とっておきの話 

オリンピアでの「聖者の道」行進

スポーツ科学学術院教授 間野 義之


 オリンピアはペロポネソス半島の西側に位置する人口1,500人ほどの小さな山村である。この地で今から約2800年前に古代オリンピア競技祭が行われた。スポーツの研究者として、一度は訪れてみたいと思っていたが、2008年4月に念願がかなった。

 アテネのバスターミナルは鉄道駅から離れており探すのにひと苦労した。外国人向けのツアーもあるのだが、オリンピアは点在する観光地のひとつでしかなく、当地に2泊3日を希望する私には不向きであった。仕方なく、ギリシア人が利用する路線バスに乗り込み、8時間ほどで麓の町ピルゴスに着き、そこからまた1時間ほど地元のバスに乗り継いだ。

 古代オリンピア競技祭では、地中海沿岸の諸地域から選抜された競技者たちは、まず麓の村エリスで選手登録をし、その地で数日間の訓練を行った。その後、競技会開催の直前に「聖者の道」を全員で大行進し、大喝采を浴びつつオリンピアに入場した。

 旅行前、私もこれにならって「聖者の道」の単独行進を思いついた。しかし、地図をみても、Google Earthで検索してもそれらしき道は見つからなかった。当然のことである。「聖者の道」はアルフェイオス川沿いにあり、川は氾濫を繰り返していたからである。とはいえ、オリンピック遺跡が存在するのであれば、その周辺に数100mくらいは「聖者の道」の痕跡が残っているはずである。そう考えて、古代遺跡の周囲を探すこととした。

 春の草花が小さな可憐な花を咲かせ、雑木が茂る遺跡の裏手には、観光客も村人も誰ひとりとしていない。暖かい日差しを浴びながら地図を片手に探すこと1時間、ようやくそれらしき道を交差するクラデオス川沿いに発見した(と私は信じている)。

 古代の勇士たちは、家族や恋人とともに、多くの観衆の称賛を浴びながらこの道を行進したのであろう。そんな様子を想像しながら歩いていると、なんだか私まで晴れがましい気分になってきた。が、突如、目前の川岸が途切れた。いやおうなく対岸に移らなければならない。3mほどの川幅で水深は30cm程度である。勇士であれば、サンダルでざぶざぶと渡ったのであろうが、こちらはトレッキング・シューズである。着脱は面倒だ。思案の結果、大きめの石を投げ込み、飛び石で対岸に渡ることにした。ところが、石を放り込むと流れが変わり、川底の砂が運ばれ石が沈んでいく。慌てて飛びのり、ぐらつきながらも向こう岸に着地し、ほっと安堵した。

 誰も見ていない森のなかでの小学生以来の小さな冒険は、中年男性に勇気と自信を与えた。私は靴の紐を締めなおし、さらに胸をはって「聖者の道」らしき川岸を、オリンピア競技場までひとり行進を続けた。


クラウデオス川沿いの聖者の道(?)
▲クラウデオス川沿いの聖者の道(?)

スニオン岬のポセイドン神殿遺跡にて
▲スニオン岬のポセイドン神殿遺跡にて

 
1201号 2009年11月12日掲載