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『考えるヒント3』小林秀雄著
誰にでもある『美を求める心』

成澤 勝嗣
2008年4月嘱任
文学学術院准教授
担当科目:美術史演習、基礎演習

 この本を買ったのは19歳くらいの時だったと思う。大学で美術史というものをやることになったのはいいが、自分の美的感覚に自信なぞあるはずもなく、およそ美と縁のない日常を送っていた僕は「ホントにこんな勉強やっていけるんだろうか」と、ひどく不安だった。

 僕が早稲田に入った31年前、小林秀雄はその難解な文章で入試の国語問題における帝王だった。受験生にとって「傍線部のこれは何をさすか?」というような設問は、いつも恐怖の的だったのだ。でもこの本は彼の講演集だったせいか、身構えたほどの難解さはなく、僕はその中の『美を求める心』という一編が気にかかって、何度も読み返した。今でも印象に残って思い出すのは、たとえばこんな部分である。

 「美しいものは、諸君を黙らせます。美には、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当に解るという事は、こういう沈黙の力に堪える経験をよく味わうことに他なりません」

 「感ずるということも学ばなければならないものなのです。そして、立派な芸術というものは、正しく、豊かに感ずる事を、人々に何時も教えているものなのです」要するに小林秀雄が言いたかったのは、よく見て、よく感じることが大切だというようなことだったのだろう。僕はこれらの言葉を「そうか、感じることも学ぶことができるんだ」というふうに都合よく受け止めた。入試なら×になるような曲解だが、これで何となく気楽になり、美術史をやる気が出たのは確かである。それから少し小林秀雄を好きになったし、美術作品をただひたすらじいっと見る訓練を始めた。そしてそのおかげか、今でも美術史をやっている。


2007年
文春文庫
490円(税込)


※各キャンンパス生協に
「ウィークリー薦 コーナーが設置さています」
   
1172号 2008年11月13日掲載