進路選択物語 |
面倒くさがらず、 自分自身をみつめる法学部5年 大久保 泰佑
公の仕事に対する憧憬は、確かにあった。でもそれを明確な言葉にする事ができない。そんないら立ちとずっと付き合ってきた。 一時は「人の為に働きたい」という言葉で表現していた。しかし、「人の為にならない仕事なんてあるの?」という先輩からの問い掛けに、何も答えることができなかった。 なぜ答えられなかったのか。それはただ、ただ、自分の中にある「どのように生きていきたいか、という核心」を掴んでいなかったからだ。核心は確かにあるのに、それを覆っている皮を剥こうとしなかったのだ。面倒だからだ。そんな事をしなくても、生きていけるのだから。 そしてそれを放置したまま、就職活動の時期になった。感覚的にヤバイと気付きだしたのは、既にさまざまな会社のプレエントリーを済ましていた時期である。つまり言語化をせずに、「直感」と「何となく公」という体裁で、受ける会社を絞った。
その時点で直感に従って、一番興味があったのが、自分が来年の春から入行することになっている、この銀行だった。OB訪問をしたら、危機感という怩ィ土産揩頂いた。 「必要は発明の母」と言うが、面倒くさい、という気持ちをかなぐり捨て、ノートに向かってみた。自分の本質を掴もうと、自分の生い立ちから、自分に影響を与えた人のことから、ありとあらゆることすべてをノートに書き起こした。分かったのは、「面と向かって感謝されなくていい。人の為に働いているという意識を持って働ければそれでいい」だった。 思い起こしてみれば私の母親が一人で子育てをしながら、公務員の仕事と、パラリンピックの監督、障害者協会の仕事をしてきた姿と言葉が、私の原体験となっていたんだ。やっと気がついた! 金融は、メインプレーヤーになれないと言われている。しかし同時に、お金は社会の血液であるとも言われる。 この銀行なら、金融と言うツールを用いて本当に多くの人の為にという意識を持って働けるかもしれないと思った。 自分探しの旅みたいに、さまざまな経験をしてみる事も大切だと思う。ただ同時に、面倒くさがらず、自分の中にある核心を見つめてみるのもいかがだろうか。 (2007年12月6日掲載) Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.First drafted 2007 December 6. |