1168号 (10月16日発行)掲載
このごろ、私は「両義性」ということばに拘り始めている。一つの事柄から相反する二つの意味が導きだされることが多いからだ
たとえば琉球王朝時代の機織。上納するための過酷な機織に、女性たちは泣いたと伝えられるが、その過酷な徴税システムが、結果的に琉球織物の品質と多様性を拓いたという逆説もある。それに、「苦しくて辛いだけの機織なら、こんな美しい織物は生まれなかった。女性たちにとって、ある種の自己発揚の場でもあったはず」と女性の織り師から聞いたことがある。もしかしたらあの「夕鶴」も、命を削って美しい布を織る喜びに浸っていたかもしれない
糸を繰り機を織る行為は、女性文化の象徴とされてきた。琉球舞踊の「かせかけ」も、愛する人に捧げる「蜻蛉の羽(あけずば〈琉球・沖縄語〉)」のような薄衣を「くりかえしがえし」の所作で織っている。ギリシャ神話でも、ユリシーズの帰還を待ち続ける妻ペネロペが、ひたすら織りの所作を繰り返す。寄せては返す波のように、呼吸のように、永劫回帰する時間が降り積もるように、女性原理の精髄がここにある
「男並み」の権利獲得闘争で始まったフェミニズムも、第二世代となると「女並み」を掲げて、女性文化の再評価を始めている。パッチワークキルトにせよ、刺繍や編み物にせよ、また薬草の知識にせよ、これまで女性がになってきた手仕事への再評価であり、女性文化の継承すべき「暗黙知」として評価されたのである。「両義性」は、この暗黙知をたぐり寄せる私なりの方法と言えようか。 (恵)
1167号 (10月9日発行)掲載
日本の国際化が叫ばれて久しい。併せて、さまざまな分野で日本の国際競争力を高めるのも必要と言われている。しかし、その具体的な推進策となると、なんとなく議論が曖昧だ。この点を私の専門である情報通信分野から少し議論してみたい
情報通信は世界的な技術基盤であるため、国際標準化が必須だ。そのため、国際標準化会議に出席し、各国代表の前で自国・自社の優れた技術や方式を提案し、国際標準方式として採用されるべく努力する。国際標準を勝ち取ることは世界における日本の地位を高め、国の持続的な発展への大変重要な布石となる
しばしば、日本人は英語力と交渉術がないため、なかなか国際標準化の場で活躍できないと言われる。しかし、私はそうは思わない。実際、各国の代表はネイティブばかりではない。また、確かに交渉術の優れた人も中にはいるが、やはり、議論で最も重要なことは、論理的な説明力と説得力、そして首尾一貫した主張と誠実さだ。そして、実は、これらが日本人の最も苦手なものであり、英語力や交渉術の欠如というのは、一見正当な言い訳に過ぎないように思われるのである
ところで、日本には文系・理系という好ましくない学問分野の切り分けがあり、数学ができないから文系に進んだという言い訳がまかり通っている。しかし、数学で学ぶべきは、どの学問分野にも必須な論理的思考力なのだ。昨今の日本人の理科離れと日本の国際化の遅れは、実は密接に結び付いていると私には思えるのであるが、これは論理の飛躍だろうか? (W.K.)
1166号 (10月2日発行)掲載
「十年後どういう仕事をしたいですか?」と早大生に問うと、明快な返答は少ない。夢を熱く語るのはちょっと、という社会環境のせいか。日本で育つと「宇宙飛行士!」といった大きな夢が笑顔で迎えられるのは、小学生の間くらい。中学生になると「もっと現実的になりなさい」と言われてしまう
私のときもそうだった。中学三年生のときに聞いた講演に感銘を受けて「国連で働きたい」と思うようになった。しかし「もう高校生なんだから真面目に考えろ」と誰も相手にしてくれなかった
諦めきれず、米国の高校へ交換留学したところ、「夢」を応援してくれる人が多くて驚いた。それから十五年後、結局、私は国連職員になったのだが、それは「夢」を捨てなかったから実現できたのだ
皆さんはグローバル化時代を生きることになる。地球規模の課題が山積するなか、個々の利害を超えた国際協力が必要となる。求められる人材は、与えられた問題に対して前例に沿った解を出すというタイプではない。むしろ、政策アジェンダを自ら設定し、その課題の解決方法を熟慮し、国際的な舞台で利害が対立する関係者から合意を引き出す交渉力や指導力が期待されている
早大生の皆さんには、次世代にとっての国際社会を思い描き、そこでの自分の仕事を考え、そのためのキャリアを設計してほしい。十年計画で取り組めば、たいていの夢は現実化できる
まず、「十年後」の夢を語ろう。それが何だか分からない人には、かつて私も経験した交換留学をお勧めする。(YK)
1165号 (9月25日発行)掲載
私の所属するある研究会に、最近、聴覚障害を持つ学生が入ってきた。社会人学生として大学院で学んでいるという。音が聞こえても意味が認識できないそうで、筆談やパソコン通訳が必要だ
こういう場に積極的に参加し、周囲からの支援を仰いでいる彼だが、かつては耳が聞こえないことを恥ずかしく思い、支援の必要性を開示できない時代が長く続いたそうだ。今のようになるには、どうも何段階ものステージがあり、その都度「脱皮」を繰り返したらしい
これを聞いていて思った。私も最初、どうやって彼に接触していいのか、どの程度通訳すべきか、わからなかった。しかし、何回かいっしょにいるうちに、通訳しないときには完全に彼がその場に取り残されていることがだんだんわかってきた。笑いに包まれた場でも、ひとりできょとんとしている。何がおもしろかったのか、隣の人に聞きたいけれど、おしゃべりに夢中になっている人に聞くのもはばかられるのかもしれない。存在を認めること、それは、場にいっしょに参加できることなんだ、コミュニケーションができることなんだ、という当たり前のことに気づいたのは、彼が研究会に参加して何回目かのことだった」
障がい者に「脱皮」のプロセスが必要なのと同様に、支援者が支援ができるようになるまでにも、何段階か「脱皮」を繰り返さなければならないようだ。大学コミュニティという場が、支援者と被支援者の双方にとって、ともに体験を通して「脱皮」していける場であってほしいと思う。 (Y・T)
1164号 (7月17日発行)掲載
黒人か女性か、今のアメリカ社会でどちらがよりハンディになるか。そのようなことを考えながら今年の民主党予備選挙をみていた。
もちろん、クリントン氏は女性である前に一人の人間であり、オバマ氏も黒人である前に一人の人間である。二人にはそれぞれの才能があり、これまでの経歴と人脈もある。二人の優劣を決めるのに、有権者は人種とジェンダー以外のものを参考にしただろう。
そしてオバマ氏は若い人や高学歴者に人気があるのに対して、クリントン氏は労働者や中高年に支持者が多い。全てを人種とジェンダーの対決で見るのは適切ではないだろう。
しかし政策の面において、二人にはそれほどの差がある訳ではない。やはり女性か黒人かの選択肢は目立つ。そして個人的にクリントン氏を応援していたが、選挙運動の報道を見ていると、けっきょく大統領らしくみえる(look presidential)には、女性はいまだに不利である、との印象を受けた。
例えば服装の問題。ダークスーツとワイシャツに赤系のネクタイをまとえば、男性はだれでもリーダーを装うことができる。ところが女性のリーダーの服には定番がない。ドレスにしてもパンツスーツにしても、ダークスーツと赤ネクタイに勝てない。
確かに、オバマ氏の黒い肌をみて、支持できないアメリカ人がいるだろう。しかし、オバマ氏にはできてクリントン氏には絶対できないことがある。それは、「男性」を呈示することである。より多くの有権者が大統領に望んでいることは白人であることよりも、男性であることらしい。(LT)
1163号 (7月10日発行)掲載
心身の健康の維持には運動が重要である。これは誰でも知っている「常識」なのだが、実際に運動を続けている人は、どうやらそれほど多くはないらしい。かく言う私も日々の雑事に追われ、忙しいからと自分に言い訳しながらも、まったくもって胸を張れない状態である。学生時代、仮にも運動部に所属しており、身体的にベストだと思っていたころと体重がさほど変わらないのに、今や確実に体型が変わり、体積ばかりが増えているのはいかなることか。
専門柄、行動の生起や維持に関するメカニズムに関心を持っている。運動に限らず、一般に特定の行動が長く続かないことは「三日坊主」などと表現され、本人の精神面の弱さのみに原因を求める傾向にある。しかし、行動科学の立場では、ある行動が発現し維持するためには、その時の環境セット(状況)も大きな要因となることが知られている。
この観点は「動機づけ」を高めるためには重要なポイントである。たとえば、運動する場所までの物理的距離は、運動を続ける確率を左右する。つまり、その人の感じる「心理的な壁の高さ」を考慮すれば特定の行動を続ける確率が高くなる。目標設定も「今日から毎朝ジョギング」と決めるときと「高層階に昇るとき、3階までは階段、その後はエレベーター」と決めるときでは、後者の方が「それぐらいなら」と感じやすくなり、行動が持続しやすくなる。
そうそう「行動科学」は理論構築と実践による実証が必要だったはず。今日こそ手前の駅で降りて、家まで歩いて帰ってみるか・・・ (S)
1162号 (7月3日発行)掲載
小さいころ(三丁目の夕日時代)、家に電話がなかったためか、電話になかなか馴染めなかった。ダイヤル式の固定電話は、子供には結構扱いにくかったのだ。昔は、ご近所で電話を借りるのはよくあることだったのだけれど、電話を借りに行ったお宅で、ダイヤルの回し方が悪いと、おばさんにたしなめられた覚えがある。今でも、指導教授のご自宅に電話をするときは、やはり気後れがするし、奥様が出られたら、などと思うと緊張してしまう。
生まれたときから家に電話がある世代の人は、そんなことはないのだと思っていたら、今の学生も、同級生の家に電話(固定電話)をかけるなんて、思いもよらないことらしい。携帯でメールはできても、親が出るかもしれない固定電話は、学生には苦手のようである。そういえば、ゼミのコンパやゼミ合宿の連絡も、少し前までは、ゼミ長になった学生が、ちょっと緊張した様子で電話をかけてきたものだった。
きちんと相手に用件を話せることは、とても大切なことなのだけれど、その練習の場は、益々減りつつあるようだ。多少年齢の違う人、たとえばゼミのOBと会話をすることも、学生は苦手である。でも、あうんの呼吸で話が通じるのは、お互いをよく知るごく狭い世界の中だけである。言葉が足りずにうまく意思を伝えられないのでは、就活はもとより、仕事もできないし、人間関係も広がらない。だから、教員とも、きちんと話をしようね。(II)
1161号 (6月26日発行)掲載
「仕事のおもしろさ」とは何だろう。ひとつは「どれだけ自分に裁量があるか」ということだろう。流れ作業の一部となって、号令一下同じことを繰り返すのはつまらない。自分で色々自由にできれば退屈しない。
そう考えると、「研究」というのは極めつけにおもしろい仕事だ。真っ白な紙に自由に絵を描くようなものだ。人物でも静物でも風景でもいい。ペン画でも水彩でもいい。
ふた昔くらい前のベストセラーに、「仕事がおもしろくないから会社は君に給料をくれる。もしおもしろければ、遊園地のように入場料をとるはずだ」というよ。
一方、「自由」とは、自分で決めなければならない、ということだ。これは、実は結構苦しい。研究に限ったことではない。ある歴史作家は、エッセイを頼まれるときは「何でもご自由に」というより主題を指定された方が筆が進む、と言っている。デッサンよりぬり絵の方が取り組みやすい、というのも確かで、四苦八苦しながら、そこそこ自分なりの絵が描けるようになるのは、なかなか大変だ。
しかし、その大変さを乗り越えられたときには、大きな達成感がある。またやってみようという気になる。その味をしめているから、途中が少々苦しくても、がまんして進み続けられるようになる。そして「自由」のもつ「おもしろさ」を謳歌できるようになる。あせらず、たゆまず、あきらめず。(TH)
1160号 (6月19日発行)掲載
ゴールデン・ウィーク中、小生が担当しているゼミの同窓会があった。小生はまだ早稲田大学でゼミを始めて数年で学年当たりのゼミ生も少ないため、同窓会といっても参加者十名程度のこじんまりとしたものだったが、それでも楽しい時を過ごさせてもらった。一部の猛者は、次の日も休みであることをよいことに、翌朝までカラオケ屋で盛り上がっていたらしい。
自分のゼミの卒業生たちと話していて、ふと、小生自身が学生時代に所属していたゼミの仲間のことを思い出した。やはり少人数のゼミだったが、個性豊かな者が多かった。「夏休みに某国に旅行した折、大河の岸にぼんやり立っていたら、上流から死体が流れてきてびっくりした」という話をしてくれた者もいた。彼は卒業後、新聞記者になった。
さて、小生が大学を卒業してから二十年以上経ち、ゼミ同窓会も何度かあった。いつも思い出話に花が咲き、楽しい。しかし、残念なこともある。少人数ゼミだったにもかかわらず、あの時の仲間全員が一堂に会する機会が、これまで一度もないのだ。おそらく今後もないだろう。卒業後は、それぞれ社会人として仕事を持ち、いずれは家庭も持つ。それに伴って各人にはさまざまな事情が生じるため、全員の都合がつくということはまずない。
現在学生である諸君には、後から振り返って後悔しないためにも、ゼミの仲間も含めて交友関係を大切にすることをお勧めしたい。まさに「一期一会」である。(S.S)
1159号 (6月12日発行)掲載
名前は不思議なものだ。企業が新しい商品を開発したら、そのネーミングに知恵を絞るだろう。家庭用品には鼠駆除用の「猫いらず」のように「使い方そのまんま」という名前が多い
本来の意味が忘れられて、すでに自動化した名前も少なくない。「新幹線」は「新しい幹線」という意味を離れて「シンカンセン」で一まとまりの固有名詞になっている。政治学者の原武史が小田急線の「新百合ヶ丘」は「百合ヶ丘」から発想されているのだからまったく新しい名前に変えたらいいと提案している(『本』二〇〇八・六)。近くに住んでいると、「新百合ヶ丘」はすでに立派な固有名詞と感じられるから不思議だ
もう歴史的「事件」になってしまったが、ソニーの「ウォークマン」は衝撃的だった。訳せば「歩く人」なのだろうが、そういう意味を超えて、「ウォークマン」は「ウォークマン」以外の何ものでもなかった。ソニーは「ウォークマンは人々の求めるものを作ったのではない。ウォークマンが人々の欲望を作りだすのだ」と豪語した。私たちはこの時「ウォークマン」という「他者」に出会っていたのだ。「欲望は他者だ」という事実をこれほど鮮やかに見せてくれた例をほかに知らない
しかし、こういう衝撃を背負った名前は珍しい。名前以前の「他者」に出会うことも難しい。名づけることはそれを私たちの世界に回収する暴力的な行為だからだ。私たちは本当に「他者」に出会えるのだろうか。そう問いかけながら世界を見ると、ふだんとはまた違った姿を見せてくれそうな気がする。(C・I)
1158号 (6月5日発行)掲載
もともとはもう学生じゃないからという理由でスーツを着だしたのである。それに、スーツじゃないといろいろと支障があるということもわかった。たとえば普段着だと校内を歩いていても誰にも気づかれないし、話をしていて僕が教員だとわかると相手の態度が露骨に変わったりする。自分は同じ自分なのに、なんだか水戸黄門みたいで嫌だった。それに、カジュアルは自由でスーツは保守的という常識への反発もあった。
僕が学生だったら、若者の味方みたいな格好をしていて実はすごく権威主義者だという教員がいちばん嫌いだ。ならば、スーツ姿なのに言っていることはかなり笑えるというほうがいい。でもよく考えてみたら、本当は自分が教師であることに自信がないからスーツを着続けているとわかった。教えはじめて四年経つが、学生が僕の授業に出るのは当たり前だ、なんてとても思えない。だからこそ教師のコスプレをして自分を奮い立たせて、背伸びしながら授業をしているんだろう。こういう薄氷を踏むような状況は悪くない。毎日が新鮮で楽しいからだ。
キャンパスを歩いていると、着慣れないスーツを着て、不安そうな顔でさまよっている学生をよく見かける。就職して今まで経験したこともない世界に飛び込んでいくんだから、不安なのは当たり前だ。いつも不安であれ、これでいいとなんて決して思うな、そしていつまでも魂を失うな、と思う。こういうやつらと会い続けられる教員はいい仕事だ。(K. T. )
1157号 (5月29日発行)掲載
私はいわゆる朝型の人間である。起床は午前三時半、他箇所に回る予定が無いときは、ほぼ毎日七時ごろには大学へ出ている。いくつか講義は入るものの、この午前中の時間帯が、私にとっては誰にもじゃまされずに過ごせる貴重な時間帯である
朝型人間は比較的孤独である。なぜなら周りの人々、とくに私どもの同業者はほとんどが夜型であるためペースが合わないからである。夜は早く床につきたいので、できる限り酒席や夜の会合は敬遠に努める。しかし、多勢に無勢で不義理ばかり続けるわけにもいかない。夜遅く床についても、悲しいかな長年の慣れで、目覚ましなしでもほぼ定時に目覚めてしまうから寝不足になり、そのような日程が数日続くと身が持たない
それにしてもこのごろは、どうしてこんなに夕刻以降の会合や打合せが増えてきたのだろう。これは皆が夜型だからというわけではなく、忙しすぎて夕方からしか共通の時間をとれなくなったことに原因があるようだ。
企業等では早朝のブレックファスト・ミーティングをやるところがあるようであるが、それをやってもなお夜の会合の数は変わらないという声も聞く。結局は必要な会議を絞り、短時間で効率的に決定できるよう運営の仕方も考えるということで行くしかない。その上でなお夕方以降の会議が必要であるというのなら、開催に抵抗はしない。しかしその会議の後、慰労の会にお誘いいただくのはつらい。朝型人間には、お誘いがないことが何よりの慰労である。(W)
1156号 (5月22日発行)掲載
私が大学生であったころというのは、かれこれ三十年も前のころになるのだが、そのころと今を比較して、多くの点で大学生活にそれほど大きな差があるようには思えない。もちろん、設備はかなり今とは違いがあったし、講義なども今よりももう少しのんびりしたところがあったとは思うが、それは程度の差であるように思う。
ただ、そのころと今とで明らかに違いがあると思うのは、何ごとについても情報量が違うということだ。現代の学生生活では、ほとんどの学生が自宅でもインターネットを利用できる環境にあるし、さまざまな知識が、キーボードをたたくだけで比較的簡単に手に入る。同僚の教員の中には、簡単に入る知識は、記憶に残りづらいので、なかなか身につかないと嘆く人もいるが、いつの世でも昔と今ではそれなりの技術の差があり、それには良い面と悪い面がある。
それではそのこと以外に困ることはないのかというと、やはり困ることはある。それはどれが自分にとって価値のある情報かという選り分けが大変になるために、ついつい簡単に入手できる他人の情報のみに依拠して、自分で調べるということを怠りがちになってしまうことである。残念ながら、容易に手に入る情報は、誰もが容易に知ることのできる情報であることが多く、ありがたみはそれほど大きくない。結局、意味のある情報を見つけ出すには、そのためのノウハウと手間のかかる作業が必要になる。それゆえ、手抜きをしては良い結果が得られない。いつの時代も、学生も楽ではない。(T.O.)
1155号 (5月15日発行)掲載
作曲家でピアニストでもある一柳慧氏の音楽会に行った。彼と若手音楽家との共演や、ピアノの弦の原初的な音から限界まで激しく弾き荒れる曲など、趣向を凝らした曲目により、素晴らしい時間を過ごした。中でも「タイムシークエンス ~ピアノのための」(一九七六)は、演奏者の右手と左手が一定のフレーズと変化するメロディを弾き、それらが音による*モアレ現象かのごとく少しずつずれて、題意の「時間の連続」を考えさせる構造的かつ対話的な曲だった。
時間とは絶対的な時間と、私たち一人ひとりが感じる時間があることはご存知かと思う。興味のない授業時間が永遠に感じることがあるかと思えば、楽しい時間があっという間に感じることがある。
現代人がある抑圧を受けているとするなら、それは時間の搾取をされていることだろう。例えば近年のメディアツールは個人化し、いかに個人の余暇をターゲットにするかがさまざまに試行されている。携帯メールやゲーム機、MP3プレーヤーなどは、私たちの時間を奪っていると言えば大げさだろうか。危惧されるのはこれらが対話的な道具として喧伝されていながら、その内実で知覚や思考の時間を喪失させている点だ。
私たちが消費する目の前の「個の時間」と、一方で世界的な物事の流れや歴史などの「大きな時間」との比較においてはじめて、前出の一柳氏の曲のように対話が生まれるのではないか。少なくともその実践が毎日を単なる繰り返しに貶めている時間の搾取から逃れさせるだろう。 (KT)
1154号 (5月8日発行)掲載
声援が人の心を動かす。高校の陸上競技部顧問をする中で出会ったある女子生徒の話をしたい。高校入学後に陸上競技を始めた選手だった。走ることが大好きで、競技は三千メートルを選び、練習では人一倍努力し、記録を一秒ずつでも縮めていく自分に誇りを持っていた。
高校三年の最後のレース。本人は、目標にしていた記録を出して華々しく引退したいと思っていた。ところが、レースの三カ月前に足をケガし、まともに走れない状況で当日を迎えたのである。通常であれば棄権し、ケガの回復に努めるのだが、本人の強い意思で足を引き摺りながら走ることになった。出場選手が招集されスタートラインに立ったとき、私は競技場のスタンドに彼女の母親を発見した。娘からは見えるか見えないかの距離を保ちながら、頬を伝う涙を拭いていらっしゃった。やはり、彼女は集団から遅れ始めた。気が付くと、他の選手はみんなゴールし、トラックに残された彼女は、足をかばいながら、たった一人で黙々と走っていた。そして、大きな声援の中で一人でゴールした。
彼女がどんな思いでこの引退レースを終えたのか想像すると胸が痛んだ。しかし、走り終えた彼女は、満面の笑みでこんなことを言った。「最高でした。みんなの声援をもらって走れて、私は、競技場の中で一番の幸せものです」。声援とは、心を込めた応援のことだと思う。大きな競技場で、周りの音にかき消されたとしても、例え選手に届かないと分かっていても、それでも生徒たちは大きな声を張り上げる。(T・T)
1153号 (4月24日発行)掲載
今の日本は閉塞感と喪失感に覆われている。それを打ち破るキーワードは「環境」かもしれない。われわれの生活・社会・経済活動、企業等の組織としての活動等のすべてに「環境」を強く意識したパラダイムシフトが起きている。これまではエネルギーを含めた資源を石油等の過去のストックに頼っていた。その結果として採取地域の破壊や地球温暖化、さらには廃棄物や有害物質の拡散など、さまざまな環境問題を引き起こした。いまやエネルギーも物質資源もフローをうまく活用する時代に突入した。「ストックからフローへ」である。更新性資源としてのハード(木質系)・ソフト(草木系)のバイオマスや無尽蔵資源の太陽光・風力等である。このためには、逆説的ではあるが、フローを有効に活用できるようにストックを充実させなければならない
パラダイムシフトには、大きな力がいる。アランは、「幸福論」のなかで『悲観主義は気分(感情)のものであり、楽観主義は意志のものである。およそ成り行きにまかせる人間は気分が滅入りがちなものだ』といっている。マザーテレサは、『暗いと不平を言うよりも、自分が進んで明かりを灯しなさい。』とも。まさに、「意志あるところ、道あり」である。ある企業が、現代流の3Cを掲げている。Challenge,
Confidence,Commitmentである。
パラダイムシフトという大きな目標に、自信を持って挑戦しよう。
(KT)
1152号 (4月17日発行)掲載
3月8日久しぶりに古都奈良を訪れた。もちろん古から春を告げる行事、東大寺の修二会(お水取り)を見るためである。高3の時、特別に内陣に入る許可をもらって以来だった。当時、練行衆の唱える声明の持つ独特な雰囲気にとにかく圧倒された
翌9日、お松明に火が灯る3時間前からお堂の下で待つことにした。人々の話を聞いていると時間はあっという間に過ぎた。いよいよ五分前照明が消され、10本のお松明が2分半毎に階段を上がる練行衆の足元を照らす。舞台の下手にお松明が着くと大きくせり出され、上手へと大きな火の玉が走っていく。火の粉が目にも入る。あちこちで歓声が上がる。1257回も中断もなく続く行事には重みがある。最後のお松明が消されると立錐の余地もないほど集まった大勢の見学者のどこからともなく拍手が沸き起こる。たった25分程であるが一体感が生まれたのには驚いた。「練行衆は世界の平和を祈るためまた修行に入ります」とのアナウンスで多くの見学者は階段を上っていく。途中燃えさしの杉の枝を拾い、暗いお堂に入ってみると33年前と全く変わらない光景があった
3時間後、私はあと5日で廃止となる寝台急行「銀河」の車中の人となった。新幹線に代表される鉄道の高速化で時代遅れとなり、こちらはたった60年足らずの命であった。昔を懐かしむ乗客は皆思い思いにビデオやデジタルカメラで思い出を残す。綿々と続く精神文化とどんどん切り捨てられていく物質文化を同時に感じる一夜だった。(たつ)
1151号 (4月10日発行)掲載
犯罪をめぐる最近の報道をみていると、「健全な処罰感情」とか「遺族の心情」といったものを厳罰化の根拠としているものが多い。しかし、「感情」を直接処罰の理由とすることができるのだろうか。「気に入らなかったから殺した」という理由が犯罪を正当化しないのと同様、「罰しなければ気がすまない」という感情は刑罰を正当化するものではない
恋愛や就職などの個人的事項についてさえ、感情的な判断は後悔のもとであり、冷静な判断が望まれる。それなのに、公共的事項である刑法の適用において、感情的判断が推奨され、むしろ、冷静な判断をしようとすると「血が通っていない」と非難される。刑罰を感情によって決定しようとする人々は、外交、税制、金融政策、教育制度などの他の国家制度も感情によって決定しようとするのであろうか。それとも、数多くの国家制度の中で、刑罰制度のみが「感情」に支配されるべきものと考えるのであろうか
感情は、まさに「自分自身」と一体化しているだけに、それを自分で客観視することはできない。行き過ぎがあっても、不合理な帰結を招いたとしても、「感情」は、すべてを正当化してしまう。もちろん、感情を抱くこと自体が悪いわけではない。われわれに求められることは、自分自身で感情の原因を「言語化」することであろう。言語化によって、はじめて自分自身を客観視し、自覚と自省に基づく判断が可能となるとともに、真の意味での「他者に対する理解」に達する道が開けるのではないだろうか。(YM)
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