「責任だとか、誰かのためとかではなく、自分が楽しむことが大切」。山田さん
の濃密な人生の実践と想いが、この言葉には凝縮されている。2000年、大学生時
代に、台湾留学中に『ドラえもん』主題歌の中国語版歌手のオーディションに合格
し、CDデビューした経験がある。「アフリカでの活動は、そのときの経験が生きて
いますね。人生無駄になることなんて、ひとつもないんだなって思いました」。
そして「何よりも世界が見てみたかった」。その想いひとつで2003年に、青年海
外協力隊員としてアフリカ・マラウィへ赴任。ここで世界は一変した。「日常的にエ
イズ患者が周りに溢れている。そして僕の友人や知人までもが…なんとかしなくちゃ!と思うのは当然でした」。
そこでエイズ予防啓発の歌を作ろうと、とにかく自ら詩を書き、マラウィのトップミュージシャン、ムカラ・マリロ氏に「これに曲をつけて歌ってくれないか」と直談判した。するとこう一言「君が歌えばいい」。そしてこの瞬間、甚平姿のアーティスト・山田耕平による『ディマクコンダ(愛してる)』が生まれたのだ。「本気でやるからには、ヒットチャート1位を目指しました。トップミュージシャンと組むなら絶対出来る…いや絶対やらなければならなかった」。この曲が世に出される直前を、山田さんはこう振り返る。CDは発売1週間後には新聞、テレビ、ラジオに引っ張りだこになった。「はじめからすごい結果が出せる。それを確信していましたから」。
エイズ予防啓発には「Behavior Change!」、つまり多くの人々の行動を変えなければならない。「音楽は心に響くからこそ、人々の行動を変えられるのだと思います」。このラブソングに込めたのは、具体的な予防行為ではなく、その想いそのものだ。「エイズの重大な問題に気付いたひとから、自分の大切なひとに伝えてほしい」。そして日本の若者たちも、エイズについてもっと知るべきと話す。「アフリカはある意味で、世界で最もHIV/AIDS対策の実践経験を持つ場所です。だから逆に日本もそこから学ぶべきなんです」。山田さんは現在、レアメタルを扱う商社で働き、本学公共経営研究科に通っている。何足もの草鞋を履きこなす日々でも、自分の夢と想いを忘れない。「今後はビジネスを通じて、日本とアフリカの架け橋を築きたい。アフリカの資源と、日本の環境配慮の技術を対等にexchangeするような関係です」。「国際協力で大切なのは『かわいそうだから援助する』、『未発展だから支援する』という上から下への議論を展開するのではなく、お互いがイーブン(対等)で協働し、WinWin関係を築くことなんです」。山田さんの見つめる先には、日本とアフリカの新たな時代が開き始めている。
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