「『社学』は自分にあっていた。夜間部ということもあったのか、周囲は元会社員やら、5浪組やらの個性派ぞろいの貫禄あるやつばかり」と、平井さん。デーモン小暮閣下も同級生だった。「卒業式に閣下が例の格好で来た時はみんな『おおっ?!』と(笑)」思えば同級生たちはどんなささいなことでも、『勉強のひとつだ』と力いっぱい取り組んでいた。平井さんにも自然にその『社学気質』が宿っていた。「この姿勢は、どんなときも自分の基本姿勢です。原点なんです」
大学3年の時、所属していた水泳部の監督から「オリンピック強化選手のコーチとしてサポートしてほしい」と告げられる。素質、そして人柄を見込んだ言葉だったが、平井さんは落ち込んだ。下級生のコーチになることは事実上、選手を引退することだったからだ。「選手をやめたら大好きな水泳が、急につまらなくなるのではないかと思って、不安でした」。手探りで始めたコーチ業だったが、徐々にのめりこんでいく。「自分では到達できない高い次元にいる選手のコーチになることで、同じ世界を共有できたんです」。これが、たまらなく面白くなり、その思いが進路につながった。
就職活動の時、平井さんはある先輩の言葉にはっとする。「男なら、やっぱり好きな仕事をするのが一番じゃないか?」。内定していた生命保険会社への就職を断り、東京スイミングセンターでコーチとして働くことを決意した。「判断に迷ったとき、最終的に決めるのはやっぱり自分自身。そのためにはいろいろな情報をポケットの中に入れておかないと。一見、水泳と関係ないことにもヒントが隠れているかもしれない」。普段からどんなことにも耳をかたむけることが大切、と平井さんは話す。
4月からはスポーツマネジメントを学ぶために、大学院スポーツ科学研究科に社会人入学した。
「あせらず、ゆっくりやっていけよ!」。ストレッチを始めた選手たちに笑顔で声をかける。この言葉と笑顔が、多くの選手の勇気を引き出しているのだ。
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