「去年『荒ぶる』を歌っている先輩たちがうらやましくてたまらなかった」と話す豊田さん。2009年も必ずここで歌う、と心に誓った。2008年3月、主将任命。「今までは自分がいかにいいプレーをするかということだけを考えていればよかったけれど、それからは組織の中の自分を意識してきました」。
どんなときも周囲に心を配ることを忘れないようにした。「そういうのは主将のキャラっぽくないんじゃない?って言われることもありましたが、僕らしく肩肘張らずにいこうと」。そう信じて、一つひとつの試合を進めてきた。「だから『荒ぶる』にたどりついた時、すべてが報われました」と、うれしそうににっこり笑う。
「あこがれのアカクロのジャージを着たい!」と本学に進学。学生時代最後の年に『荒ぶる』にたどり着けたことで「やっと早稲田の一員になれたなぁ、と実感がわきました」
ゼミではスポーツ人類学を専攻。日本古来の祭り文化やエスニックスポーツをテーマに研究発表を重ね、卒論も同テーマで執筆した。「研究テーマに全力で取り組む先生方の姿勢には、大いに影響を受けました」。授業を通していろいろな友だちができたことも印象深いという。
抜群のジャンプ力を生かした豪快なプレーからはちょっと想像がつかないのだが、実は「手先が器用なので、針仕事とか得意なんです」。ジャージやスパイクが破けても、たいがい自分で繕うのだという。「マネージャーはみんなの分を繕ってくれているから、自分のできることは自分でやろうかな」、と照れながら話す。主将自ら鋏を手に寮の仲間の散髪もしている。「残念ながら、自分の髪だけがカットできないんですよね」
今春からは社会人リーグの選手として始動。「レッドスパークスはどんどん強くなっていくチームだと思います。自分も一緒に成長していきたいですね」。大切なのは、あきらめずに続けること。早稲田で得たことは一生忘れない、と力強く言葉を結んだ豊田さんだった。 |