えび茶ゾーン
 第1119号〜第1132号(2007年4月12日号〜2007年7月19日号)


2007年4月12日


 高校時代の英語の先生は忘れられない。アインシュタイン似、小柄で内気な先生だった。低学年の生徒にはからかわれたが、生徒が進級すればするほどその冷笑の目が尊敬の眼差しに変わっていった。高校の英語の先生に珍しく、博士号を持っていたし、それまでの学歴も普通ではなかった。中学校を出てから工場で働いた。二十歳を過ぎてから初めて進学を覚悟して夜間学校に通った。そして、名門オックスフォード大学に入った。三年後、最優秀成績で卒業した▼その先生の限りない知恵と知識に圧倒されて、生徒たちは個人的な質問を遠慮した。しかし、先生の穏やかな人柄に魅了され、ついに授業とあまり関係のない質問をし始めた。ある日、「先生が今まで読んだ、もっとも深遠な言葉をぜひ紹介してください」と聞かれた。先生はうつむいて、口を尖らして、じっくり考えた。ようやく、「Folks is queer」と答えた。格調高い文学作品とかけ離れた口語的な言葉だった。「人間って変だ」▼今、当時の先生と同じ年齢になった。シャレに聞こえた先生の言葉をほとんど毎日思い出す。娘が研究している認知心理学に刺激されて、電車でよくその分野の本を読む。人間は確かに変だ。現実世界で正直に生きている者に見えるが、アメリカの哲学者サンタヤーナの言葉を借りると、「正気は役に立つ狂気である、目覚めている状態は制御された夢である」▼どんな変な学生や教員に会っても、もうびっくりしない。逆に、変ではない人を不思議に思う。

(JB)

(2007年4月12日掲載)

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First drafted 2007 April 12.


2007年4月19日


 今年は暖冬だった。故郷の新潟県長岡では、例年1m以上の積雪があるが、今年は平野部では雪がほとんど積もらなかった。子どものころ、昭和38年の豪雪では、家の2階から出入りした。温暖化を実感する。温暖化の原因が二酸化炭素なのかどうかは難しい問題であるけれども、温暖化していることは間違いない。冬に積雪が少ないと、夏の水不足が心配だ▼雪国では、除雪など雪のために多くの無駄な労力を使う。雪がなければ、そのエネルギーを有効に使うことができ、より良い人生を送ることができるだろう。昔、ある政治家が日本海側の雪を太平洋側にもってきて水資源として使用するというアイディアを出したが、雪を有効に使う方策はないものか▼とはいえ、雪は悪いことばかりではない。冬にはスキーやスノーボードができる。スキー歴は約40年。歳をとると新しいことを始めることが億劫になるけれども、今年は生まれて初めてスノボーをやってみた。斜面に立っただけで体が硬くなる。子どもの時に初めてスキーに乗った感覚を思い出した。スノボーの若者が雪の上に座り込んでいるのを見るたびに、寒いのになぜ? と思っていたが、理由が分かった▼話は変わるが、現代は社会が一変する程の革命はないが、慣習、考え方などが急速に変化している気がする。歳をとると、変化についていくことが難しくなる。不変であることは重要かもしれない。しかし、万物は流転する。新しいことに対して、まず一歩を踏み出そうと意識しているこのごろである 。

(ゆ)

(2007年4月19日掲載)

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First drafted 2007 April 19.


2007年4月26日


 学期末には混雑していた大学の図書館は、この新歓期、また人影がまばらになっている。大学では、教員や職員、友人、先輩・後輩との交流が大切なことは言うまでもない。そうした周りの人たちから得たことは、自己を確立する上で大きな意味を持つ▼しかし、それだけで十分であろうか。私たちが生きてきた時間はまだそう永いものではない。自分で経験できることにも限りがある。現世で会うことのできない先人たちの知に触れるためには、自分で開拓をしなければならない▼最近は、レポートを書く必要に迫られて、インターネットでキーワードを打ち込み、出てきたホームページから情報をコピー&ペーストして、「私が調べたレポートです」と言って提出してくる学生もいる。そうした情報に信頼を措く自信があるのか。またそこに、自分の頭で試行錯誤した結果があるといえるのか。自分でなければ到達できなかった成果とは決して言えまい▼図書館には、先人の残した情報が蓄積されている。むろん古色蒼然たる旧説も残り、諸説紛々たる分野も少なくない。しかし、そこには著者や出版社が責任を明示して世に問うた跡が確かに存在する▼学生は、それを学費によって閲覧することができる。なかなか目的まで到達しない歯がゆさもあろうが、そのおかげで思わぬ収穫に逢着することさえもある。図書館は、世界の大きさ・歴史の深さ、そして自己の小ささを知ることができる場だ。もう一つの教室と思って、日頃から利用することをお勧めする。

(さ)

(2007年4月26日掲載)

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First drafted 2007 April 26.


2007年5月10日


 初々しい新入生を見ていると、「なぜ初々しさの中にあるパッションが消えていくのだろう」と思う。「何かを学びたい」、「何が学べるか」と真剣なまなざしと教員の一言一句を聞き漏らさないとする態度、それがいつしか消えていく▼それは、一つには学生は講義を聞いて「あたりまえ」という教員の態度と講義に原因があるだろう、自戒の念も込めて。もう一つは、学生自身に「教えていただく」という気持ちが欠如しているということではないかと思う。「教えていただく」とは、一人ひとりの学生が何らかの目的意識をもって、たとえはっきりしていなくても、主体的に能動的に講義を聴くことである。そこでは、教員も学生から学ばせていただくということも同時に存在する。お互いが学ぶ場、それが講義なのであるが、その場をともに創り出すことが求められる▼しかし、教員にも学生にも講義を創り出すという「あたりまえ」のことがあたりまえでなくなっているのである。新入生の態度が訴えていることに早稲田の人間が気付かなくなってしまっている。さらに、早稲田でしか通用しないあたりまえに疑問を抱かない学生、それが世の中でどのように思われているかさえ考えない学生も少なからず見受けられる。▼新入生を迎え、早稲田生である前に、多くの人の助けがあって今の自分があるという「私は生かされている」という感覚を失わない早稲田生、早稲田人でありたいとあらためて思う。次の新たな早稲田を創り出すことを新入生の初々しさに期待したい。

(た)

(2007年5月10日掲載)

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First drafted 2007 May 10.


2007年5月17日


  125年というと、5・6世代といったところか。私の母の実家は、かつて紙屋だった。日本海に浮かぶ島でちいさな工房を営み、障子や襖の紙を作っていた。紙屋を始めたのは二人の姉妹で、ちょうどそこから五代目が私になる▼高祖母たちはもともと広島県のとある小村に住んでいた。ある時、何かの仕事でその村にやってきた島の役人が、島には紙の原料になる楮(こうぞ)や三椏(みつまた)がたくさんあるが、紙をすく者がいない、誰かいないかと尋ねたところ、名乗りをあげたのが若い姉妹だった。農業の副業として紙すきの技術を身に付けたらしい二人は、中国山地を越え、日本海を渡って島に入り、そこで結婚してそれぞれが紙屋を開いた。と、これは子どもの頃に母や祖母から聞かされたわが家の「口承史」である▼東大赤門前の文具店が日本で初めて「大学ノート」を発売したのは1884年、今から123年前のこと。首都と離島との時差は、今では想像もできないものだったに違いない。とはいえ、洋紙は都会でもまだまだ高級品で、当時小学生の筆記具は石盤と石筆だった。ノートが彼らの手にも届くようになった20世紀初頭も、それは和紙で作られていた▼やがて島にも洋紙が普及し、叔父は、曾祖母の頃には大勢の人を雇っていたという工房をたたみ、役場勤めを始めた。甥の私は40を過ぎ、葉書よりも長い文章をもはやパソコンなしでは書けなくなって、こうしてキーを叩いている。125年という時の距離感は、私にとってはだいたいそんなところである。

(昌)

(2007年5月17日掲載)

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First drafted 2007 May 17.


2007年5月24日


  大学を卒業してから早四半世紀以上の月日が流れてしまった。学生時代の日々を思い出すと、こうして母校で教鞭をとっていることなど逆立ちしても想像できない▼早稲田へ入った頃は、自分の居場所を見つけることができず、落ち着かない時を過ごしていた。サークルに入りそこね、新しい友達を作ることもできず、さりとて一生懸命勉強するでもなく、何をしたらよいのか分からなかった。きっとこの大学は自分に合わないのだと、本気で他大学へ行こうかと考えたこともあった。サークル活動に熱中したり早慶戦に応援に行く友を、横目で半ば羨望しつつ眺めていた。あの頃流行っていた小説のように、それこそ「なんとなく」ただよう自分がいた▼大学を卒業する時も、いったい自分が何をやりたいのか、見当はつかなかった。しかし、一旦社会へ出て働き始めると、学問や研究が好きな自分を自覚し、大学院へ戻ることを決めた。それから後は、失われた4年間を取り戻そうとするかのように、ひたすら勉強に励んだ▼今思うと、あのただよう日々は、かけがえのない贅沢な彷徨の時であり、また、その後の人生に必要な時間であった。ワインを樽に詰めて熟成させるように、あるいはパン種を寝かせて発酵の準備をするように▼学生諸君の中には、私がそうであったように、今の大学生活になじめず満足できない人もいるかもしれない。だからといって悲観しすぎることはない。私のような例もあるのだから。

(H)

(2007年5月24日掲載)

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First drafted 2007 May 24.


2007年5月31日


 最近なんだか世の中がおかしい。身近のいろいろな局面で人々の責任感や倫理感の欠如を感じるのだ。例えば、自分が前に発言した内容をすっかり忘れ、全く異なる主張をして平然としている人。常識的に考えて不当なことをしておきながら、法律に定めがないからといって開きなおる人。明らかに嘘をついていると分かるのに、平然と嘘を述べ立てる人。本筋には全く関係のない屁理屈で強引に論破したり、議論の核心をうやむやにしてしまう人。あなたの周りにもいないだろうか▼連日のニュースでも社会と倫理について考えさせられるものが多く報じられている。図書館の本に落書きをしたり、ページを破り取る人。公共の建物の壁に落書きをする人。迷惑になっていることを注意したら「逆ギレ」されて被害を受ける人。そして全く心が痛むのは、何も悪いことをしていないのに被害を受け、加害者や社会から謝罪や補償など一切受けることなく、被害を受けた苦しみを一生背負う人がいることだ。あなたはこれらの事実をどう受け取っているのだろうか▼なぜ、悪いことは悪い、良いことは良いという単純な話が通用しないのか。もちろん、物事がそんなに単純に割り切れるものでないことは分かっているつもりだ。しかし、悪いことをする人が得をして、正直者が馬鹿を見るような世の中になってきているような気がしてならない。それとも単に私の誤解か杞憂なのだろうか▼衣食住満ち足りた日本の社会を、私たちはこれからどうしていくべきなのか。あなたにもぜひ考えてもらいたい。

(W.K.)

(2007年5月31日掲載)

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First drafted 2007 May 31.


2007年6月7日


 政府の教育再生会議の分科会で、2025年をめどに、留学生を百万人にする計画を策定しているようだ。この実現可能性については、やや荒唐無稽な感もするが、留学生受け入れの「老舗」である早稲田も含め、大学の構造が大きく変わる前兆と捉えられる。個人的には、早稲田は、日本人学生数を抑え気味にしてでも、質の高い留学生を、多く受け入れた方が、他の学生の意識化も図れるので、相乗効果をもたらすと考える▼しかし、現時点でも、マクロ的な視点だけではなく、ミクロ的な変革によって、「教育の早稲田」を向上させられる方途がある。例えば、教員が設定しているオフィスアワー(OH)は、学生による権利であり、遵守する義務があると意識している方は、どの程度いるだろうか▼OHは、講義や演習場面以外での、学生と教員による貴重な接触の機会である。海外から赴任してきた私にとって、当初、早稲田の教員は、かなりの自由度が与えられていると感じた。これはリベラルだという意味ではなく、学生の権利を、自らの義務と受け止める意識が希薄だという意味である。OHが厳格に守られていないことに驚く留学生は少なくないが、これも、一種のコンプライアンス(法令遵守)ではないだろうか▼教育の向上を図り、教員を育てるために、学生諸君には、「改革する主役の一人は学生だ」という意識を醸成してもらいたい。ひいては、それが教員の意識変革や早稲田の教育改革にもつながる。

(みや)

(2007年6月7日掲載)

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First drafted 2007 June 7.


2007年6月14日


 北九州に住んで4年が過ぎた。東京育ち、東京勤めだったので地方の生活を初めて味わったことになる。それまで見えなかった日本が少し見えてきた気がする。今までの自分が東京からしか日本を見ていなかったことに気が付き始めた、と言った方が正しい▼しばしば自宅のある東京まで車で往復する。日本海側や四国などの各地域に寄りながら旅を楽しんでいる。暇を見ては九州各地へドライブしている。旅先でいろいろな人と語るのが好きである。日本の高速道路はどこまでも伸びていて私のようなドライブ好きには便利である。東京に住んでいる時、税金を無駄に使われていると思っていたが、今はその恩恵を授かっている身になっている。九州だけでも7県もある、と聞くと如何にも広い感じがするが、北九州市から鹿児島市まで高速道路で3時間もあれば着いてしまう。そのためか、休日には熊本や鹿児島からの買い物客で博多が賑わう。つまり、博多が九州唯一の華やかなショッピング街になっている▼こんな話が四国でも見られる。明石海峡大橋を渡って神戸にショッピングに行く人が多く、地元のショッピング街が寂れている。移動時間を考えると100年前に比べると実に日本は狭くなったものである。一方、今の地方の体制は江戸幕藩体制の地理的な形をそのまま引き継いでいるように思えてならない。経済などの実態に合っていないのではないか。勿論、効率だけが優先されるべき課題ではないが、それにしても今の県の大きさだけを見ても不都合が多過ぎるのではないか。

(K.K.)

(2007年6月14日掲載)

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First drafted 2007 June 14.


2007年6月21日


  「はしか」で早稲田大学も全学休講・出席停止措置が執られた。40年近く早稲田に通っているが、私の記憶では、流行病で全学休講の措置が執られたことはなかった。連休明けから「はしか」で休校する大学があり、早稲田は大丈夫かと心配していたら、案の定、休講となった。連休が終わると、キャンパスが少しだけ広く感じられるようになるが、今年もその例かと思っていたら、「はしか」の流行もあったようだ▼「恋の病」は「はしか」のようなものとの喩えがあるように、昔は誰でも一度は罹る病であった。また「はしかは命定め」ともいわれ、「はしか」の軽重でその人の生命の長短が決まるということが信じられていた。そのため、軽く済む幼児期に「はしか」に罹ることを良しとした。しかし、今は幼い頃に「はしか」に罹らない人が多くなり、予防注射も三種混合ワクチンの副作用から、強制でなくなったために、接種する人が減り、今回の流行となったようだ▼若い人たちは、そもそも「はしか」がどのような病であるのか正確に理解をしていない人もいるようだ。39度近い熱が出ても「はしか」を疑う学生は少なかった。発疹が出ても毛虫に刺されたのかと皮膚科に行って、はじめて「はしか」だと知らされたという学生もいる。正門の近くの道を二人の女子学生が歩きながら話していた、「昨日、38度5分も熱があったの。でも薬を飲んだら今日は37度に下がったから、学校に来たわ」。最近の若い人たちはひ弱なくせに無謀なので、いつも驚かされる。

(あ)

(2007年6月21日掲載)

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First drafted 2007 June 21.


2007年6月28日


 集団的自衛権をめぐる議論が再燃している。安倍総理が集団的自衛権研究の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を発足させたばかりでなく、自民党内にも特命委員会が設置されたからである▼集団的自衛権がかくも大議論になるのは我が国だけである。そもそも集団的自衛権とは何か?▼集団的自衛権とは、国連憲章51条に認められた主権国家に内在する基本権であり、あらゆる主権国家が有するものである。モナコなどの「小国」、スイス等の中立国及びアフリカ諸国なども有しており、法的には何時でも使うことができる▼実態としてベナンがバヌアツの防衛の為に使うわけではなく、国連憲章51条に則り「自国と関係の深い国」と相互の防衛協定等を結んで行使する条件を整えるのである▼行使には慎重であるべきで、憲章51条は二つの制約を設けている▼しかし、冷戦時代にソ連がチェコ事件やアフガン侵攻の際に、集団的自衛権を援用した為に、日本では、「集団的自衛権の行使=軍事行動の正当化」という否定的なイメージが植えつけられてしまった▼我が国は1972年以来、集団的自衛権に関して「国際法上保有するが、憲法上は行使できない」という矛盾した解釈を30年以上に亙り踏襲し、集団的自衛権を憲法上有するか否かを曖昧にしてきた。安倍政権がこの特殊日本的な解釈の変更可否の議論に踏み切ったことは極めて画期的である▼行使しないことと行使出来ないこととは本質的に異なる。憲法上行使できないのなら、固より「憲法上持っていない」と言うべきであった。「懇談会」により如何なる結論が導き出されるか極めて注目されるところである。

(S)

(2007年6月28日掲載)

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First drafted 2007 June 28.


2007年7月5日


 東京六大学野球春のリーグ戦は本学の2シーズン連続優勝で幕を閉じた。学生が神宮での応援とともに夜に繰り出すことで恒例になっているのが新宿歌舞伎町。ここは日本有数の繁華街であると同時に最近では街頭防犯カメラが多く設置されていることでも有名である。警視庁によるとこのシステムで犯罪が激減したとも言われ、街行く人々は24時間カメラに見つめられている▼首都圏では今春からSuicaやPasmoなどカード一つでJR私鉄各線を自由に乗り換えできるようになった。さらにそのカードで自由に買い物もできるから便利である。いよいよ電子マネー社会の到来である。いつどこで何を買ったかすべて記録されることになった▼「偉大な兄弟があなたを見守っている」。これはG.オーウェルによる小説『1984年』に出てくる有名な一節である。全体主義国家をモデルとしたことでも有名で、未来の監視社会を暗示したこの作品は権力者が人民を常時監視する体制を表現したものである。我々の子どもの頃の「悪いことしたってちゃんとお天道様がみているよ」などは古き良き時代の遺物かもしれない▼9.11以降、国家などによる監視体制も増えつつあるが、民間や地域レベルでもIT技術を利用した「監視装置」の導入がますます増えてきた。「歌舞伎町での飲み会はクレジットカードで支払い」。こんな生活は現在ではごく普通の出来事かもしれないが、我々はこの安全性や便利さとの引き換えに「何か」を失ってはいないだろうか。 

(たけ)

(2007年7月5日掲載)

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First drafted 2007 July 5.


2007年7月12日


 韓国の焼物産地で有名なのはソウルの南にある利川であろう。白磁青磁など高級感漂う焼物を焼き、人間国宝となった柳海剛、池順澤を輩出した陶芸郷で、国際的にもその名が知られている▼ところが、ここ10年、半島南端の金海市進礼が焼物産地として台頭してきた。窯元数約150軒。毎年秋には「金海陶磁器祝祭」が催され、韓国各地から多くの焼物愛好家が押し寄せ、大いに賑わいを見せている▼金海進礼の製品は刷毛目、象嵌などで三島として日本の焼物にも大きな影響を与えた李朝陶磁の「粉青沙器」の系譜を引く。飯碗、煎茶碗、皿など日常生活品が主で、いってみれば韓国の民藝陶器である▼ところで、この金海進礼を繁栄させるきっかけを作ったのは実は一人の日本人である。1974年、濱田庄司で有名になった陶芸郷益子の合田好道なる人物が渡韓し、「金海窯」を立ち上げた。民藝ブームで沸き立つ日本に向け人気のあった「粉青沙器」を生産したのである▼合田が去るなど「金海窯」は僅か10年で閉窯となったが、そこで働いていた韓国人陶工達は進礼各所に移り、国内向けに「粉青沙器」を生産し始めた。その努力が僅か十数年で進礼を韓国でも名の知れる陶芸郷に押し上げたのである▼日韓の焼物交流といえば、まずは韓国→日本という図式が主張される。しかし、金海進礼の焼物はそれとは逆の方向を示す極めて特異な例といえる。日韓の文化交流に接する機会があったら、「韓国には日本人が基礎を作った陶芸郷がある」ということをぜひとも思い出してほしい。

(去牛)

(2007年7月12日掲載)

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First drafted 2007 July 12.


2007年7月19日


 大学や専門学校でコンテンツ制作を学ぶ学生は約2万人。そのうち、年間5千人以上が卒業するが、就職するのは千人未満と、ある新聞は伝えている。今春、運良く念願の大手制作プロダクションに就職した卒業生が早くも悲鳴をあげている。「長時間労働」、「休日返上」、「前近代的な人間関係」等々。本人の甘えもあろうが、テレビ番組の捏造事件でも明らかになったように、制度上の問題も看過できない▼映画、放送、アニメなどの制作プロダクションは概算で3千社を下らない。その大半は小規模の下請け会社である。現在、放送局が単独で制作する番組は極めて少ない。ほとんどの番組に何らかの形で制作プロダクションが関わっている。にもかかわらず、制作費は公平に配分されていない。放送局との間に大きな待遇の差がある。番組の著作権も大抵の場合、放送局が持つ。制作プロダクションが著作権を持つ欧米に比べるとはるかに遅れている。ここでも、格差が見られる。▼国はコンテンツ産業の国際展開を図るために、コンテンツ人材育成に力を入れると言う。ならば、不公正な取引慣行や前時代的な上下関係を改善し、若い人が自由な発想を生かし、持続して制作できる現場へと変革することが急務であろう▼インターネットを通じて、誰もが簡単に映像を発信できる時代、プロダクションに頼らず、コンテンツ会社を起業する若者が今後増えるだろう。現在の状況に不満はあろうが、自ら時代を切り開く気概も必要ではないかと、卒業生には伝えたい。

(K.T)

(2007年7月19日掲載)

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First drafted 2007 July 19.