よく分かる! |
研究最前線
|
![]()
理工学術院城口克之客員講師
Profile 理工学術院物理学科客員講師(専任) 専門:生物物理学 一分子生理学 モータータンパク質 ひとこと:生命を顕微鏡で見ることが好きです |
![]()
▲城口先生らの研究成果が掲載された「Science」誌
|
細胞の中で活動しているタンパク質に、人間が歩くような動作をして移動するものがあるという。その歩くメカニズムが解明され、この成果は今年5月25日発行の米国の科学雑誌「Science」に掲載された。そもそも、なぜタンパク質は歩く必要があるのか? また、どんなメカニズムで歩くのだろうか?
この「歩くタンパク質」のメカニズムを解明した理工学術院木下一彦研究室の城口克之客員講師に研究をご紹介いただいた。
そもそも私たちの生命活動はどのようにして成立しているのであろうか。生命活動にはタンパク質の動きが密接に関連している。例えば、筋肉はミオシンIIというタンパク質とアクチン線維というタンパク質で構成されている。ミオシンIIとアクチン線維が幾重にも重なり筋線維をつくり上げ、互いにスライドすることで筋肉の収縮が起こる。
筋肉に限らず脳の中で常に血液や酸素が循環することや、見たり、聞いたりする際の情報伝達なども多くはタンパク質の活動によって支えられているのである。
タンパク質はもとをただせば小さな分子に過ぎない。その分子は、たった一つだけであたかも機械のように見事な機能を発揮するので「分子機械」とも呼ばれる。「ミオシン」は「モータータンパク質」の一つで、20種類程度からなるモーター機能を持つタンパク質グループの総称である。その中でミオシンVは細胞内で膜や小胞、伝令リボ核酸(mRNA)などを載せ、貨物列車のようにそれらを運ぶ役割を担っている。列車にレールが必要なようにミオシンVも、アクチン線維と呼ばれるレールの上を一方向に移動する。2本の「足」のような構造を持つミオシンVがアクチン線維の上を移動するということは過去の研究で発見されていたものの、どのようなメカニズムで移動するのかは解明されていなかったのだ。
![]()
▲図(1)蛍光顕微鏡で観察した、ミオシンVの「足」に結合した棒状の目印。長さは約2ミクロン。
|
![]()
▲図(2)目印の連続観察から明らかになったミオシンVの「歩く」仕組み。(1)後足がアクチン線維から離れると、前足の足首の角度が変わり、股関節が前方に動く(実線矢印)。(2)一方、線維から離れている足は柔らかい股関節を支点に回転ブラウン運動(点線矢印)をする。(3)最終的に元の後足が前方に着地して新たな前足となり、この動作を繰り返して歩く。
|
ミオシンVがアクチン線維上を移動するメカニズムには二つの仮説があった。
一つ目は一見人間のように2本の足を交互に前方に振り出して歩行するという仮説。
二つ目はスケートのようにアクチン線維上を滑るという仮説である。
城口先生はこれらの仮説、または新たな説を立証するために実験を重ねていた。ミオシンV自体の大きさは数十ナノメートル(ナノは10億分の1)と小さく、顕微鏡を使用してもミオシンV自体の細かい動きを確認することはできないため、移動するメカニズムを確認するには工夫が必要であった。そこで城口先生は知恵を絞り、動物の脳細胞から取り出したミオシンVの片足に、目印として約100倍の長さのタンパク質の棒を結合させることにした〔図(1)〕。
棒状のタンパク質をつけることで足の動きを確認することに成功した。そのメカニズムは〔図(2)〕、
狙いが決まっている場合でも、アプローチの仕方により得られる実験結果は異なってくる。ここでは、足に大きな目印をつけたため、基本的には顕微鏡をのぞくだけで足の動きが理解できた。ビデオ撮影された棒の動きを見ていると、専門家ではなくても、まさに歩いているミオシンVの姿が見えてきそうである。木下研究室では他にも、「映像を見ただけでわかる! 専門家、科学者でなくてもわかる!」というタイプの実験を行っている〔図(3)のエフワンなど〕。
![]()
●回転モーターの研究
木下研究室では今回紹介した2本足で歩くタンパク質の研究の他に、「回転モーター」と呼ばれるモータータンパク質などの研究も行われている。
体の中で回転する分子モーターF1(エフワン)。α3つ、β3つで出来た筒の中でγが回る。光学顕微鏡で見るために筒をガラス面に固定し、糊を使ってγに棒状のタンパク質を付けたら、クルクルと左回りするのが見えた。 |
![]()
▲木下研究室では実験の合間でも活発な議論が展開される。
|
ミオシンVの足に棒をつける実験はデリケートで難しく、先生は幾多の試行錯誤を繰り返しながら1年以上かけて成功した。「難しい実験はうまくいくと信じないとよい結果がでない。しかし、うまくいくと信じてもほとんどうまくいかないのがこの世界の現実です。実験には毎回全身全霊を傾けながら、期待した結果が得られなかったときでも、失敗は成功のもととしてうまく気持ちを切り替えてその結果を受け入れ、さらなる実験に臨むことが大切」という。また、棒をタンパク質に接着させる実験では「この場所にくっつけてあげれば負担にならないで生き生きと動けるかな?」とか「タンパク質が苦しがっていないかな?」などと考えながら実験を繰り返すことで、タンパク質の気持ちが理解できるようになるという。「実験を重ねてタンパク質が振り向いてくれるようになったら一人前というところでしょうか。タンパク質と会話をしながら自分が成長していくところもまた、研究の楽しみでもあります」と城口先生は語る。
城口先生の今回の研究は「自然の素晴らしさを知りたい!」という先生自身の好奇心から端を発して進められた研究で、一般的には基礎研究と呼ばれる分野である。今回の成果は、例えばキネシンやダイニンなど、移動をする他のタンパク質の動作解明などに寄与すると考えられている。また、人工輸送ナノマシンなど応用研究の分野での活用も期待されている。
※1 ATP
生体内でエネルギーを一時的に貯蔵する物質で、エネルギーの出し入れを利用して生命現象を支える。
※2 ブラウン運動
溶媒中におかれた微小粒子の熱運動。粒子が次の瞬間に動く方向や距離は確率的に決まる。
(2007年9月27日掲載)
Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.