薦!新任教員によるおススメ!本・映画・音楽・舞台

『燃えよ剣(上・下)』司馬遼太郎 著
階段の踊り場に佇んだときに

河村茂雄
教育・総合科学学術院教授
2008年4月嘱任
担当科目:教育心理学、教育相談、
      学校カウンセリング(大学院教育研究科)

 私はこの本を一気に読んだことが3度ある。

最初は不況の風が漂っていた1970年代半ば、何をしたいのか漠然としたまま予備校に通っていた受験生のころ。次は、世の中にバブルの興奮が感じられた25、6歳の時、私は1年半の入院生活を送っていた。そのときの、時の流れが止まったような病室で。

 社会の動きがひしひしと感じられ、その中でしっかり歩んでいる友人たちを尻目に、取り残されたように存在する自分。やるせなさと、どこに向けたらいいのかわからない攻撃性を秘めて悶々としていたとき、この本を一気に読んだ。

 武士になろうとし、自分が考える武士らしく生きることを全うした土方歳三の生き方に、吸い寄せられた。彼は自分なりに「生ききった」、「そういう生き方もありなのだ」、と思えたことが当時の自分を支えた。人それぞれでいいし、その人がその生き方に意味をみいだせればそれでいいのだと思った。

 心理学的にみれば、土方歳三は劣等感が強くパーソナリティーは…、なんて分析するのは野暮なことだと思う。

 そして今年の夏、お盆の3日間だけスケジュールが空いた。その日の朝、携帯に大学院時代からの友Aの訃報が届いた。

 大学院時代とその後の不遇時代、そして研究職のポストを得てからの10数年間、互いに忙しく活動しながらも、年に数回はあって語る友だった。私が早稲田に移る前の3月にも会ったばかりだった。

 電話が切れた後、しばらく呆然としてしまった。窓の外の空が青かった。

 「A、五十前で少し早かったが、君は生ききったのだな」と思いたかった。しばらくたってふと気がつくと、書棚の片隅にあったこの本を手に取っていた。すっかりページが黄ばんでいた。

  学生時代に、自分の座標軸を確認できるような本との出合いがあるといいと思う。


1972年 新潮社
各780円(税込)


※各キャンンパス生協に
「ウィークリー薦 コーナーが設置さています」
   
1174号 2008年11月27日掲載