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オープン教育センター 「ジェンダーで読む映像作品」
第一文学部4年 松岡 瑛理 「映画」、それは19世紀に誕生し、20世紀に大きく発達を遂げた、極めて現代的なメディアである。この授業では、映像作品を「ジェンダー(社会・文化的な性のありよう)」という観点を用い、歴史的にさかのぼることで「男性/女性」が、あるいはそこからあぶれる人々が、これまでどのようなポジションに置かれてきたかを分析してゆく。 授業の主旨を難しく考える必要はない。映画を巡ってこんな疑問を抱いたことはないだろうか。多くの場合、なぜ映画の中で、男性は「主体的」に演じるのか? 女性は性的な意味付けばかり与えられるのか? ジェンダーという言葉でクリアに説明することのできるそれらの小さなモヤモヤは、授業が終わるころにはきっと、鋭敏なアンテナと化していることだろう。 授業では、まずフェミニズムの映画批評理論を読んで「ジェンダー」という視座を取得。その後いくつかの映像作品を鑑賞して、実際に自分の眼で映画を分析する。ある回では「第三世界と女性の表象」を巡り、女性性器切除にまつわる映画を鑑賞した。テーマの稀少性と内容の重みも相まってか、授業後のディスカッションでは真摯に「自分の立場」を考える意見が寄せられた。 その後は、授業で学んだことを活かして一人一度、好きな映画を取り上げ発表する。もともと映画の好きな受講者が多く、『チャップリン』、『男はつらいよ』、『蝶々夫人』など、取り上げる映画の時代や地域も多岐にわたっており、毎回発表を聞くのが楽しみである。 担当の小林富久子先生は、毎回「それで、あなたはどう考えるの?」と発表者と受講者に問うことを欠かさない。良き指導者であると同時に、紛糾する発表では敏腕の調停者でもある。 きっと多くの人にとって人生で重要な関心事である「性」を巡って、本音で語り合うことができること。これはこの授業でしか味わうことのできない醍醐味だろう。 ※筆者は2006年度後期に受講
(2007年4月26日掲載) Copyright (C) 2007 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.First drafted 2007 April 26. |