スダディ・アブロード 連載「ぐろーかる・らうんじ」は「スダディ・アブロード」に名称変更しました

From Turkey to Waseda
トルコからWASEDAへ

国際情報通信研究科 修士課程2年
ジャンス・ウラッシュ・デニズさん

ジャンス・ウラッシュ・デニズ

トルコから見た日本人は「発明民族」
 アンカラ大学で日本語と教育学を学んだデニズさんは、働き出してからも日本留学の夢 があきらめられなかった。「進んだ技術や制度を作り上げた日本人は、トルコではとても尊 敬されているんですよ」。自動車やさまざまなIT技術など、トルコから見た日本人はまさ に「発明民族」だと話す。「留学準備のために、勤めていた会社も辞めて準備に専念しまし た。でもトルコ国内の国費留学スカラシップの試験には2度落ちたんです。でもあきらめ ませんでした」。苦境はデニスさんの日本への関心をさらに高めた。念願がかなって2007 年に国費留学生として来日。また留学の直前には、トルコで知り合った日本人女性との結 婚も果たした。

初めて学んだ時間管理の大切さ
 同年11月には本学GITSの修士課程に進学。「社会の制度を変えるような情報技術を学び たい!」という強い意志があったからだ。しかし「初めての日本では、組織や集団意識の 違いから、研究室に馴染むのも難しく感じました」と振り返る。たびたび研究に対しても 後ろ向きになることもあった。そんなときゼミの北村歳治先生は、デニスさんにむしろ厳 しく接したという。「それは僕自身に主体的に勉強させる必要を、気付かせるためだったん です。先生は2冊の本を読むよう渡してくれました。一冊900ページもある経済学の本と、 もう一冊は日本語での論作文方法の本でした。これを1カ月で読み、レポートを提出する ように言われたんです」。 それからは毎月少なくとも2本、年間20本以上のレポートや論文を書く日々が始まった。 「正直研究は大変です。でも、それがとても自分のためになっている実感があるんです。 おかげで自分自身で、勉強とリラックスする時間を明確に分けて、時間管理ができるよう になりました」。当初苦手だったライティングも、日常的に書き続けることで、苦手意識を 克服したのだ。「その後、北村先生のことが大好きになり、先生のもとで研究できることを とても誇りに思っています」と力を込めて話す。

トルコに伝えたい日本の「流儀」
 「今は情報技術が観光産業をどう変えたか、などのテーマに関心があります」。昨年はマ レーシアのマラヤ大学で行われた、研究室間の学術交流会などにも参加。活躍の場は世界 に広がっている。「日本では研究だけでなく、その風土からも多くのことを学んでいます。 まず日本人の心や穏やかさ、物腰、また社会・経済の制度を学び、それをトルコにも自ら の言葉で伝えてゆきたいのです」。トルコの社会をよりよく変えたいという、デニスさんの まっすぐな思いが伝わってきた。

大好きな場所のひとつ日光「華厳の滝」
▲大好きな場所のひとつ日光「華厳の滝」


トルコ屈指の遺跡「エフェソス」
▲トルコ屈指の遺跡「エフェソス」

 
1196号 2009年10月8日号掲載