イタリアを振り出しに、ユースホステルに宿泊しながら、ヨーロッパ8カ国を50日かけてバスで回る。JTBの社員が1人添乗するが、コースが2つあるのでその一方を私に担当してほしいとのこと。バスの運転手はスイス人で経験豊富、英語とフランス語が話せるという。私は一度も渡航経験がないのに、無謀にも、夏休みの暇つぶしをする気分でその仕事を引き受けた。
羽田から南回りで24時間、ローマに到着してから明らかになった事実があった。バスの運転手はナポリの出身で、フランス語も英語も理解せず、イタリア国外に出るのは今回が初めてなのだ。急遽、フランス語で書かれた『イタリア語会話集』を購入し、とりあえず「右、左、まっすぐ、止まる、食べる、出発する」など、必要最小限の言葉と時刻の言い方を覚えた。
ヨーロッパは当時でも道路網と道路標識が整備されていたので、目的地の都市までナビゲートするのにさほど苦労はない。ただ、途中のトイレストップや、郊外にあることの多いユースホステルの場所探しには難儀した。また、特に昼食後は車内に眠気が充満し、運転手もうつらうつら。彼を目覚めさせておくために片言のイタリア語で必死に話しかける・・・
数々のハプニングがありエピソードに事欠かない道中を、ともかくも無事に終えて帰国。そして、この体験がその後の進路を決定づけることになる。旅行で得たものはヨーロッパ諸国での見聞だけではなかった。打ち明かすのは気恥ずかしいのだが、自分の能力と強運を信じる気持ちが生まれ、久しく失っていた意欲が蘇ってきたのだ。怠惰な学生生活のつけが回って留年確定的、就職未決定の状況。まあ実家の蕎麦屋を継ぐ道もある…などと漫然と考えていた私が、これを契機に、卒業に必要な残り15科目60単位(その半分以上は再履修科目)の完全取得と、大学院文学研究科進学をめざして、真剣に勉学に取り組み始めたのだった。
|


▲トレヴィの泉(緊張と不安!)

▲出発時の記念写真(こんな時代でした)
|