北京五輪をかけた日本選手権。決勝レースの最終ターン、クロールでの息継ぎの瞬間に電光掲示板が見えた。「派遣標準記録に到達していない!」。実際は超えていたのだが、勘違いした北川さんはさらに気合いを入れて、一気にスパートをかける。その結果、自分でも驚くタイムをたたき出し、圧倒的大差で優勝。「どんなに疲れていても、ラストの1ターンはタイムを上げられるようにいつも意識しています。失速するとそれが次の不安要素になるので、精神面で負けないことが少しずつ自信につながると思うんです」。決まったときはうれしさよりも、「尋常ではない緊張の中にいたので、やっと解放されたという安堵感がありました」
同じく水泳をやっていた姉の影響で、3歳から泳ぎ続けてきた。子どものころからの夢だったオリンピックは「出られるだけで満足!」と考えていた。「でも、代表メンバーの合宿に参加したら、誰一人そういう考えの人はいませんでした。“出るからには勝ちに行く”という気合いに満ちていて・・・。自分にとって最初で最後かもしれない五輪なのに、ただ行くだけでは駄目だと意識が変わったんです」。日々の練習が忙しく、水泳部にはあまり通えずにいるが、「たまに顔を出すと、部のみんなが声を出し合い活気があって、私の調子も上がるんですよ!」。年下が多いスイミングスクールとは違い、同世代の仲間と切磋琢磨しながらの練習。部の仲間は五輪への確実な力となっている。
終止にこにことインタビューに答えてくれた北川さん。ころころと朗らかな笑い声は、周囲を楽しい気持ちにさせてくれる。「モットーは?」と聞くと、返ってきた答えはやはり「笑顔!」。「自分で決めたことは文句を言わずに、笑顔でやり通そうって決めてるんです」。高校時代、水泳が嫌になり、休んだ時期もあったという。しかし、1週間もたつと泳ぎたい気持ちが膨らんできて、再び戻ってきた。「どんな道に進んでも、迷うときは来る。でも自分で選んだ道なんだから、自信を持って、プラス思考で頑張ります!」。北京の競泳場で、北川さんの笑顔が見られるのを楽しみにしよう。
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