とっておきの話 
銀色の魚体を求めて

教育・総合科学学術院教授 東後 勝明

 もうだいぶ前のことになるが、ロンドン在住のころ、知人から「ノルウェーへ鮭釣りに一緒に行かないか」と誘われた。「ちょっと待てよ、その辺の河に、鮎やハヤを釣りに行くのとは訳が違う」。反射的に「本物の鮭釣りですか?!」と聞き返していた。話には聞いていたが、あの知る人ぞ知るノルウェーのフィヨルドを悠然と登って来る鮭を釣るなんて、私のような巷の釣り人には、まさに夢の又夢。私は二つ返事で、「行きます」と答えた。

 身支度もそこそこに友人に連れられ出発。夜に着いたが、北欧の白夜は思いのほか明るい。真夜中でも新聞が読めるほど。ほどなく寝るのも忘れ、竿を振るのに夢中になっていた。何投目かを投げたとき、小さな当たりがあった。ぐいっと引き寄せると、相手も首を振っているような様子。「来た!」と思い、大声で「フィッシュ!」、「フィッシュ!」と叫んだ。すると近くのボートから竿を出していた人はすべて陸に上がり、大きな網を持って駆け集まって来た。震える手でリールを巻き上げ、獲物は徐々に陸に近かづいてきた。あと一息で銀色の魚体が見えるところまで引き寄せた瞬間、鮭は身の危険を感じ川下めがけて一気に走り出した。ヒュン、ヒュン、ヒュ-ン!とリールは不気味な音を立て猛スピードで回りだした。竿を持つ体は思わず前につんのめり、あわや河の中へ。それでもなんとか取り込もうと川べり沿いに走り出したが、ガイドに後ろからはがいじめにされ「Give up! Give up!」と叫ぶ声が聞こえた。次の瞬間リールは全開、釣り糸はぷっつり切れ、獲物は川下へと逃げていった。しばし呆然とその場にたたずむ。

 しかしその後、ガイドからいろいろと教わり、徐々に慣れてきて、最後には23ポンド、10キロもある鮭を釣り上げることができた。ほのかな鮭特有の香りを放つ銀色の魚体を手にした瞬間は一生忘れられない。一年のこの時期になるとあの白夜のひとときを思い出す。


出陣前の竿の調子の点検中
▲出陣前の竿の調子の点検中

やっとの思いでつり上げた鮭と共に
▲やっとの思いでつり上げた鮭と共に

 
1163号 2008年7月10日掲載