今回ご登場いただく中川さんは民間企業、官僚を経て現在は保育園の園長を務めている。ユニークな経歴を持つ中川さんには大きな夢があるという。
人生を決めるキッカケは甥っ子の送迎から
大学2年生のとき、近所の兄から「お前ヒマなんだからオレの子供を毎日保育園に送迎してくれ」と頼まれ、「毎日は大変だけど、保育士の人たちと仲良くなれるかな?と軽い気持ちで引き受けました」と、中川さん。しかしそれが彼の夢の起点となる。園の迎えは親が多いが、中には年老いた祖父母が来る場合もある。「園児は自分のおじいちゃん、おばあちゃんではなくても駆け寄って、楽しそうに話し、自分より動きが遅くて足腰の弱い『トモダチ』をいたわり、手をつないで歩く。おじいちゃん、おばあちゃんも保育園に孫を迎えに行くのが本当に楽しそうで、子どもたちも喜んで迎えている。めちゃくちゃ感動しましたね」。そこで中川さんは、「少子高齢化を迎える中で、子どもとお年寄りが一緒にいられることの大切さ」に気づき、「これからの時代はこれだ!」と確信。子どもとお年寄りが毎日の中でさりげなく交流できる施設をつくれないかと真剣に考えるようになった。
就職活動中でもその想いは消えず、「もし10年たってもそういう施設がどこにもできていなければ自分で作ろう」と決意。10年で自ら施設をつくれる人間になるための10年計画を構想し、就職活動を練り直した。大手商社を狙っていたが、方針を180度転換し、まず最初の3年間はあえて中小規模の会社で頑張り、次に制度的な問題を解決できる力をつけるため、残る7年間は国の政策を立案する官僚になるという10年計画を考えた。
実際に大学卒業後は「3年で会社全体が把握できる規模」の会社に就職、その会社は自分で商品企画し、営業を行い、集客すれば自分がそのツアーの添乗員になれるというユニークな仕組みを持つ海外専門の中堅旅行会社。「この仕組みなら3年でいろいろ経験できる」というのが理由だった。「企画」、「営業」、「経営」の楽しさと大変さを学んだ。また添乗員として両親を海外に連れていったことも。「ほんの少しだけ親孝行」ができた。
猛勉強の末国家公務員Ⅰ種試験に合格!
3年間で会社の仕組みや経営のノウハウを学んだ中川さんは次に10年計画の第2ステージに入った。国家公務員Ⅰ種試験の勉強に専念するため会社を退職し、1日20時間の猛勉強の日々。
1年後、背水の陣で臨んだ難関試験に見事合格。「必死で勉強しましたよ。朝起きるとゴッソリと髪の毛が抜け落ちることもありました」という努力の末に計画通り「官僚」となった。
「宇宙開発は男のロマンだ」と2000年に科学技術庁(当時)に入庁。しかし配属されたのは宇宙開発ではなく、旧文部省との統合を調整する部署。仕事は「超」のつくほど激務だった。その後、経済産業省に出向しAPECなどの政府間交渉や重要な国際会議なども経験したが、5年目に再び文科省に戻り念願の宇宙関連の部署へ。スペースシャトル日本
人宇宙飛行士搭乗のためのNASAとの交渉や、日本の宇宙開発の命運をかけたH2Aロケット打ち上げ再開プロジェクトにかかわった。
民間企業3年と中央省庁5年で8年が経った。ここでいよいよ10年計画最終ステージに入る。官僚としての激務をこなしながら、福祉の実態、介護や保育の現状を調査し始めた。思い描く施設はまだなかった。ここで中川さんは「ならば自分で施設をつくる」と改めて決意。官僚というステータスや将来の保証と安定を捨てることに未練はなかったのだろう
か。「まったくありませんでした。そもそも官僚になることはゴールではなく、施設を自分で作るためのステップですから」。
夢の実現に向けて走り出す!
社会人10年目。10年計画は計画通り実行した。あとは動くのみ。そうと決めたらすぐに行動を起こした。人を介して、保育園と介護施設両方を手がける神奈川県の社会福祉法人(伸こう福祉会)を紹介される。
ほかにはないユニークな発想や、オンリーワンの福祉サービスを目指す経営者と出会い、「まさに自分の想いを実現できる場所だ」と直感した。卒業後もずっと仲のよい大学時代の悪友達に相談した。官僚を辞めて夢を目指すという挑戦に、全員が応援してくれた。
その後すぐにこの法人に飛び込んだ中川さんは、現在は、法人が経営する保育園の園長として現場で働く傍ら、法人内のさまざまな企画も手がけている。
今では園児と高齢者とのコラボ構想に加え、その上のステージである、多世代交流型『小学校』を創るという大きな計画も構想中だ。大学との連携も視野に入れている。
夢の施設の実現には、乗り越えなければならない運営上のハードルもいくつかあるが、「時代をブレイクスルーした人間は誰もが『やれない』と思ったことを突破した人間。できるという信念があれば何でもできる。」とまさに『進取の精神』を体現している。
ありそうでなかった、高齢者と子どもが垣根なく一緒にすごせる施設や小学校を創るという夢。中川さんの行動力と熱意があればきっとこの「理想郷」の実現にはそう時間がかからないであろう。
「私は大学時代に一生付き合える仲間たちと出会いました。バカな夢も真面目な夢も真剣に相談できて語り合える、そんな人間が集まる早稲田の気風が今でも大好きです。自分の夢とつながる形で母校に恩返しできれば。在学生のみなさんにはぜひ大学生活での出会
いを大事にして欲しいですね」と言葉を結んだ。 |