OB・OGインタビュー

漫画家 水沢めぐみさん



水沢めぐみ(みずさわ・めぐみ)
7月3日生まれ。早稲田大学教育学部卒。漫画家。趣味はクラシックバレエ。代表作に『ポニーテール白書』、『空色のメロディ』、『チャイム』、『姫ちゃんのリボン』(以上、コミック文庫で発売中)。現在、最新刊『キラキラ100%』が、りぼんマスコットコミックスより発売中(共に集英社)

 少女漫画家として長らくご活躍中の水沢めぐみさんは、高校1年生で漫画家としてデビューして以来、本学在学中も、結婚・出産・育児の真っただ中でも作品を発表し続け、変わらぬ作風で根強い人気を保っている。その秘訣、そしてこれからについて、お話を伺った。

普遍的少女漫画を描き続ける

 ずっと中学生や高校生を主役にした漫画を描き続けられるのは、私自身がとても学校が好きだったからだと思います。だからそのころの気持ちを忘れないのでしょうね。

 すぐ「今の若い子は…」って言われますけど、でもその世代が悩むことや、人を想う気持ち、好きになる気持ちは、ずっと変わらなくあるものだと思います。きっと根本は変わらないだろうと。

 「愛しい」、「気持ちいい」という気持ちってめったに変わらないし、そういう気持ちを描いていけば、そう変わらない、普遍的な作品ができるのかなぁと思います。読んで良かったなという気持ちになる作品作りをしたいと思うと、そういうふうになってしまうのかな。

 それでも、キャラクターの髪型や服装を、今のはやりのものに合わせたりはしています。掲載誌が漫画『りぼん』だったらファッション誌は『nicola』、『Cookie』だったら『セブンティーン』などを参考にしたり。その方が、読んでいる人も楽しいですよね。台詞や言葉使いは、何十年たっても違和感を感じさせないように、普通に読めるようにと意識しています。

二足のわらじを履き続ける

 母が言うには、2歳からずっと絵を描いていたようです。もう小学校5年生の時には、「私は漫画家になるんだ」って思い込んでいましたね(笑)。中学生の時は勉強も大好きだったから、夜12時まで勉強して、それから夜中の1、2時まで漫画を描いて、という生活。でも両方好きだったから全然苦じゃなくて、楽しんでいました。でも高校に入ったら、優秀な子ばかり集まっていたから勉強への興味は薄れてしまい、その分漫画の方に(笑)。そして入学後すぐに『りぼん』で賞を取り、漫画家デビューしました。

 ですから、もうそこから二足のわらじ生活だったんですよね。原稿がどうしても間に合わなくて、授業中にペン入れしていてたら、墨汁をどばっと床に落としてしまったこともあるし(笑)。高校は放任主義だったので、先生もおおらかに許してくださっていた気がします。「大学生活」を経験したくて大学を目指しましたが、その前に「浪人生活」を経験したかったので、とりあえず浪人生に。浪人時代も一本漫画を描いたのですが、担当さんに「2浪はやめてほしい。お願いだから勉強してください」と泣きつかれました(笑)。

ワセダのイメージ そのものの大学生活

 大学では「なべの会」というサークルに入っていました。野草摘みとかをする、かわいらしいサークルかと思って入ったら、当時「三大酒飲みサークル」と呼ばれているサークルで(笑)。でもとても楽しかったですね。本当に山に入って野草摘んで、班ごとに調理して食べるんです。夏合宿はなぜか廃校になった校舎でやったり。大学時代は、すごく馬鹿なことばかりやっていたなぁと思います。「大学」のイメージそのものが早稲田のイメージですね。とても大学生らしい大学生活を送っていました。

 漫画の方も、3年生の時から『ポニーテール白書』の連載のお仕事をいただき、漫画家としてやっていけそうだと思うようになりました。でももし漫画家をやっていくのが無理なら先生になろうと思っていましたから、教職課程も取っていました。ところがちょうど連載が忙しい時期に教育実習の期間が重なってしまって、教員は断念。もし教育実習に行っていたら、今とは違う人生だったのかもしれませんね。けれどそのころは、自分じゃない何か大きなものが自分の運命を導いているって感じがしていました。大学を卒業するのは寂しかったけれど、当時とても忙しかったからこれで少し楽になれるかな、とも思えました。でも就職活動も経験してみたかったかな。

忙しさも苦しさも 面白がって乗り越える

 『空色のメロディ』連載時の25歳の時に子どもが生まれまして。子どもを育てながら漫画を描くのは大変ですが、つらくはなかったです。子どもといる時間は子どものことしか考えずに、子どもが寝た瞬間、頭の中を漫画に切り替えて。その少しの時間で漫画をガーッと描いて、子どもが目を覚ましたら頭を子どもに切り替える生活でした。そうしていると、もし子育てで煮詰まっても漫画を描くことで発散できるし、漫画描きがうまくいかなくても、子育てで心が癒されていく。ですから、周りから見ていると大変だったのかもしれませんが、私にとってはとてもバランスが取れていて、充実していました。やっぱり両方大好きなことだから、両方頑張れましたね。保育園も考えましたが、こんなにかわいい時期の子をよそに預けるなんてもったいなくって。2人目が生まれた時は『姫ちゃんのリボン』の連載時。さすがに厳しいかなと思いましたが、保育園の空きを待ってるうちに成長してきたので結局入れませんでした。

 忙しさに限らず、今までつらいかなと思うときもありましたが、もし何かイヤなことがあっても、それも経験だと思って乗り切ります。私の場合はその経験も漫画を描くのに役立つから本当に無駄にはならないのですが、嫌な思いをしても「こんな気持ちを知れてラッキーだな」って思えれば楽ですよね。だから何があったって、それを面白がることができれば、乗り切れちゃう、かもね? と。

「かわいいもの」を 描き続ける漫画家に 

10月26日発売『Cookie』12月特大号(集英社)『キラキラ100%』の原稿
▲10月26日発売『Cookie』12月特大号(集英社)『キラキラ100%』の原稿

 卒業して1年も経たないうちに結婚して、それから出産して…という生活に入ったので、結局落ち着いた生活はほとんどできなかったし、そういう運命だったのかもしれません。でも子どもが生まれてからの方が、漫画に対する集中力が増しましたね。

 あと「子どもが読んでも大丈夫な、安心できる漫画を描きたい」と思ってすごく真剣に作品に取り組むようになりました。

 読者からの手紙を読んでも、「親から漫画は禁止されていますが、水沢先生のものは許可されています」っていう手紙を読むと、「あ、この子の親を裏切っちゃいけない」と思いますね。  自分が小さいころ、とてもかわいいもの、きれいなものがあふれている漫画が主流だったんです。そういう美しいものはなんていいんだろうって思いながら過ごしていました。一時は幅広いものを描ける漫画家がいいんじゃないかとも思っていましたが、でも私は、「かわいいもの」を書き続ける漫画家でいいんじゃないかと。それは子どもがいる影響が大きいのかもしれないですね。また変わる可能性もあるけれど、今はそう思います。最近は親子二代で読んでくださる方もいて、「昔と変わらない世界が広がっていてうれしかった」という手紙をいただいたりもして、そういうのはとてもうれしいですね。

 一度大人向けを描いてしまうと、なかなか戻ってこられないし、だから描ける限りは少女向けの漫画を描かせてもらいたいですね。

描いていることが自分でいること

 描いたものに満足ができたことなんて全然なくて、何でこんなにうまくいかないんだろうって思いながら描いています。数年経ってから見ると、こういうのも味があっていいなって思えたりはするけれど、描いている当時はなかなかそうは思えないですね。周りの漫画家さんもそうみたいです。

 もし仕事が来なくなっても、何かしら描き続けていると思います。描くことは自分の一部で、描いていないと自分じゃないというか、描くのは当たり前のことで、描いていないと生活のリズムがつかめないかもしれません。気分が落ち込んだり、疲れていたりしても、描けば気持ちも安定してきます。

夢は小さい子を わくわくさせるモノ作り

 今の夢は絵本を作ることです。自分も絵本がすごく好きだったし、子どもも大好きだったし…。子どもって好きな絵本を何十回も読んだりしますよね。そういうモノを作ってみたい。うれしい気持ちになったり、わくわく楽しい気持ちになったりを、自分や誰かが経験することがすごくうれしいんです。絵本用のネタももういくつかあるんですよ。今描いている漫画の読者層より、もっと小さい子たちをわくわくさせるモノを作りたいですね。

早稲田の学生のみなさんへ

 早稲田の学生さんには、いろいろなことを楽しんでほしいですし、授業もちゃんと聴いておいたほうがいいですよ、と伝えたいです。早稲田はとても自由な大学で、自分の好きに過ごせる場所なので、それを無駄にしないでうまく活用してほしい。会社に入るとそうはできなくなるし、学生時代が一番自由にできる時期だから、本当にいろいろと楽しんで過ごしてほしいと思います。

(2007年10月18日掲載)

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First drafted 2007 October 18.