ス タディ・アブロード 連載「ぐろーかる・らうんじ」は「スタディ・アブロード」に名称変更しました

早稲田から中国へ 

国際教養学部 4年 
高田あゆみさん

中国から早稲田へ

別科日本語専修課程 
王 鳴佳(ウォン ミンジャ)さん

大学をも動かした持ち前のバイタリティ
  最初の留学は高校時代。カナダのバンクーバーに約10カ月滞在した。その時から心の奧に「アジアの言葉を学びたい」という思いが芽生えたのだという。「だから早稲田に入学する前から『中国への留学』という目標があったんです」と高田さんは語る。留学先は、大連外国語大学。所属は留学生向けの漢学院だった。本科は4年制だが、1年間の留学生は語学研修科に通う。だが高田さんは大学にかけ合って、留学期間中の前期は中国語講座だけでなく、英語学部で「マーケティング」と「国際貿易」の専門科目を学んだ。そして後期には、北京語で行われる本科の経済貿易学科への編入を希望した。「でも前例がないということで何度も断られて…」。しかし持ち前のバイタリティで、初の事例として認めてもらったという。

▲大連森林動物園で

美しい「中国語(北京語)」の秘密
  「中国語といっても、実は地域によってかなりなまりがあるんですよ。あまり知られていませんが、黒龍江省の省都ハルピンの中国語が一番きれいだと言われているんです。だからアナウンサーはハルピン出身者が多いんですって」というトリビアを教えてくれた。大連の中国語にもなまりがあるとのこと。「一度、タクシーの運転手さんが何を言っているのか分からないこともありました」と当時を思い出して笑う。

▲留学前期の語学研修の仲間。日本、韓国、イタリアからの留学生

一度、仲良くなると、強い友情で結ばれる

日本との戦争という不幸な歴史があるものの、大連の印象はかなり「親日的」だったという。「日本企業の進出が目覚ましく、『経済開発区』として発展しているからかもしれませんが、日本語を学ぶ学生が多いのには驚きました」。中国の人は初めはどこかよそよそしいが、一度仲良くなるととても親切にしてくれる。旧正月には中国人の友人の家に招かれ、鳴り続ける爆竹を聞きながら、みんなで作った餃子を食べたことが良い思い出になっている。

帰国して実感したのは、自分が日本という国から解き放たれたということ。今はどこででも生きてゆけるように思える。そして「相手がどこの国の人であっても、そのまま受け入れることができる。今回の留学の大きな収穫です」と輝く笑顔で語ってくれた。

アニメの世界に魅了されて日本語を学ぶ
  名門の上海交通大学日本学科から、本学の別科日本語専修課程に留学している王さん。今までは理系の学科がもてはやされてきた中国でも、最近は文系の科目を学ぶ学生が増えている、と今日の大学事情をまず説明してくれた。「それでなぜ日本語を?」との質問には、「強いはっきりした発音が多い中国語と比べて、日本語の流れるような美しい響きが耳に心地よくて」と言いつつも、少し顔を赤らめながら「でもルーツは、小学生のころによく見ていた日本のアニメかも知れません」と小声で語る。当時は『名探偵コナン』や『スラムダンク』などの日本製アニメが大ヒットしていた。「今は『ONE PIECE』が好き」と笑う。

▲日本語の発音がとてもきれい

留学してから始めた自炊生活

  留学先が早稲田に決まった時、両親はとても喜んでくれた。「早稲田は中国でも非常に有名ですし、国の政策で私は一人っ子なので、少しは独立心が付けばと思ったようです」と語る。実際、来日するまでは家事らしいことをしたことがなかった。だが今は少しでも出費を抑えるために自炊をしている。「まずはお鍋いっぱいカレーを作るんです」。だがさすがに毎日カレーというわけにはいかない。そういうときは少し奮発してラーメン専門店に行く。「一風堂のラーメンが好き。中国にはない味です」

▲上海交通大学日本学科の3年生一同

これからの進路に思いを馳せる
  留学して良かったと思うのは、世界が広がったこと。同じ寮にアメリカやヨーロッパからの留学生も滞在しているし、和歌山にある日本の友人の実家でのホームステイで日本の伝統的な正月と初詣も経験した。「日本のことがもっと知りたい。それには日本語の能力をさらに上げないと」と焦る気持ちもあるが、帰国は7月。あまり時間がない。帰国後の選択肢は2つあるという。大学院に進学して再度日本に留学するか、上海の対日貿易会社で日本語を使える仕事に就くか―。留学を通して広がった視野を、これからどうやって生かしていくのか。王さんの前途を応援したい。


▲安徽省の「黄山」には、山水画の世界が広がっている

 
1153号 2008年4月24日号掲載