特色がよく表れる、何とも「凄い」演技であった

 氏ものち、千畝同様、「自分としてできることをやったにすぎない」と述懐するのであろうか。己の生き方を貫いた人の姿・心は美しいものだと感じさせる二つの舞台であった。それを観た私は、「自分としてできること」とは何ぞやと、いま考えている。  (M・S)

 
1203号 2009年11月26日号掲載