進路選択物語 |
最高のロマンを
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▲早稲田祭運営スタッフの仲間と息抜き中。一番右が筆者
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高校時代までの私は新聞、テレビ、出版といったマスコミの世界で報道に携わろうと思っていた。テレビ局の報道ディレクターをしていた父の影響が多分に大きかったのだろう。幼いころ、父の職場に何度か遊びに行ったときに感じた喧騒と、家庭では見ることのできない父の生き生きとした姿にぼんやりと「楽しそうだなぁ」とあこがれていた。父の「毎日が学園祭みたいなもんだよ」といった言葉が非常に印象に残っていた。
高校を卒業し、私は父と同じく早稲田大学の第一文学部に入学した。妙な縁を感じつつ大学生活を過ごす中、私は早稲田祭の運営スタッフに所属し、文字通り「毎日が学園祭」の生活を送った。3百人を超える大組織の中で、また多くのサークルと関わる中で、本当にさまざまな人に出会う毎日。そうしていつのまにか、私の将来に対する考えは、高校までとはだんだんと変わっていった。
3年の秋に運営スタッフを引退し、就職活動を始めたときには、それまで「自分が何かを発信する」職業にばかり注目していたのが、「とにかくロマンを求めたい」という、何ともぼんやりとした、感覚的な希望に変わっていた。それは、早稲田祭という15万人を超える来場者と4百の参加団体の中で感じた熱気を、社会に出てからも求めたい、そしてたくさんの人と出会いたいと思うようになったためだ。
それから私はマスコミ、不動産、商社、鉄道、道路、自動車、重工業、エネルギー、物流と多くの業界を受けた。よく聞かれる「あなたの就職活動の軸は何ですか?」という質問に対しては「そこにロマンを感じるかどうかです」と答えた。
そして来春から私の職業として選んだ仕事は、“物流”だった。島国の日本においては何か物を作るにしても、でき上がった物を売るにしても、まず海外に運ばなくてはならない。その輸送を担う仕事だ。物流という分野はどの業界も必要としている分野である。物流業界に身を置くことで、私はこれからさまざまな業種・業界のいろいろな仕事に携わる人々に、国内、そして国外で出会うことができるだろう。それが私の中で「最高のロマン」であると思う。
(2007年7月5日掲載)
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