よく分かる!

あなたは熟睡できていますか?
医学からみた睡眠


 人はなぜ眠くなるのだろう。そんな素朴な疑問を抱いたことから、今回の取材は始まった。眠っている間、人の脳や身体はどうなっているのだろう。夜型人間を朝型人間にするにはどうすればいいのか。時差ぼけを早く治すには何かいい方法があるのだろうか。いろいろな疑問が次々と湧いてくる。スポーツ科学学術院教授の内田直先生に、医師の立場で医学的側面から睡眠について説明していただいた。


内田 直(うちだ・すなお)
スポーツ科学学術院教授。滋賀医科大学卒業。東京医科歯科大学医員、カリフォルニア大学ディビス校客員研究員、東京都精神医学研究所睡眠障害研究部門長などを経て、2003年4月より現職。医学博士。日本睡眠学会睡眠医療認定医師。精神保健指定医。日本体育協会認定スポーツドクター。主な著書に『やさしい生理学』(共著)、『フィメールアスリートバイブル』(共著)、『好きになる睡眠医学』などがある。趣味はジャズサックス演奏。

■人はどれくらい断眠できるか?

 数年前、ネットゲームに熱中した中国の高校生と韓国の男性が、極度の興奮と疲労で急死するという事件が立て続けに起きた。韓国の男性は、何と86時間も眠らずにゲームに没頭していたという。実際に人間はどれくらい眠らずに生きていられるのだろう。

 無理に睡眠を断つことを「断眠」というが、ラットによる断眠実験では、初めは食欲が高まるが体重は減少し、やがて体温が上がり毛が抜けてくる。そして自律神経系の異常が見られ、10日〜20日後には死亡したという。ところが内田先生によると、断眠に果敢に挑戦したアメリカの若者がいた。

 「1964年に、ランディー・ガードナーという高校生が樹立した264時間12分が現在のところ、最長記録になっています」

 実に11日と12分も眠らなかった計算だ。5日目になると神経過敏になり、その後、白日夢や記憶障害も現れ、知覚障害も起こしたらしいが、断眠後はわずか半日眠っただけで回復したという。

■脳の発達と睡眠の関係

 「実は睡眠については、まだよく分かっていないことが多いんです」と内田先生は指摘する。例えばゴキブリ。夜は活動するが、昼は家具の裏でじっと動かない。生体リズムは確かにある。だが動かないからといって眠っているとは限らない。魚類も夜は動きが緩慢になるが、眠っているのかどうかは定かではない。自然界のキリンはほとんど眠らない。イルカは、脳の半分を交互に使って睡眠をとることが知られている。どうやら脳発達具合と睡眠は、深い関係があるらしい。後述するが、脳波がはっきりと睡眠のパターンを示し、ノンレム睡眠とレム睡眠が区別されるのは、鳥類以上の進化した動物であるとのこと。

 人間の場合、睡眠中はもちろん体は動いていないが、脳の中では生きていく上で必要なさまざまな活動が行われているのである。

 「現在分かっているところでは、睡眠は体温のコントロールを含めた体の恒常性(ホメオスタシス)の調節に関わる状態といえます」

 睡眠は恒常性の維持以外にも多くのことをもたらす。人の成長ホルモンは、睡眠中に多く分泌されるので、子どもに十分な睡眠時間をとらせるのは、実に理にかなっているのだ。

■脳波から分かってきた人の睡眠

〈図1〉脳波
〈図1〉脳波

 人の睡眠についての研究は、脳波が測定できるようになって急速に発達した。脳波は脳の神経活動を直接リアルタイムで記録できる検査法だ。脳の活動状態は、当然、意識状態によって異なる(図1参照)。

〈図2〉睡眠図(ヒプノグラム)
〈図2〉睡眠図(ヒプノグラム)

 さらに睡眠ポリグラフという検査方法により、睡眠中の脳波を含めたさまざまな生体活動を客観的に調べることが可能になった。例えば、眼球が動くレム睡眠と動かないノンレム睡眠はあまりにも有名だが、こういったレム睡眠とノンレム睡眠は、90分前後の周期で交互に出現することが分かっている(図2参照)。

 「睡眠の発現には睡眠物質と呼ばれるホルモンや化学物質などが関係しています。現在のところ十数種類あることが分かっています」

■生体リズムを正しく刻むために

 睡眠には、もう一つ注目すべき点がある。それは睡眠のリズムだ。私たちは夜になると眠くなり、朝になると起きるということを繰り返している。だがこのリズムがずれてしまうことがある。

 例えば極地に近い国では、夏は太陽がほぼ沈まず、冬の日照時間はわずかだ。そういう環境に置かれると、季節性のうつ病などにかかってしまうことがある。生物としての体内時計が狂ってしまうのだ。ドイツにおける昼夜を分からなくした隔離施設での実験では、24時間周期だった生体のリズムが、やがて25時間以上の周期になったという。人間が持つ本来のリズムが見えてくるわけだ。

 「人間の体には、どうやら二つの体内時計があるようなんです。まず一つは、体温や睡眠物質のメラトニンの分泌リズムを抑制するもの。もう一つの時計は、睡眠覚醒リズムを制御しているものです。この二つの時計が通常では同調しているので、人間は24時間のリズムで生活しているのです」

 しかし、人間が本来もっている固有のリズムで生活することを「フリーラン」と呼ぶが、前述の実験のような生活を続けると、体温やメラトニンのリズムが25時間になったり、睡眠覚醒リズムが30時間になってしまうこともある。

 それではどのように人間は24時間に同期しているのだろう。昼は明るく夜は暗い。人本来の25時間前後のリズムを、地球の自転に合わせて24時間に同調させる重要な因子が「光」なのだ。

 実際、人間の新生児が昼夜の関係なしに眠ったり起きたりするのは、まだ24時間という地球のリズムに体内時計が同期していないからである。つまり「フリーラン」状態なのだ。やがて生後16週目くらいになると、次第に昼間は起き、夜は眠るというようにリズムがとれてくるようになる。

■年寄りは早起き若者は夜更かし

〈図3〉年代別の睡眠時間の変化
〈図3〉年代別の睡眠時間の変化

 図3の年代別の睡眠時間の変化を見てほしい。新生児はほとんど一日中眠っており、レム睡眠時間も多い。それが年齢を重ねるに従って、睡眠時間もレム睡眠時間も減少してくる。成人期と老人期では、それほど大きな変化は見られない。だが実は別のところで大きな変化が見られるのだ。

 「20代の成人にあるノンレム睡眠段階の3と4という深い睡眠が、80代ではなくなります」

 さらに睡眠のタイミングも、若者と高齢者では異なってくる。高齢者は若者と比べて睡眠をとる時間帯が前進し、早寝早起き傾向が強くなる。各年代での就寝時刻と起床時刻についての調査をみると、20歳をピークに夜更かしが進み、それ以降は早寝傾向に戻るという。

 「大学生が夜更かしであるというのは、必ずしも趣味や生活態度の問題だけではないのです」

 だからといって、いつまでも遅寝遅起きをしていていいわけではない。社会生活を送るには、規則正しい生活を過ごさねばならない。それでは、どうやって夜更かしの生活から抜け出せばいいのか。

 まず夜、強い照明に当たらないようにすること。適度な運動も良い。また就寝前に入浴すると体温が上がり、体が反応して入眠へと誘導される。そして朝起きたら、太陽の光を浴びるようにしたい。朝食をとることも大切だという。

 「大学時代に朝まで起きていて昼に眠るなどというだらしがない生活を長く続けていると、睡眠相遅延症候群にかかり、正常な生活を送れなくなる可能性もあります」と内田先生は警告する。

 たかが睡眠、されど睡眠。大学生活を有意義に過ごし、大学生の本分として勉学に励むためには、ぜひ自分の生活リズムと睡眠のリズムを健全なものにしてほしい。

※図版は内田先生の近著『好きになる睡眠医学』より転載


News: スポーツ科学への応用例

竹澤健介さん(スポ科3年)

 内田先生が進めている睡眠医学のスポーツ科学への応用の一例を紹介したい。競走部のエースである竹澤健介さん(スポ科3年)の生体リズムを、日本にいる時からカリフォルニア時間に合わせる操作を光とメラトニンを用いて行った。これにより時差ぼけが非常に軽く済み、スムーズに現地でのトレーニングに入れた。その甲斐もあってか、4月末にスタンフォード大学で開催されたカーディナル招待大会で17年ぶりに10,000mの学生日本人最高記録を塗り替える素晴らしい成績(27分45秒59)を収めることができた。

(2007年5月31日掲載)

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First drafted 2007 May 31.