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『音を視る、時を聴く―哲学講義』大森 荘蔵+坂本 龍一 著
感じること、考えることの源泉へ

小林 信之
文学学術院准教授
2008年4月嘱任
担当:美学講義、感性論、     感性文化論基礎演習他

 日本語で書かれた哲学の本といえば、お経の文句のように難解で意味不明と相場が定まっていて、哲学と聞いただけで敬して遠ざけたい人も多いだろう。それはひとつには翻訳語のせいであり、おおむね講壇で語られる輸入哲学ばかりが活字になってきたからでもあろう。しかし大森荘蔵はそうした思想の密売とは無縁であり、「台所言葉」で、時間、知覚、他我などの基本問題に素手で立ち向かった哲学者であった。ミュージシャンの坂本龍一との問答形式をとったこの「哲学講義」は、ものを考えることの現場にわたしたちを導いてくれる。哲学とはもともと少しも特別なことではなく、この日常に目を凝らし耳を澄ますことから始まるのだ。

 この「哲学講義」(1982年初版、2007年復刊)は話し言葉でつづられ、2人の対話で進展していくが、しかしだからといって平易で啓蒙的な語りを期待してはいけない。中心テーマとなるのは、本格的な時間論であり、とりわけ「現在」の問題である。「いま現在」の知覚の風景について、ときに苦しげに、たどたどしく、的確な言葉を探そうと悪戦苦闘がくりひろげられ、「一般向け」という言い逃れはいささかも感じさせない。頁を繰るごとに読者は、哲学の仕事を実地検分するような、思想の肉声にじかに触れるような気持ちを味わうだろう。

 ところで哲学的な思考態度はそのまま現代アートの運動にリンクし、両者はほとんど共鳴しあっている。ただアートは、言葉ではなく、今この場での知覚経験によって、つまり色の輝きや音の響きを通じて、わたしたちを世界に向きあわせる。哲学者とアーティストの対話の記録である本書は、わたしたちの感性的経験の豊かな可能性を垣間見るためのガイドブックとして読むこともできる。


2007年
ちくま学芸文庫
1,050円(税込)



※各キャンンパス生協に
「ウィークリー薦 コーナーが設置さています」
   
1170号 2008年10月30日掲載