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『気流の鳴る音―交響するコミューン』真木 悠介著
「気流の鳴る音」を聴く

■岡部 耕典(こうすけ)
文学学術院客員准教授
2007年4月嘱任
担当:社会福祉援助技術論、社会福祉援助技術演習、障害者福祉論、地域福祉論

 1970年代の後半、ちょうど1回目と2回目のオイルショックのはざまに、学生時代をおくった。すでに過ぎ去った「政治の季節」のステレオタイプ化した残滓と「なんとなくクリスタル」(田中康夫)な軽くて薄い高揚が奇妙にシンクロし交錯するキャンパスで、人一倍用心深く気も弱いくせになにかを考えかかわることにも背を向けられなかった私は、悶々としたあげくに「文学部」へ進学し、しかし、そこにディシプリンなどという高尚なものというよりは、上にも下にも抜けられぬ自分の「生き方」の閉塞を拓く立ち位置を求めて社会学を志したのだと思う。

 そして、曖昧な心根のその当然の報いとして今よりも少し若くそれゆえさらに茫洋としていたこの学の大海に溺れかけていたとき、出版したばかりのこの本をテキストとする見田宗介先生のゼミに出会った。(真木悠介は見田先生が論文ではない「ある種」の本を書くときのペンネームである)

 つぎつぎと繰り出される「世界を止める」「明晰さの罠」「まなざしの地獄」「心のある道」等々の豊饒なイマジネーションとそれらを結び概念として定着させる静かでゆるぎない確かな語り口にすっかり魅了されてしまった私は、しかし、その後、なにか世の中の本流にも反本流にも落ち着き同化することができず、つねに微かに日常に抗い続けるという「生き方」を身につけてしまうことになる。
つまりは、そういう罪作りな本が、時代が巡りつつも下降し30年前の既視感が漂う21世紀になって文庫本化されている。「御用とお急ぎの方」の人生には邪魔になる本だと思う。でも、「生きられたイメージをとおして論理を展開する思想」(「あとがき」より)に関心をもつ人、自らの耳で「気流の鳴る音」を聴きたいと願う人は手にとってみるとよいとも思う。

気流の鳴る音
2003年 ちくま学芸文庫
(※原著初版は1997年)
945円(税込)


※各キャンンパス生協に
「ウィークリー薦 コーナーが設置さています」
   
1162号 2008年7月3日掲載