私の趣味は、趣味というよりライフスタイルで、何でも自分で試し確かめたい。早稲田入学の時に相撲をとる気で相撲部まで見に行ったが、なぜか入ったのは考古学研究会だった。当時の気のおけない仲間とは今でも交流が続いている。趣味といえば観劇、読書、生態観察、磯釣り、スキューバ、旅行、運転、庭仕事など、でも「一番は考古学」である。
1972年夏、釜山-ソウルのハイウェイを、風をきって快調に飛ばす。前回の列車とバス、徒歩での卒論資料集めではロスが多かった経験から、下関からフェリーにオートバイを乗せて来た。バイク旅行は楽しく自由自在で、これならいつかはユーラシア大陸の涯まで考古調査に行ける日が来るぞ、と夢が膨らんだ。
王陵が見つかったと聞きソウルから公州に駆けつけると、黒山の人だかりの中で発掘中である。旧知の考古学研究者に呼び入れてもらい、土がついたままの黄金製品や陶磁器など、往時の国際交流を示す出土品の一部を見せて頂き感激した。墓誌から被葬者の名(武寧王)や没年(523年)が解る類まれな墓で、歴史上貴重な大発見である。これがきっかけとなり私はアジア考古学を専攻し、フィールドは韓国からユーラシア全域へと広がった。
それから22年、アジア最奥のトルファンで早稲田大学日中合同シルクロード発掘調査を苦心しながら指揮していた。真夏の焼け付く砂漠の太陽が西に傾きようやくしのぎ易くなったころ、人骨のそばから金製トルク(頸輪)がきらりと光って出土した。遺物を覆う砂が音も無く崩れると、2千年の時を隔てて黄金色に輝くピアスやリング、バックルなど金製品が次々に姿を現した。その瞬間を思い出すと、今でも感動がこみ上げて胸が熱くなる。
研究を深めるほど考古学は愉しい。国際学会で発表し、報告し、あれから15年が経つ。天の時、地の利、人の和が揃えば、チャンスもまた巡ってくると期待するこの頃である。
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