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DVD『全身小説家』監督:原一男
“嘘つきミッチャン”が遺したもの

■盛田 隆二
文学学術院教授 2007年4月嘱任
担当科目:創作指導、文芸演習、 表現芸術演習

  1992年、ぼくにとって大切な二人の作家が死んだ。5月に井上光晴が、8月に中上健次が、立て続けに帰らぬ人となった。

 二人の作品に初めて出合ったのは、作家になることを夢見ながらも小説のとば口で立ち止まっていた19歳の頃だ。中上健次『十九歳の地図』の新聞配達少年にぼくは自身の鬱屈を重ね合わせ、荒涼とした時代の底を疾走する井上光晴『心優しき叛逆者たち』の暗い情熱に励まされながら、習作を書き始めた。この二作に出合わなければ、ぼくは小説を書かなかったし、作家になどならなかった。

 『全身小説家』は原一男監督による井上光晴のドキュメンタリーだ。5年を費やして撮り上げ、作家の死から2年後に公開された。

 ぼくはそのとき会社員との二足のわらじながらも、作家の端くれになっていた。すでに4冊の小説を書いていたが、会社を辞めて執筆に専念する覚悟も定まらない。そんな時期にこの映画を見た。

 19歳の頃に受けた、あの幸福な衝撃を再び得られますように、と祈るような気持ちで映画を観たが、果たしてそれは噂通りの傑作だった。井上光晴ほど虚構に満ちた人生を作り上げた作家はいない。埴谷雄高は映画の中で、井上のことを「嘘つきミッチャン」と冗談まじりに呼ぶが、旧満州旅順で生まれたことも、朝鮮人の血が4分の1入っていることも、朝鮮人の客に占いの嘘を見抜かれて占い師稼業から足を洗ったという話も、すべて彼の虚構、嘘八百だった。

 原一男はその一つひとつを丹念に、愛を込めて暴き出す。
  「作家は嘘をつくのが仕事。百年もたてば、それは真実になる」
  埴谷雄高はそう言ってカメラに向かって、ふふっと笑った。
  その言葉はぼくの座右の銘になった。

全身小説家
発売・販売元:疾走プロダクション(Docu×Docu SHOP)
5,985円(税込)


※各キャンンパス生協に
「ウィークリー薦 コーナーが設置さています」
   
1161号 2008年6月26日号掲載