薦!

2007年度後期分 目次





『13デイズ 〈DTS EDITION〉』 監督 ロジャー・ドナルドソン
発売元:角川映画(株) 販売元:ポニーキャニオン 3,990円(税込)


核兵器保有の意味を理解するために

<評者>
田中 孝彦
(たなか・たかひこ)
政治経済学術院教授
2007年4月嘱任
担当科目名:国際政治史T
専門分野:国際政治史、国際政治学

 1962年10月、世界は、米ソ核戦争による破滅の一歩手前まで近づいた。ソ連によるキューバへの核ミサイル導入をきっかけとして、米ソ関係の緊張は極限にまで高まり、米ソ両超大国が正面衝突へと向かう可能性が現実のものとなったのである。『13デイズ』は、このキューバ・ミサイル危機の発生からその収束までの、「ケネディ米政権の13日間」をドラマ化したものである。

 この映画の見所は大きく次の二つだ。まずは、ケネディ政権内部の意見対立の展開。軍事力の行使に強い依存をみせ、キューバへの軍事侵攻または空爆という強硬手段を主張する軍部に対し、ケネディ大統領、マクナマラ国防長官らは、米ソ核戦争の可能性を極小化するために、キューバの海上封鎖とソ連との交渉という方針を主張する。この両者の間のやりとりは、国際的な危機を軍事的視点からのみ判断することが、どれほど危険であるのかを、見る者に気づかせてくれるだろう。

 もう一つは、ケネディたちとソ連側との行き詰まるような交渉の展開。敵対関係にある米ソの間には、きわめて限られたコミュニケーションの回路しか存在しない。しかし、コミュニケーションのやり方を一歩間違えれば、核戦争への道を米ソは進むことになる。米ソ間の交渉が、まさに細い糸の上を綱渡りするようなものであったことを、この映画は生々しく描写している。

 『13デイズ』は歴史「ドラマ」であり、歴史の完全に忠実な再現ではない。しかし、核兵器を持つことがいったい何を意味するのか。この問題について考えるためのよい材料になるだろう。そして、昨今の日本核武装論の軽薄さを知るためにも、必見。

(2008年1月17日掲載)

Copyright (C) 2008 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2008 January 17.



『Will You Find Me』 Ida
2000年7月発売 Tiger Style


一人になりたいときに

<評者> 堀内 賢志
(ほりうち・けんじ)
社会科学総合学術院助教
2007年4月嘱任
担当科目名:社会科学特殊講義T(現代ロシア研究)、社会科学特殊講義U(北東アジア研究)、英書研究
専門分野:国際関係論

 一人になるための音楽というものがあるとすれば、Idaの "Will You Find Me" はまさにそうしたアルバムのように思える。繊細で淡々としたサウンドと、囁くような男女のコーラスのハーモニーが、常に内省的に収斂していくように感じられる。

 Idaはニューヨーク、ブルックリンをベースに、マイペースな活動を続けている。パンク・ロックやオルタナティブの流れにあって実験的なサウンドを試みてきたポスト・ロックと称されるジャンルの中で、淡々としたメランコリックなサウンドを追求する「スローコア」と呼ばれるミュージシャンたちがいる。Idaはその中でも、ジョニ・ミッチェルやニール・ヤング、ニック・ドレイクといったシンガー・ソングライターたちのエッセンスを受け継いだ、完成度の高いソング・ライティングで際立っている。

 中心メンバーの一人、ダニエル・リトルトンは、いくつかのパンク・バンドで活動した後、1992年、リサ・ローブとのデュオで活動していたエリザベス・ミッチェルとともにIdaを結成した。「ソングライティングとミニマリズム」が当初からのビジョンだったというとおり、最小限に引き絞られたサウンドと、説得力のある歌が、とても大きな広がりをもって迫ってくる。美しいけれど、どこか歪んだ感覚があり、メランコリックではあるがしなやかな強さがある。沈んだ感覚の中に、ひそかな高揚感がある。

 一人になりたいとき、何もせず、すべての音を消してじっとしていたいとき、そういうときがたぶん誰にでもある。Idaのこのアルバムは、そんな一人の時間がこの上なく充実した豊かな時間となりうるのだということを、感じさせてくれるように思える。

(2008年1月10日掲載)

Copyright (C) 2008 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2008 January 10.



映画DVD『河童のクゥと夏休み』 監督 原 恵一
2008年DVD発売予定 (C)2007 木暮 正夫/「河童のクゥと夏休み」製作委員会


大切な選択に迷ったときに 勇気をくれる映画

<評者>
小堤 一明
(こづつみ・かずあき)
川口芸術学校客員教授
2007年4月嘱任
専門分野:アニメーション

 大人も泣かせた『映画クレヨンしんちゃん』の監督が、満を持して放つ感動ファンタジー! 大人も子供もどこか懐かしく、ちょっと元気になれる映画。この映画は本当にノーマルで王道で、誠実でけれんみも無い。この映画を作った、原恵一監督はいつもの「しんちゃん爆裂ワールド」を封印し、少々勝手が違う感じが伝わってきた。セリフ一つひとつもよく洗練され、これ以上ないというほどの言葉を選んでいた。子どもの時の夏休み、やるせないイジメ、大切な人との別れ、切ない気分に本気で涙してしまった。すべての大人たちが通ってきた体験だ。

 実は、ポスターにある少年のキャラクターデザインが、どうしても市民親子映画的な子どもっぽい作品を想像させて、ちょっと戸惑ってしまった。原監督の意向だと思うが好きじゃない。キャラクターデザインによってはもっと興行収益が上がったのではないかと思う。

 ただし、監督はこの映画で、河童の存在感を本気で描いている。実に丹念に丁寧に、すべてのキャラクターが生きて演技している様子が描写されている。特に、妹の演技は秀逸。家の柱に寄り掛かったりしながら甘えたり、彼女の心の動きは実に素晴らしい。そして、背景美術がまたとてもリアル。

 驚いたのは2時間20分もあるのに子供たちが本当に集中を切らさず映画にのめり込んでいたこと。この時間のなかで、自分自身と物語を重ね合わせて、「自分」というものを体験できていたのだと思う。もちろん大人も本気でのめり込めた。『となりのトトロ』を見た時に感じた体験に近いくらい素晴らしかった。トトロよりはもっと泥臭い。「東久留米地域の町興しに使われていて、大したこと無いんじゃ…」という印象を抱きそうだけど、この映画は本物。鼻にツーンとするような夏のにおいを本当に感じた。

(2007年12月13日掲載)

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First drafted 2007 December 13.



『敗北を抱きしめて』上・下 ジョン・ダワー 著 三浦 陽一・高杉 忠明・田代 泰子 訳
2004年 岩波書店 各2,730円(税込)


負けるが勝ち

<評者>
太田 宏
(おおた・ひろし)
国際教養学術院教授
2007年4月嘱任
担当及び専門科目:International Relations,
International Environmental Politics,
Japan's Foreign Policy

  若い学生にとって日中戦争や太平洋戦争は、もはや時空のはるかかなたの出来事であろう。しかし、日本の再出発の歴史的画期として、「戦後」の時代を現代の日本社会と日本人の起点としてしっかりと位置づける必要がある。米国による日本の占領を通じて、日本が繁栄と平和を享受する「戦後レジーム」を形成した起点だからである。

 今回推薦する本は、まさにこの戦後の日本社会と日本人を生き生きと描いたものであり、米国のピュリツァー賞や日本の大仏次郎賞などを受賞し、出版以来日米でベストセラーになっている。本書は、支配層のみならず、あらゆる社会層の人々に光を当て、公的文書や学術書、新聞・雑誌記事、写真、漫画などを駆使し、当時の日本社会の様々な情景と日本人の多様な考え方や人々の感情の機微を見事に表出している。

 本書は、戦後の人々の生活や民主主義の形成について多くを物語る。敗戦直後の日本人は「知的活力」にあふれていた。実に、敗戦の年(1945年)の終わりまでに1千タイトル近い新刊本が出版され、その2年後には、ある哲学者の全集を買い求めて、発売予定日の3日前から200人ほどが列をなすこともあった。著者も指摘するように、当時のこうした人々の行動は、戦前・戦中の思想統制の厳しさを反映するものであり、自分の考えを自由に表現する自由の尊さを物語っている。

 敗戦直後の日本人は絶望感、虚脱感あるいは多くの尊い命を失った喪失感に襲われて意気消沈した時期もあったが、全体として非常に活力に満ちていた。すべてを失った「無」からの出発、日本の再建と新たな日本の創造に向けて、皆、前向きで明るくたくましかった。果たして、今や経済大国日本で生活しているわれわれは、日本の「勝利」を十分に抱きしめているのだろうか。

(2007年12月6日掲載)

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First drafted 2007 December 6.



『坊っちゃん』 夏目 漱石 著
1950年 岩波書店  378円(税込)


「想い」の物語

<評者>
堀江 敏幸
(ほりえ・としゆき)
文学学術院教授
2007年4月嘱任
担当科目:創作指導、文芸演習、 文芸研究、表現芸術演習

  人間関係の網のなかで身動きがとれず、周囲にも、自分自身にも目配りをする余裕がなくなって気持ちがすさんできたとき、波瀾万丈の冒険小説やミステリーで気を紛らわせたり、幸福な、あるいは不幸な恋人たちの物語につきあって自分を重ねてみたりした経験は、誰にでもあるだろう。だがここでは、そのどちらでもない、夏目漱石の『坊っちゃん』を挙げておきたい。

 主人公の「坊っちゃん」には、正式な名前がない。『吾輩は猫である』の猫と、語りのうえでは同じ境遇だ。両親に愛されていないと感じている「名なし」の若者が、何とか学業を終え、四国のとある中学校へ数学教師として赴任する。そこで繰り広げられるドタバタは、落語調の軽妙な語りにのせられた現在進行形の話のように読まれがちだが、実は、常に回想のなかで語られた過去の物語である。

 語り手の現在と過去をつないでいるのが、「清という下女」の存在だ。彼女は坊っちゃんがどれほど失敗しようと、どれほどたたかれようと、その「真っ直ぐでよい御気性」を信じ、褒め、励まし、つまりは実母のごとき無償の愛で彼を包む。すると彼女の想いは、かつては四国にいて、いまは東京のどこかでこの物語をつづっている語り手の胸に、まっすぐ届く。『坊っちゃん』は、純粋な、ほとんど匿名の悔いのなかで書かれた「想い」の物語なのである。「再読」をお薦めしたい。

(2007年11月29日掲載)

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First drafted 2007 November 29.



『ふたりのイーダ』 松谷みよこ 著
 2006年 新装版 講談社 1,470円(税込)

映画DVD『火垂るの墓』 高畑 勲 監督
 2000年 ワーナー・ホーム・ビデオ 3,129円(税込)


戦争を知らない世代の 平和への感性を育むために

<評者>
北川 佳世子
(きたがわ・かよこ)
大学院法務研究科教授
2007年4月嘱任
専門分野:刑法

 この春、広島の地を離れて11年ぶりに東京に戻ったが、気になったのは原爆に関する報道に接する機会が極端に減ったことである。広島ではTVで毎日のように原爆関連のニュースが流れ、街のあちこちで「原爆」の碑に当たったのがうそのようである。ただ、その広島でも被爆1世が減り、若い世代に原爆や戦争の悲劇をどう伝えるかが問題となっており、平和教育の必要性が叫ばれている。

 どうすれば戦争を知らない世代が平和ボケせずにいられるだろう。そんなことを考えているうちに思い当たったのが、松谷みよこ作の『ふたりのイーダ』と高畑勲監督のアニメ『火垂るの墓』である。この二作品は低年齢の子供でも物語の本質を直観でき、大人の鑑賞にも十分堪える内容で、世代を問わずに戦争の悲惨さを訴えかける力をもつ優れた作品だと思う。

 『ふたりのイーダ』では、椅子が帰ってこない女の子を「イナイ、イナイ」と探し続けている…静かに語られる原爆の悲劇がジワーっと重く心に響く。『火垂るの墓』も公開時に観て以来忘れられない作品である。子供にとって野坂昭如氏の原作は無理でもアニメならわかるようで、先日4歳の息子と見たときは、空襲のシーンは怖がり嫌がっていた息子も戦災孤児となった兄妹が悲惨な生活を余儀なくされるシーンは神妙な顔つきで見入っていた。私も久しぶりに感性がよみがえった気がして、つらいが何度も見るべきなのだと思った。

 子供向けだとバカにせず、この二作品、未経験者はぜひ体験してほしい。きっと心の琴線に触れるはず。また、常々意識してこうした作品に触れる機会を作ってほしい。悲惨さゆえに躊躇うかもしれないが、平和の尊さを忘れないためにも。

(2007年11月22日掲載)

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First drafted 2007 November 22.



『大衆教育社会のゆくえ 学歴主義と平等神話の戦後史』
 苅谷 剛彦 著 1995年 中公新書 735円(税込)


一歩下がって
大学で学ぶ意味を考えてみる

<評者>
齊藤 直
(さいとう・なお)
商学学術院助教
2007年4月嘱任
担当科目:
専門英語講読(経営、経済・産業)
専門分野:日本経済史、経営史

 学生の気質は昔とは変わったとよく耳にするが、それでも、今日の学生がかつての学生と同じように、大学生であることや大学で学ぶことの意味を考えることは多いだろう。特に、厳しい入試を終えた直後や、就職活動を控えた時期など、必要以上に考え込んでしまうこともあるかもしれない。とはいえ、書店の棚をにぎわしている安っぽい大学論が、満足のいく解答を与えてくれるとは思えない。結局のところ、考え抜いた末に、各自が自分なりの大学観、学問観といったものを見いだすしかないのだろう。

 本書の内容は、大ざっぱに言えば、学校教育を日本社会の中で位置づける試みだから、よく目にする大学論や学問論とは違う。むしろそれらの前提となるべき客観的事実を提示しているのが本書だといえる。ありきたりな規範論ではなく、具体的なデータを用いた実証的なスタイルが貫かれていることも、本書の存在感を際立たせている。出版年は1995年とやや古く、その後、大学教育をめぐる環境は様変わりしたが、本書の有用性は今日でも全く失われていないと感じる。確たる評価軸を身に付ければ、近年の変化を自分なりに咀嚼することは容易なはずだ。

 余談だが、評者も学生時代に発売直後の本書を読み、感銘を受けたことを記憶している。自分が受けてきた教育は日本社会でこのような機能を果たしてきたのか、と。もちろん、この本を読んだだけで大学で学ぶ意味を見いだすことはあり得ないだろうし、そもそも評者自身、自分がなぜ学んでいるのかわからないまま今もなお苦闘している。しかし、大学教育が日本の社会の中でどのような位置を占めてきたのかについて、一歩下がった位置から、見取り図を得ることができたのは、少なからずこの本のおかげだったことは間違いないように思う。

(2007年11月15日掲載)

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First drafted 2007 November 15.



『国銅』(上・下) 帚木 蓬生 著
2003年 新潮社  各620円(税込)


いまどきの学生さんは
読書してるのかな……

<評者>
金岡 恒治
(かねおか・こうじ)
スポーツ科学学術院准教授
2007年4月嘱任
専門分野:スポーツ医学

 パソコンに向かうのに忙しくて、あまり読んでないんじゃない? 

 かくいう私もそうだった。「きみの本棚、空っぽだね。村上春樹くらい読まないとまずくない?」なんて友人からいわれて、ネズミやらヒツジの出てくる本を読んだ。今読み返すと深い味わいが分かるけど、死のことなんか深く考えてもいなかった当時はあまりピンとこなくて、あいつヘンな作家を薦めたな…くらいに思っていた。よく言われることだけど、その本を読むのにふさわしい年代、成熟度があるのだろう。

 あいかわらず読書量の多くない私ではあるが、最近は帚木蓬生の小説にはまっている。氏は精神科医であることから医療サスペンスものが多いが、いずれの作品も繊細で緻密な描写、構成で、一気に読んでしまうのが惜しいくらい楽しませてくれる。なかでも『三たびの海峡』、『逃亡』は、戦時中の国家体制に翻弄される理不尽さを個人の眼から主観的に描いた傑作で、マクロの視点から歴史を学んできた我々に、ミクロの視点で戦争を体験させてくれる。また、奈良の大仏を造営するために地方から集められた若者が、死と隣り合わせの過酷な労役のなかで学問の面白さ、大切さ、それを使って人の役に立つことや生きていくことの喜びを伝えてくれる『国銅』は若い君たちにお薦めである。  いかに生きていくべきかを示唆してくれるのが小説の役目であるならば、難しい表現やメタファもなく、あくまでも緻密で繊細な描写で個人の生き方を描く氏の作品は、あらゆる世代の読者に感銘を与えてくれるであろう。

(2007年11月8日掲載)

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First drafted 2007 November 8.



『トランス・サイエンスの時代 科学技術と社会をつなぐ』
 小林 傳司 著
2007年 NTT出版 1,890円(税込)


科学技術と社会の良好な関係とは

<評者> 菱山 玲子
(ひしやま・れいこ)
理工学術院准教授
2007年4月嘱任
専門分野:知識情報処理、
コミュニケーション・デザイン

 早稲田は総合大学でありながら文系・理系でキャンパスが物理的に離れており、キャンパスを超えた学生同士の交流はさほど盛んではないように見える。本書は、各キャンパスでそれぞれの学問領域に深く礎を置きつつ過ごす学生にこそ、手に取ってほしい一冊である。

 筆者はまず、科学技術が社会に深く関与する現状を踏まえ、以下のように述べる。

「科学技術は専門家だけに任せるには重要すぎる存在である」。
「理工系と文系との分断は非常に危険である」。
「科学技術コミュニケーションは科学技術のシビリアン・コントロールのために必要不可欠である」。

 われわれの生活が最先端の科学技術と深く関連する一方、われわれの身の回りには科学技術が答えられない問題が顕在化しつつある。筆者はこうした問題領域を「科学によって問うことはできるが、科学によって答えることのできない問題群からなる領域」とし、科学と政治が交錯する「トランス・サイエンス」と呼ぶ。そして、多様な情報や価値観が存在する場の創出によりこうした領域の課題と向きあう必要性を提案する。平たく言えば、深刻な理科離れが進展し、科学技術と社会との距離感が増すなかで、その距離感を埋めるためにはまず、専門家と市民とのコミュニケーションを双方向に行うことが必要とされるのである。

 本書が依拠する科学技術社会論は、一般的には文系に軸足を置く学問領域であるとされている。しかし、未来の科学者・技術者たる理系学生にこそ、手に取ってほしい一冊でもある。将来、西早稲田、大久保といった、文理を軸に分離されたキャンパスの垣根を越え、学問横断的な双方向コミュニケーションが生まれ、社会との接点を意識した科学技術の問題に取り組んでゆく活動が生まれ出ることを期待して。

(2007年11月1日掲載)

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First drafted 2007 November 1.



『弁護士のくず』1〜6巻 井浦 秀夫 作
2004年〜『ビックコミックオリジナル』連載中 小学館 530円(税込み)


秘匿を露わにし、 人への興味を深める作品群

<評者>
湯汲 英史
(ゆくみ・えいし)
教育・総合科学学術院客員教授
2007年4月嘱任
専門分野:知的障害教育・コミュケーション障害

 人には言いたくないことがある。その理由も言いたくない事柄がある。その言いたくないことを「事件」として露わにし、その理由を求めるのが司法の場である。主人公の九頭弁護士は、作者によればビートたけしがモデルとのこと。モデルから暗示されるように、一つひとつの事件が単純な正義でくくられることはない。切迫して始まる事件だが、予定調和的な結末とはならない。そこには正義や道徳のみでは語れない、滑稽と愚かさを抱えながら生きる人間がいる。

 作者の井浦君は、文学部で同じクラスだった。大学1年生のある昼下がり、大隈庭園で将来のことをぼんやりと話していた。彼は、はにかみを含んだ声で「漫画家になる」という。漫画家はなりたいと思ってなれる職業ではない。だからか、その言葉が心に残った。あれから30年あまり、紹介の作品が小学館漫画賞を受賞、その祝賀パーティで再会した。聞けば卒業後は就職せず、漫画家一本でやってきたそうだ。覚悟がすがすがしい。「つきがあったから」と、受賞理由をはにかみながら話す。当然だがつきだけではない。これまでの作品には、AVの世界を題材にしたものも含め、人間への強い興味がうかがえる。その一つの集大成が『弁護士のくず』といえよう。

 パーティには、漫画評論で著名な呉智英さんがいた。呉さんは、彼のことを心理学専攻と勘違いしているようだった。漫画家になるという決意が人間への洞察を生んだのか、人間が知りたくて漫画家の道を選んだのか、井浦君に今度、尋ねてみたいと思っている。

(2007年10月25日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 October 25.



『宿澤広朗 運を支配した男』加藤 仁 著
2007年 講談社 1,600円(税込)


〈特別寄稿〉

スポーツマンの鑑 人間宿澤の魅力

<評者>
奥島 孝康(前総長)
(おくしま・たかやす)
大学院法務研究科教授
専門分野:商法学

 ラグビーファンで宿澤の名を知らない者はいないであろう。もとより、それは彼が選手としても監督としても卓越した能力を発揮したことによるが、それだけではない。社会人として彼は三井住友銀行のトップへもう一歩で登りつめようとしていたスポーツマンの鑑ともいうべきスターだったからである。

 イギリスやアイルランドでは、ラガーマンは大学卒業後弁護士や医者になる者が多く、社会的にも尊敬される存在であるが、わが国ではかなり事情が異なる。イラクで非業の死をとげた奥克彦大使も、外交官になるために1年でラグビー部を退部せざるをえなかったように、勉強とラグビーを両立させることは容易なことではない。しかし、宿澤はそれをやりとげたのである。

 私は総長に就任するまで、 10年近くラグビー部長を務めており、その間、宿澤とも東伏見のグラウンドなどで何度も会っただけではなく、ラグビー関係の書物などで彼の活躍を読んできた。総長に就任すると慣例により部長を辞めなければならないが、その後も顧問としてOBクラブのさまざまな会合で彼と会っていた。そして、会うたびに「クールな男だな」という印象を深めてきた。

 ラグビーでは、「On the field, we are the worst enemies. Off the field, we are the best friends.」といわれる。つまり、ラガーメンは「ホットな男たち」なのである。ところが、宿澤はラグビーに対する情熱を除けば、いついかなる場合でも始終「クールな男」であった。それが彼を、ラグビーでも銀行でも成功させた最大の要因ではなかったか。

 宿澤は、昨年6月17日、忽然として逝った。惜しみても余りある55歳の死であった。本書は、彼のラガーマンとしての、バンカーとしての、そしてまた、優しいダディーとしての生涯を余すところなく活写している。そして、あのどの方向に跳ねるかわからないラグビーボールをコントロールしたように、人生の「運」までも支配したクールな頭脳と、ラグビーに対するホットなハートをもつ人間宿澤のトータルな魅力を見事に引き出した。学生諸君には、彼の生き方から学ぶために、ぜひ一読を薦めたい。

(2007年10月18日掲載)

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First drafted 2007 October 18.



DVD『ダーウィンの悪夢』(監督、構成、撮影:フーベルト・ザウパー)
ジェネオン エンタテイメント 3,990円(税込)


白身魚とダーウィンの グローバリゼーション

<評者>
三浦 慎悟
(みうら・しんご)
人間科学部教授
2007年4月嘱任
担当科目:野生動物の保全と管理・野生動物の行動生態学

 フィッシュバーガー、コンビニ弁当、ファミレスのシーフードでお馴染みの「白身魚フライ」、この魚はいったい何なのか。通称「白スズキ」とネーミングされたその魚は、正確には怎iイルパーチ揩ニいう、体長2メートルにもなる巨大な魚食性の淡水魚だ。アフリカ最大の湖、ビクトリア湖で獲れ、現地で加工、はるばる欧州や日本へと空輸される。この魚が現地でどのように処理され、そして何をもたらしているのか。映画「ダーウィンの悪夢」は、この現実を余すことなくドキュメントし、現代アフリカにおける貧困の一断面と、その根っこをわれわれに突き付ける。すでにTVや劇場で公開された有名なドキュメンタリーだが、最近DVDでも発売、レンタルされてもいるので、この機会にいま一度お薦めしたい。

 不思議で衝撃的な映像だ。舞台は、ビクトリア湖畔の小さな町、ムワンザ(タンザニア)。そこの人々の日常と風景を、たんたんと無造作に切り取っていく。ストリートチルドレン、エイズの売春婦、魚加工場のインド人オーナー、飛行機の残がい、往路で武器を復路で魚を運ぶロシア人パイロット、魚の残飯とそこに群がる人々などなど。映像にこざかしい解説などない。だが、これらの映像から次のような事実が知らされる。人々はかつて、「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるほど多種多様な魚がいたこの湖とともに、貧しくとも身の丈に合った生活をしていたこと、外来魚ナイルパーチは湖の生物多様性を破壊する一方で、ばく大な富を生み、グローバル化はこの破壊と商品化を加速させたこと。端的に言えば、生態系の破壊とはすなわち人々の営みの破壊でもあると。それは、白身魚の巨大市場であると同時に、すでに食糧自給率40%を割ったこの国の、まぎれもない内と外の問題でもある。

(2007年10月11日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 October 11.



映画DVD『小さな中国のお針子』 監督・脚本・原作 ダイ・シージエ
発売・販売:アルバトロス株式会社 4,935円


きらめく自由と文学の香り

<評者>
上牧瀬 香
(かみまきせ・かおり)
早稲田大学本庄高等学院教諭
2007年4月嘱任
担当科目:国語科

 観た直後はきっと、過剰な詩味が強い香りのように鼻につき、うるさく感じる。しかし時間の経過と共に、鼻をくすぐる甘さが忘れがたくなり、ふとそれを反芻して楽しむ自分に気付くはずだ。ラストシーンに甘美な余韻を残す、Y S L のフレグランス「ベビードール」の香りのように。

 文革下の中国。「ブルジョワ知識人」の「再教育」のため、山峡の村で強制労働に励む2人の都会の青年が、美しいお針子の少女と出会う。青年達はバルザック、ロマン・ロランなど発禁の外国小説を手に入れて秘密に貪り読み、村人たちに読み聞かせ、少女に字を教え…。電気もなく文化の光の届かない村が変わっていく。

 この映画を観ると、自由とはがんとしてそこに存在するものではなく、不自由にある人間の意志の中でこそ輝き、羽ばたくものなのではないかという思いにとらわれる。厳しい思想統制下における人々の自由への意志が、霧がかって暗い大陸の深緑の中できらめき、香り立つ。

 例えば、山峡に響くヴァイオリン、モーツァルト作『毛主席を想って』(!)。トランクに詰められた外国小説、それを隠した「本の洞窟」…。それぞれのエピソードはやはり、過剰に詩的でロマンティックに過ぎ、鼻につく。しかし、思想的不自由の只中における自由は、当たり前にそれを享受する我々にはまぶしく甘すぎるように感じる、ただそれだけのことかもしれない。

 とりわけ印象深いのは、長い髪を切って山を去る少女に困惑した青年たちが、「君を変えたものは?」と尋ねるシーン。―決然と「バルザック」と言い放ち、村を降りる長い道を見据える少女のまなざしは、自由への強い意志そのものを映して美しい。

 不自由の中で意志として輝く自由。人間にそれを志向させてやまない、文学というものの強く甘美な力を感じさせる作品だ。

(2007年10月4日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 October 4.



『職業としての学問』 マックス・ウェーバー 著 尾高 邦雄 訳
1936年[初刷]・1980年[改訳]岩波書店(岩波文庫) 420円(税込)


日々の仕事の重要性

<評者>
大場 浩之
(おおば・ひろゆき)
法学学術院専任講師
2007年4月嘱任
専門分野:民法

 学生時代、とりわけ学部生時代というものを思い起こしてみるならば、それはよくよく不思議な時期であるという感を拭い去ることはできない。心身共に相当程度成熟しているにもかかわらず、ある意味で曖昧な状態に身を置くことが許されている時期というのは、学生時代を除くならば、人生においてそれほどあるものではない。

 そのような学生生活の中でとかく忘れられがちなのが、一日一日の大切さである。平凡かつ定期的に繰り返される日常と、自分自身が直面している問題に取り組む日々の中においては、必然的に、卒業後の進路と大学における学問との関係について考えることになり、結果として、それが、より具体的で実践的な教育を求める声へと繋がることもある。

 そこで、本書である。本書は、著者が1919年にミュンヘンで行った講演の邦訳である。1919年といえば、第一次世界大戦においてドイツが敗北を喫した直後であり、当時の学生たちが日々の現実よりも理想を追い求めることに関心を寄せていたであろうことは、想像に難くない。しかしながら、そのような聴衆を前にして著者は、日々の仕事に専心するべきことの重要性を強調した。主題とされた学問的営為はもちろんのこととして、それ以外の活動についても、自らが取り組んでいる対象そのものに深く沈潜し、また、そうすることによってのみ、所期の目的を達成することができると主張したのである。

 状況は、現代においても全く変わっていないのではなかろうか。いや、むしろ、当時よりもその傾向は顕著になっているように思われる。そのような現代を生き、まさに今、学生生活を謳歌している皆さんに、自信を持って本書を薦めたい。

(2007年9月27日掲載)

Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2007 Septmber 27.