学生注目!!

2007年度後期分 目次





映画『BARTON FINK』 に見る不可思議な人間の心性


 主人公のバートン・フィンクは、ブロードウェイで活躍する舞台脚本家である。彼はある時その才能を買われ、ハリウッドで大衆向けの映画の脚本を書くことを依頼される。しかしその仕事は、彼の意に反するものであった。脚本家としての自負と、成功への切望の間で、フィンクは古びたホテルの一室で次第に無秩序で空虚な人間と化し、不条理な世界へ足を踏み入れていく…。

 1991年、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したこの作品は、米国の若手実力派、コーエン兄弟の下で製作された。「怪優」ジョン・タトゥーロ演じる主人公、しかも、人一倍の理性と冷静さを持ち合わせた男が狂気へと走る姿は、観る者にまるで終わりのない悪夢を見ているような気分を起こさせる。

 この映画は、サスペンスでもミステリーでもない。強いて言えば、「人間と極めて密接に関係する何かしら得体の知れない存在」を描いた、一種のドキュメンタリーではないだろうか。例えば何かの経験によって日常に疑問を抱いたとしたら、現実と幻想の識別が不可能となることもありうる。そして、人間の意識は崩壊していく。正常と狂気の境界は極めて漠然としたものであり、そうしたアンバランスな世界に私たちは存在しているのではないだろうか。

 この世は、22歳の私が考えているより複雑で、理解し難い。若い私にとって、日常とは幸福に満ちたものでもあれば、逆に不安だらけのものでもある。ただ、一つだけ確かなことは、今この瞬間は、現実なのか、幻なのか…それを見極めるのは自分の存在だけだ。現実と幻、その違いに気付かなくなるとき、人間は狂気へ走るということだ。皮肉にも、その状態になるのは、決して難しいことではない。

 人間は誰しも、バートン・フィンクになる可能性があるのだ。

(政治経済学部4年 永川 とも子)

(2008年1月17日掲載)

Copyright (C) 2008 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2008 January 17.



「環境ボランティア学校」体験記


 「世界全体のCO2 排出量250億トン。これは日産何社分になると思いますか?」答えは140社。全世界で販売した日産車の平均走行距離から算出したCO2が1.5億トン。日産の全工場等から排出するCO2が0.2億トン。合わせて1.7億トンが日産排出分という計算だ。

 ちょっと驚きのクイズから始まった講義は、未来のエコカー・ワークショップ。早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)と本学エコキャンパス推進本部共催による「環境ボランティア学校」のワークショップの一つだ。今やほとんどの企業がWebサイトで環境対策について情報発信しているが、普段一つひとつを見ることもないだろう。例えば「エコ運転アドバイス」。クルマから送信される燃費情報をドライバーが自宅のパソコンから確認でき、アドバイスを受けCO2排出削減につなげることができるサービスがある。CO2削減のために多様な取り組みを実行しないと、企業としての社会的責任を問われる時代なのだと実感した。また、第一線で働く企業人の説得力あるプレゼンテーション技術を知る機会にもなった。

 このプレゼンを受けて私たち学生は5〜6名ずつ6班に分かれ、社員1名がファシリテーターとなって、「未来のエコカー」をテーマにディスカッションを行った。まず各自が付箋にアイデアを書く。次にそれらをカテゴリー分けし、意見をまとめていく。社員の適宜丁寧なコメントもあり、終始リラックスして取り組めた。講義と合わせて日本車の環境対策についての知識を深めることもでき、最後は全6班が順番に発表となった。恚気をきれいにしながら走るクルマ掾A怎Jーシェアリングの推進揩烽る一方で、さらに進めて怎Nルマを使わない揩ニいう意見のグループもあり、多彩なアイデアや斬新な発想が飛びかい、短い準備時間ながら熱の入った発表となり、実りある場となったことと思う。

 将来を担う世代の一人としてもっと環境対策に関心を持って行動していこうという思いを強くする機会となった。

(教育学部4年 片谷 仁)

(2008年1月10日掲載)

Copyright (C) 2008 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2008 January 10.



インドで発見! 早稲田魂


  建築を学ぶために、早稲田を1年間休学し、南インド、バンガロールに留学した。デカン高原に位置し、IT産業で急成長している有数の都市だ。

 初めてのインド、初めての一人暮らし、with 牛牛牛牛。初めてだらけの中で痛感したのは「ニュースで受け取る情報と、実際の生活とは全く違うものだ」ということ。だいぶ近代化した国かと思ったが、全く想像もできなかったトラブルに次々と巻き込まれる。例えば大学で建築コースを申し込んでいたのに、いざ入学したらITコースだったり、少しの間お世話になったホストファミリーにお金を貸したら全然返してくれなかったり。お米が買えない程生活が逼迫する時もあり、精神的にもかなりつらいことが何度かあった。

 そんな中で私の支えとなったのが地元の小、中学校での教師ボランティアだ。ボランティアにもともと興味はなかったが、インドを知るためのチャンスだと考え引き受けた。生徒は平気でウソをつくし、教師(私)のありがたい話に全く興味を示さない。しかし、トイレも無い、水道も無い、屋根も無いオンボロな校舎で、元気に笑い楽しく生きているその姿を見ていたら、私は思った。「少し物事が思い通りにいかないくらいでくよくよするなんて、時間がMOTTAINAI!!」。現状を自分で楽しい方向に持っていけば良いのだ。

 苦労は多かったが、この1年間は私を大きく変えてくれた。それと共に、激動の国へ留学する私を認め、応援してくれた家族と学友たちにとても感謝している。「どんな場所でも、どんな境遇でも、最後まであきらめずに楽しみ切るのが早大生!」この言葉と感謝の気持ちで乗り越えることができた。早稲田大学は今年で創立125周年。キャンパスの風景も面影を残さずに変わってゆく。しかし、私たち早大生の「志」は不変だ。

(二文5年 望月 翼)

(2007年12月13日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 December 13.



読書の秋に漫画はいかが


 読書の秋だ。古い漫画を読むことにはまっている。どうも最近の漫画は私の心に響くものが少なく、それよりも時間をかけて淘汰されてきた過去の作品の方が良作に出合える可能性が高いと思ったからだ。

 そして早速名作に出合った。萩尾望都 作 『トーマの心臓』。萩尾望都は少女漫画の流れをつくった花の24年組を代表する漫画家だ。

 ストーリーはどちらかというと暗く、重い。冒頭から読者の意表をつく展開で、息をのむ。なんと冒頭早々からタイトルにあるトーマ少年は死んでしまうのだ。そしてトーマより一つ年上の優等生、ユリスモールの元に遺書が届く。もともと、とある事件から心を閉ざしていたユリスモールは平静さを装いながらも心はさらに深い混乱に落ちていく。そこに彼の親友や、死んだトーマそっくりの転校生らが巻き込まれ、真相に近づくにつれてそれぞれが自己と向き合うこととなり、成長し、答えを出し、物語は終わる。繊細な絵で描かれたその昇華の過程と真相の深さに、心を奪われた。

 私は漫画好きが周りに多い環境で中学、高校を過ごしたため、大学に入って驚いた。あまり漫画は読まない(そしてこれからも読むつもりはない)という人が多いのである。漫画は世界から注目されている日本の文化の一つだ。漫画ばかり読むことが良いとは決して思わないが、一つくらい自分のお気に入りを持っていても良いと思う。

 秋も深まってきた。他にも名作に出合えるよう、できる限り多くの本や漫画を手に取っていきたい。

 ちなみに早稲田大学の図書館には漫画の神様の異名を持つ、手塚治虫の全集があることをご存じだろうか。高田馬場と彼の関係は深い。土地の縁を感じながらページをめくるのも、秋の夜長に趣を添えるのではないか。

(人間科学部2年 A・U)

(2007年11月29日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 November 29.



「新卒募集なし」でもメゲない!


 「行きたい企業を見つけたんだけど、募集してないんだよね」、「えっ、とりあえず電話かメールをしてみれば?」、「でも、募集してないのにそんなことできないし…」

 3年の夏ごろから、友だちとこんな会話が何度も交わされてきた。意外とみんな面倒くさがる。

 でも、それでは何も始まらない。新卒募集なしの企業には、自分から何らかの行動を起こすしかない。

 ある外資系企業が、私の興味をひいた。Hewitt Associatesという世界最高峰の外資系人事コンサルティング会社だ。人事コンサルティングとはどんな仕事なのか。どんな人々が、どんな想いでどんな業務を行っているのだろう。ぜひ、内部に身を置いて実感したいと強く思うようになった。

 キャリアセンターには、この企業についての情報がなく、ウェブサイトを検索してみると、「インターン募集」が掲載されていた。

 しかし世界的規模のコンサルティング企業だけあって、インターン応募へのハードルは高い。募集人数は若干名で、しかも、MBAか大学院生。でも、その後に書いてあった「その他、ご相談に応じます」という言葉に、勇気を奮い起こし、応募してみた。

 正直、学部生の応募では、かなり難しいと思っていたが、幸いにも選考を経て、同社のインターンシップに参加することができた。同時期にインターンをしたロンドン大学ビジネススクールの学生は大切な友人となり、私にとっては、期待以上の体験ができた。

 この他にも、私が興味を持った新卒募集を行っていない企業にダメモトで application formを送信してみると、意外にも丁寧な返事をいただいたり、キャリアに対するアドバイスをもらえたりと、とても貴重な経験ができた。

 もちろんこういう方法は、すべての企業に当てはまるわけではない。だが、新卒募集なしの企業でも、とりあえず電話か、メールを出してみることも、就職活動の一つの方法として、ぜひお勧めしたい。

(国際教養学部4年 友部 優)

(2007年11月8日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 November 8.



今、ミャンマーが変わるとき


 私は以前から東南アジアの開発問題や貧困問題に興味があり、日本人として、アジアに生きる一人として私にできることは何かを模索し続けてきた。

 デモが起きる2週間前、私は現地の状況を知り、そして文化交流を行うため8月の終わりから2週間、ミャンマーに滞在していた。

 ミャンマーといわれ、イメージがわく人はあまりいないであろう。なぜなら、この国は多くの国とあまり国交がなく、内部の情報があまり流れてこないからだ。しかしながら、日本人のジャーナリストが殺害されたことが日本でも大ニュースになり、連日、現地で銃弾が飛び交う映像や僧侶が大勢で大行進する姿をテレビで目にし、その記憶は新しいはずである。

 私が見てきたミャンマーはほんの一部にしか過ぎないが、そこに生きる人々は非常にエネルギッシュであり、平穏な生活をしているように思われた。かつてイギリスの植民地であったミャンマーの街には、いまだ多くのイギリス調の区画された街並みが残り、現在はミャンマーの独自の文化にうまく調和し合うことで、独特の景観を生み出している。その中で人々は生活を営み、暮らしている。しかしながら、最近の原油高も貧困を助長し、市民の貧富の格差は広がるばかりで、大半の人々の暮らしは困窮の渦に飲み込まれ、毎日の食料確保さえままならぬ状態が続いているのが現状であった。現在、ミャンマーには多くの問題が未解決のままであり、さまざまなNGO団体や国連機関が内外部から支援を続けている。

 世界がミャンマーの情勢に目を向け始めた今、人々の生活状況は少しずつ回復の兆しを見せ、活気にあふれる明るい街並みを見る日はそう遠くはないかもしれない。

(政治経済学部政治学科2年 新井 理恵)

(2007年11月1日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 November 1.



便利で危ういメール


 メールほど便利なものはない。ほんの一瞬で、遠く離れた相手に想いを伝えられる。封をして切手を貼って…は、もう時代の流れじゃない。便利…か。

 中学からの友人がいる。かれこれ8年来の付き合いだ。そいつに好きなコがいることは知ってた。彼女の話をするとき、電話のむこうのそいつは決まって饒舌だった。痛いほど気持ちはわかってたし、叶わぬ恋だってことも知ってた。

 数日前、MDが届いた。彼女に気持ちを伝えるために曲を書いたんだという。勇気を出して渡したんだという。「お前にも聴いてもらいたい」。歌詞に込められていたのは、他人には触れることさえ許されないくらいに、温かくそして純粋な男の想い。熱い気持ちは理解していたはずだった。3年越しの恋だもん。けれど、正面から真面目に感想言うのも照れくさいしおこがましい。そこは、男同士。ひと言ふた言の短い感想を添えて何の気なしに、メールを返した。何気ない、普段どおりの返信だった。

 奴は憤慨した。もっとまじめに返事してほしかった、と。馬鹿にされた気がしてならないって。

 メールほど便利なものはない。言葉が電波に乗って飛んでいく。すごいことだ。けれど、時に感情が抜け落ちる。そこには抑揚もなければ表情もない。ニュアンスの妙は、期待するほうがヤボだ。だから、時に大きく人を傷つける。距離が近ければ近いほど、その可能性も高いように思う。馴れは怖い。親しき仲にも礼儀ありとまでは言わないが、親しい仲であればこそ、言葉を慎重に大切に選ばなくてはならない。ときに、無機質な文字の羅列が、長年の友情を壊してしまいかねないのだ。

 忙しさにかまけて、メールの対応がなおざりになったのはいつからか。

 さて、あいつにどう謝ろうか。

(法務研究科1年 内田 靖隆)

(2007年10月11日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 October 11.



弱さという強さ


 「誰かがパレードの先頭に立たないとね(19頁)」

 ボランティア活動家・モートン・ウェイバー氏の言葉だ。

 『ボランティア もうひとつの情報社会』(岩波新書)。この本は何人かのボランティア活動家を紹介し、ボランティアの本当の姿を伝えようとしたものだ。著者は金子郁容氏。ご本人の経歴がまた面白い。ごく簡単に紹介すると、ご本人が留学先で火事にあった。そのとき近所の人に親切にしてもらった。そのことに感動し、ボランティアに関心を持つようになったと言うのである。ボランティアに身を投じるうちに金子氏はそれまで抱いていたイメージと、実際の姿が随分と違うことに気付かされる。ネットワーク論の旗手として多数の著作を著されている金子氏の原点がそこにある。

 実際に現場に赴き、見聞した体験をもとに述べられる本文は、確かな重みを持っている。しかしそれだけではこの本の決定的な意義の半分だけしか表していないことになる。この本の出色、それは“vulnerable”と言う概念だ。

 自らを傷つきやすい(vulnerable)境遇に置くこと―それこそがボランティアの本質だと言うのだ。冒頭に挙げたウェイバー氏の言葉を例にしよう。誰かがボランティアを始めるということ、それはパレードの先頭に立つようなものだ。そこは皆に注目される。目立つ。批判や中傷の第一の対象になる。それは非常にvulnerableな境遇だ。しかしだからこそ皆はその存在に気付く。協力しようという可能性が生まれる。

 新たに何かを始めるということは自分を弱い状況に追い込むと言うこと。しかし、それが新たな可能性を拓く。連帯への可能性が生まれる。強さへの可能性が拓かれる。そうこの本は言っている。それはボランティアだけに限らない、色々と生きてくる考え方だとは思わないだろうか。

(政治経済学部3年 秋葉 政之)

(2007年9月27日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 Septmber 27.