漕艇部には、選手として入部した山崎さん。だが、大学2年の8月に転機が訪れる。監督より、「2年生の中からマネージャーを選出してほしい」と言われたのだ。マネージャーは、選手を理解し支えるだけでなく、早慶レガッタなどの運営を任される重要な仕事。関東漕艇学生連盟としても大会を運営しなければならない。選手との両立は難しく、事実上の選手引退となる。部内でも簡単に決めることができず、2カ月間ほど、ほぼ毎日マネージャー選出のためのミーティングが行われたという。
腹を割ったミーティングで、徐々に候補者が絞られていく。その中で、山崎さんの名前もあがった。「合宿所で、家族同然として生活をしているメンバーからマネージャーに必要な社交性・責任感・行動力を認めてもらったのがうれしかった」。そして、ついに10月、山崎さんを含む3人のマネージャーが決定した。同時に、選手として第一線から退くことになった。「優勝して、お前らを日本一のマネージャーにしてやる!」。漕艇部のメンバーが約束してくれた。
マネージャーとしての業務を任される毎日。合わせて、ボート協会とも綿密な打ち合わせが必要とされた。今までとは異なる自分の責任を果たさなければならない。「覚悟を決めたつもりでした。でも実は、気持ちが揺らいだこともあります」。選手として練習している夢を見たことさえもあったという。同期全員から名刺入れをプレゼントされたのは、ちょうどそのころだ。気持ちがすっと切り替わった。
この漕艇部のメンバーから、マネージャーに選ばれたことを誇りに思っている」。朝5時半から練習の撮影をすることも、部員の食事を(30人分も!!!)作ることもある。「漕艇部に尽くしたい」。だから、苦にならない。そればかりか充実しているという。
その名刺入れは常に携帯している。業務上、企業の担当者と接する場面も多い。昨今の不況のあおりをうけ、広告活動がうまくいかないときもある。「そんなときこそ、この名刺入れが支えてくれる。自分にとって、これはかけがえのないものなんです」。強いまなざしで、山崎さんは語ってくれた。 |