夏休み特集
大切なことを伝えるために
日系人収容所跡地でのインターンシップ

第一文学部 3年 金井 聡(さとし)

 8月17日から9月5日までの3週間、私はカリフォルニア州のマンザナール国定歴史史跡でインターンシップに参加した。

 マンザナールは第2次世界大戦中に日本人および日系アメリカ人の収容所となっていた施設跡地で、現在は国立公園として管理・復元されている。私はもともと、ナチスドイツの人権侵害や戦争の歴史に関心があり、また富士山環境再生コミュニケーション実践という授業を受講し国立公園について学んでいたので、今回のプログラムに参加した。

 シエラネバダ山脈の麓に位置するマンザナールは、一日の最高気温が38度近くまで上がる砂漠地帯。私はそこで現地のレンジャーたちと働いた。国立公園制度の充実しているアメリカにはたくさんのレンジャーがいて国家公務員だ。

 私の仕事は、早朝のビジターセンター掃除から始まり、昼は屋外で旧貯水池の復興作業や日本庭園跡地の復元、屋内にて日本語で執筆された古い手紙などを翻訳することもあった。早朝に作業を始め、昼は灼熱の太陽の下で土木作業を行なうのは体力的にも精神的にもかなりつらいものだった。しかし、ある朝、窓掃除をしていた時に一緒に働いていた一人のレンジャーが言った。「私たちは、ひどい埃や泥にまみれて仕事をしている。けれど私がこの仕事をすることで、一人でも多くの人にこの公園のことを知ってもらえることが私の誇りだ」。こんな話を聞きながら、私も隅々まで窓を磨き上げた。当たり前のことだが、窓は誰かが拭いて磨かなければ、決して向こう側は見えないのだ。

 私は彼らと共に仕事ができたことを心から誇りに思う。マンザナール日系人収容所について現地で学んだ者として、その歴史的事実を多くの人に伝え、決して風化させてはならないと、決意を新たにした。

現地レンジャーのナンシーさん(中央)、同じプログラムに参加した政経4年の内田賢太さん(左)と筆者(右)。
▲現地レンジャーのナンシーさん(中央)、
同じプログラムに参加した政経4年の内田賢太さん(左)と筆者(右)。


収容所で亡くなった方々への鎮魂の慰霊塔が公園奥にひっそりと建っている。
▲収容所で亡くなった方々への鎮魂の慰霊塔が
公園奥にひっそりと建っている。


 
1165号 2008年9月25日掲載