空白む午前五時過ぎ、浅い眠りのなか、携帯電話が鳴った。「見つかりました!」電話先の興奮気味の声は、戸山校地警備の隊長Aであった。発見されたものは某外務機関の公印文書で、発見場所は戸山校地ゴミ集積場であった。十日程前に紛失したその重要文書は、研究室を手当たり次第探しても見つからなかった。迂闊にも屑篭に「捨てた?」としか考
えようがなかったが、かといって然したる確証もなかった。自らの軽率さに卒倒しそうだった。幸いにも戸山校地では、廃棄物処理業者が定期回収に来るまで、構内のあらゆる廃棄物が一時集積場に保管されることになっている。もはやその屑山に当たるしかなかろう。
午後十時半頃を過ぎていた。事態を察知した隊長Aは、無線で応援を呼び、私とともに屑山の剣ヶ岳へと急行した。戸山校地警備隊は顔馴染みを越えた同胞といってよい。しばしば終電を逃し、盆暮れ正月なく夜半から明け方まで顔を合わせる男を彼らも教員とは思っていまい。屑山と格闘すること数時間、結局遭難した文書は見つからなかった。そもそも
屑篭へ捨ててないのかも知れない。すでに終電時刻を回っていた。「数日前の便で回収された可能性もあるので、回収車の行先を業者のセンターへ緊急照会してみる」と隊長Aは私を慰め、実際そうした。ごみ焼却施設に紛れ込んでしまった一枚の紙片が救出されることなどありえないから、彼の言葉は慰め以外の何ものでもなかった。私は隊の仲間に礼を告げ、文書紛失の事件は忘れることにした。始発列車で帰宅し、落胆と倦怠のなか遅い床に就いた。そして午前五時過ぎ、隊長Aからの電話が鳴る。戸山校地警備隊は、私に知れることなく、悪臭に充ちたゴミ集積場を夜通し捜索し続けていたのである。六年前の秋のことである。
※あくまで特段の対応であることを付記します。
|


▲夜間学部のある戸山校舎(当時)

▲戸山校舎からの夕暮れ
|