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校歌の謎


 10月20日(土)〜11月17日(土)まで、會津八一記念博物館で早稲田大学校歌制定100周年記念の『校歌誕生』展示会が開催された。会場展示およびDVDによる研究成果公表などで大変興味深い結論となった「校歌の謎」の一部を紹介しよう。

プロローグ

 1960年代ごろから、早稲田大学校歌に似た「Old Yale」という曲があると、音楽関係者らの指摘があった。しかし、Yale大学でも久しく歌われなくなっており、その存在さえも忘れ去られた曲で、楽譜の存在も不明なままであった。

 その謎を解いたのが、本学における7つの主な音楽団体の校友および大学関係者によって結成された「早稲田大学校歌研究会」(以下、校歌研究会)だ。積極的な資料収集や楽譜探しが行われ、日本語への翻訳、曲の再現も同時にすすめられ、次々に事実関係を明らかしていったのである。

「Old Yale」よりさらに古い曲の存在が明らかに

 「Old Yale」の楽譜が「Carmina Collegensia」という古い大学歌集の中から発見された。会場では、再現楽譜が色分けされており、冒頭とラストの類似部分とその他、大部分の東儀鉄笛の創作部分が一目瞭然となっていた。早稲田大学混声合唱団によるこの「Old Yale」再現合唱の録音も流れており、誰の目にも耳にも、東儀鉄笛がこの曲を参考にして作曲したことが分かる。

 しかし、今回の研究会による調査でさらに意外な事実が発見された。この「Old Yale」の曲自体が、「The Brave Old Oak」という1837年にイギリスで流行していた曲からの借用であることが分かった。さらに驚いたことに、そこから70年前、曲想の似ている「Hearts of Oak」という曲もあることが判明した。結局、校歌の源流は、はるかバッハやヘンデルの時代の曲にまでにさかのぼることになった。

当時の時代背景

 坪内逍遙発案による校歌制定にあたり、当初、作詞は学生への公募を試みた。しかし、何をどのように歌うのかという校歌の概念そのものが全くなかった当時は、良い作品が集まらず、結局、早稲田を卒業したばかりの新進気鋭の詩人相馬御風に白羽の矢がたった。作曲は当時、早稲田の清国留学生部で講義していた東儀鉄笛と決まった。相馬御風自身が、後に校歌について明記しているように「むろん英米諸国の大学の校歌の曲を参考に」しながらの共同作業となった。

 当時の日本の音楽教育は、伊澤修二*著『音楽取調成績申報書』(後の東京音楽学校設立を提言したもの)にもあるように「東西二洋の音楽を折衷して新曲を作ること」を旨としていた。七音階の新しい旋律など一般人には考えることもできなかった時代に、東儀鉄笛は日本古来の雅楽の家系に生まれながら洋楽の唱歌や歌劇の作曲にも力を注ぎ、その音楽的才能を発揮していた。こうして鉄笛は、「Old Yale」を下敷きにしながらも日本語の歌詞がうまくのるように独自のメロディーを作曲し、曲と歌詞が見事に一体となって心に響く名曲を作り上げたのである。

「東西文明の調和」という建学の精神

 創設者大隈重信の唯一残されている書籍が『東西文明の調和』で、「東西文明を対立させるのではなく調和を求め、真の世界平和を構築できるのは東西文化をみごとに融合させている日本をおいて他にない」と信じ、講演や研究を続けてきた。その建学の精神は校歌2番の歌詞にも顕著に示されている。

 「Old Yale」の精神も、さらなる元歌の「The Brave Old Oak」の魂も、その一部を引き継いで、100年歌い継がれてきた早稲田大学校歌である。まさに「東西文明の調和」という建学の精神の成果として、早稲田大学校歌の価値は変わることなく、更なる新世紀にも誇りを持って引き継がれていくに違いない。

*初代の東京音楽学校校長で、わが国音楽教育の始祖といえる。


東儀鉄笛 直筆  早稲田大学校歌

おススメのDVD

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(株)The ZABIC気付 早稲田大学校歌研究会 定価:2,615円
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(2007年11月22日掲載)

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First drafted 2007 November 22.