私のイッピン 思いをはせるのは、「1冊の本」と…の巻

 今回登場してくれるのは、先進理工学部3年の斉藤諒さん。斉藤さんのイッピンは、数学の歴史について書かれた「数学の黎明-オリエントからギリシアへ」(ヴァン・デル・ウァルデン著 村田全・佐藤勝造訳/みすず書房)。常に、好奇心のアンテナをはりめぐらしている斉藤さんの原点について語ってくれた。

 中学生だった斉藤さんは、衝撃的な出会いをする。訳者である佐藤勝造先生とだ。 斉藤さんの通っていた中学校では、通常の授業とは異なり自由に科目を選べる選科という授業があった。パズルを解くように思えて楽しかったから、数学を選んだ。だが、授業を受けて、驚いた。学者肌だった佐藤先生の授業が、何よりおもしろい。学年の枠にとらわれず、必要だと思ったことはどんどん教えてしまう。通常なら高校生で学習する範囲を学んだことも、しばしばだ。

 例えば、三角形の面積を求めるのは、「底辺×高さ÷2」と小学校で習った。もちろん、小学校ではその方法以外は学習しない。「三辺の長さから、三角形の面積を出すことができる。公式以外のやり方を先生の授業で、初めて知ったんです」。教科書で学んだことよりも、さらに深い知識を鮮やかに見せられた。「数学っておもしろい!」。佐藤先生の授業を通して数学が好きになった。それをきっかけに、興味が広がっていった。

 冒頭の1冊を購入したのは、中高一貫校だった高校を卒業する直前だ。佐藤先生にサインを書いてほしいと思ったからだ。ただ、初版が1984年と古く、なかなか見つからない。ようやく、見つけたのは池袋にある大きな書店だった。「それも最後の1冊を買ったんです」。そして卒業式当日、探し出した本とともに、佐藤先生のもとを訪れた。突然の訪問に、佐藤先生は驚きながらも、喜んでくれた。こころよく、サインもしてくれた。1冊の本が、イッピンに変わった瞬間だ。その日、晴れやかな表情をしていたのは、卒業を迎えた斉藤さんだけではない。きっと、佐藤先生も同じように、きらきらしていただろう。

 大学入学後、斉藤さんの世界はますます広がっている。ロシア語のみで演じる演劇に挑戦したり、シュプリンガー数学コンテストで優秀賞を何度も受賞したりした。「いつも周りに恵まれていて・・・感謝しています」。静かに語った斉藤さんのそばには、いつでも佐藤先生との出会いを象徴するイッピンがある。


イッピンを手にした斉藤さん
▲イッピンを手にした斉藤さん


 
1191号 2009年6月25日掲載