先輩に乾杯!進路に迷ったときに読む、身近な先輩へのインタビュー 

日本人初!
世界最高の老舗ビッグバンド「One O'clock Lab Band」に在籍した

長島 一樹さん

■ながしま・かずき
1976年10月31日 埼玉県生まれ。埼玉県立川越高校卒業。95年政治経済学部入学。在学中は「ハイソサエティ・オーケストラ」に所属し、高校の吹奏学部で始めたバリトンサックスで頭角を現す。マネージャー、コンサートマスターを務め、「山野ビッグバンドジャズコンテスト」、「浅草ジャズコンテスト」の連続優勝に導く。2000年に卒業し、大手都市銀行へ入行したが退職し、02年8月、世界最高のビッグバンドを擁するUniversity of North Texas ジャズ科サックス専攻入学。06年8月、ついに ワン・オクロック合格。07年5月にはLAB2007のレコーディングに参加し、ワン・オクロックのメンバー初の日本人となった。07年12月、卒業。在学中の05年6月から、ダラスNo.1バンドEmerald City Bandに所属していたが、08年3月退団し帰国。好きなアーティストは、ロニー・キューバー(BS)。大の巨人ファン。

 世界最高のビッグバンドOne O'clock Lab Bandに、日本人初のメンバーとして在籍したバリトンサックス奏者の長島一樹(通称KAZUO)さんを紹介。「ジャズは究極的にはカッコよく聴こえればいいんです」と彼は言う。しかし、真のカッコよさに到達するためには、さまざまなプロセスを経なくてはならない。果てしないジャズ道でその極みに向かって研鑽を積む姿は、修行僧のようにも見えてくる。

長島 一樹さん

 「ドキドキしながら生きたい!」と、辞めた銀行員生活
 彼がいたころのハイソ*は超体育会系。1年生は下働き(イーボ)に耐えつつ上級生から「キッチリ譜面どおりにリズムを刻みパワフルに演奏する」というハイソの基本を叩き込まれる。4年生は偉大すぎて新入生は気楽に口もきけない。結局、同じ代で残ったのは2人! そこで「輝くステージに立つ前には必ず下積みの時代がある」と実感。
 5年で卒業。2000年の就職戦線は氷河期まっただ中で必死の就活。「とにかく大手の内定がほしいと、僕は今の大部分の学生と同じことを考えていました」。最初に内定の出た大手都市銀行に就職した。金融に特に興味があったわけではなく、やがて「人生の先が見えてしまう生活。小金持ちなっても、一度きりの人生、それでいいのか」と悩み始めた。バンド活動は続けていたが、今までのように「キッチリ譜面どおりに」テクニックで演奏しているだけではアドリブがうまく取れない。「これでジャズをやってきたなんて言えるのか」と自問自答。フルに仕事をしながらの活動では自信の技術力も落ちていく。日々の生活からエナジーが全くわいてこなくなった。「もっとドキドキしながら生きたい!」と、あこがれ続けていた世界最高のビッグバンド「ワン・オクロック・ラブ・バンド」を持つUNT(University of North Texas)へ留学を決めた。銀行を辞める。迷いはまったく無かった。
※ハイソサエティ・オーケストラ:本学で最も伝統的なビックバンドで、多くの名ジャズ演奏家を輩出。

明確な目標「ワン・オクロックのメンバーになる」ための「戦略」
 02年8月、UNT ジャズ科 サックス専攻入学。初オーディションで8オクロック(8軍)のチェアーを得る。「日本人は技術力があるから、最初に挫折はしないんです」。なるほど。オーディションを順調にクリアし03年8月3オクロックへ昇格したが、その後2年半、5期連続(2年半)3オクロックでの停滞も経験。ようやく06年1月、2オクロックへ昇格。ワン・オクロックのメンバーになるという明確な目標に向かい、受験勉強と同じで戦略を立て努力を重ねた。まず審査員が何を自分に求めるのかを研究。演奏の幅を広げていった。次は時間だ。現地学生は、練習時間確保のための休学などフレキシブルに単位を取得できるが、留学生は毎期ごとに12単位以上を取る規則があり単位も落とせない。そこで、卒業所用単位を計算し科目を厳選、卒業を1年延長でき練習時間を確保。ついに06年8月、念願のワン・オクロックに合格! 翌年4月 ケネディ・センターで演奏。本家ブルース・アレイでのライブレコーディングなど、メンバーとして活動。07年5月にはLAB2007のレコーディングに参加し「日本人として初めて、ワン・オクロックのメンバーの出身地にJAPANの名を刻む!」という夢がかなった。

◇ ワン・オクロックへの道 ◇
(One O'clock Lab Band)

 University of North Texas(UNT)ジャズ科は、質量ともにビッグバンドジャズのパラダイスだ。グラミー賞レベルで世界最高峰のワン・オクロック・ラブ・バンド(One O'clock Lab Band)を頂点として、その下にダウンビート誌上でベストカレッジバンドとされる 2オクロックがあり、以下9オクロック(9軍)まであり、その下にもバンドに入れない予備軍がひしめきあっている。昇格を決めるオーディションは年2回(8月末・1月初め)のみで、激烈な実力競争が繰り広げられる。

 「頂上」には怪物や天才がゾロゾロ・・・達成感には深い挫折感も付いてきた
 「必死で頂上にたどり着いたのに、今度は広くて深い大海原が迫ってきて目的地が見えなくなった気分でした」。今まで会ったこともない天才や怪物たちがゴロゴロいた。自分が死ぬ思いで練習した難曲を、隣で軽々と吹く奴がいる。世界の頂点で、それまでの幸せなだけの達成感とは違う、深い挫折感も同時に味わった。一方で、自分にしかできない演奏に思いをはせた。「サックスといえばアルトかテナーが人気。でも僕はバリトンサックスで人の心を動かしたい。僕の演奏はコブシが入るんですがアメリカでは好評で『バリトンは好きじゃないけど、おまえのサックスは好きだ』なんて言われ、うれしかった」「日本でも“こんなバリトンサックスを吹く奴がいたのか”と言わせたい! 東京のジャズシーンに旋風を巻き起こしたい。こんなに具体的な目標があり、情熱を持ち続けることができ、本当に幸せです。お金にはあまり縁がなさそうだけれど」
 バリトンサックスの修行の道は永遠に続く。修行僧カズオは、光の中を「激奏」する。

 

 
1155号 2008年5月15日掲載