投稿コーナー

2006年度後期分 目次





全国で湧き上がるチャレンジ・コミュニティ


 「社会起業家」とは、事業的な手法で社会の問題解決に挑む人のことだ。お金儲け第一主義でもボランティアでもなく、事業性と社会性とを両立させた働き方だ。会社法人かNPO法人かは問わない。社会変革の志を持って行動するなら、起業していない公務員や会社員でも広義の社会起業家である。

 そんな社会起業家型のリーダーを、地域で育成する仕組みを全国に作る壮大な試みが「チャレンジ・コミュニティ創成プロジェクト」だ。伝統工芸の盛んな福島・会津で芸術系インターンを提供する団体や、地場産業と若者が組んだ新規事業創出インターンを手掛ける岐阜の団体など、若者が地域の現場で挑戦する機会を創る全国12団体の自立支援と全国ネットワーク作りを促す。経済産業省と、起業家型人材の輩出を目指すNPO法人エティックとが協働で実施中だ。

 私は、事務局のエティックで、各団体のリーダーが年に数回一堂に会する集合研修の運営に携わってきた。11月に2泊3日で実施した研修では、課題をぶつけ合う分科会、経営講座、成果審査会などを実施。「参加者が成長できるインターンとは何か」、「いかに地域で信頼を得るか」など、口角泡を飛ばす議論が続いた。夜には、北海道のカニなど、持ち寄った産品を争奪する鍋大会も大盛況。互いを高め合う熱気の中、気付きの連続だった。

 リーダーに共通するのは、地域の問題を前にしても「暗いと不平を言う前に自ら明りを灯す」という面白いくらい前向きな発想で、自ら考え、足元から行動する起業家精神の持ち主だということ。地域の挑戦を生み出すには、まず自分が鑑として汗をかき、魅力的な挑戦者でなければと痛感した。私は、春から新聞記者になるが、ジャーナリズムの立場から地域と向き合う社会起業家でありたいと思っている。

■チャレンジ・コミュニティ創成プロジェクト公式Webサイト
【URL】http://www.challenge-producer.net/
 ※3月初頭にイベントも実施予定

(公共経営研究科2年 大林 広樹)

(2007年1月18日掲載)

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First drafted 2007 January 18.



組織と戦う 〜書評『沈まぬ太陽』(山崎豊子著 新潮社)


 墜落直前に書かれた遺書のくだりを読みながら、私は満員バスの中で人目もはばからず号泣してしまった。人の命の尊さをあらためて思い知らされたのである。520人を失った飛行機墜落事故は人為的過失にあった。そしてそれは航空会社に深く根付いた病理にあると本書では描かれている。読みながら怒りがこみ上げてきた。

 主人公、恩地は労働組合の委員長時代、飛行機の安全運航を守るために、乗員や整備士たちの不当な賃金や労働条件を指摘し、会社の経営陣と真っ向から対決した。その後に起こったのは、10年におよぶ海外僻地への左遷人事と労働組合の解体を図ろうとする経営側の陰謀だった。経営目標達成のため、責任回避のために、嫌なものにはフタをし解決を先送りにする経営陣。自らの利権を守るための、政治家や関連会社との黒い癒着。諸問題に立ち上がろうとするものは、組織の力でねじ伏せられる体制。本書は、不当に扱われながらも空の安全のために組織と戦い続ける人間の話である。

 昨今、キャリアアップのための転職や、自分をよく評価してくれる職場環境を探す姿勢がよく見受けられる。甘い汁を吸うことばかり考えるあまり、自分が会社を通して社会を支えようとする姿勢や、企業の持つ社会的責任や役割を軽視してはいまいか。現実は楽をしたいと考えるのが人間であり、悲しいことに人間は「私」のために戦う勇気は簡単に持てる。だが「私」を犠牲にして「公」のために戦う勇気を持つことが私たちにどれほどできるであろうか。

 本書では、戦い続けることの苦しさが悲惨なほど描かれているが、決して悲観的な読み物ではない。墜落事故を起点に、私たちに生きて戦う勇気を与えてくれる話なのである。

(理工学研究科 修士課程2年 中山 幸宣)

(2007年1月11日掲載)

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First drafted 2007 January 11.



戸山キャンパスを想う


 私は冬を越え春が来ると、卒業を迎える4年生だ。早稲田大学に入学後、すぐにブレイクダンスというものに魅了された。始めて2年間は365日の中で340日は練習しただろう。戸山キャンパスの記念会堂前にマットを敷いて、閉門時間ぎりぎりまで練習していた。警備員の方に「毎日いるね」と言われるくらい戸山キャンパスに通った。

 練習量と共に、結果も残した。3年生になると関東大学王者になり、日本最大のブレイクダンスの大会で2位になった。ダンスを通じて、アメリカのニューヨークやロサンゼルスなどにストリートパフォーマンスに行ったり、インドの孤児院へダンスを教えに行った。そうして、活動拠点が広がり忙しくなるに従って、記念会堂前に足を運ぶ回数は減ったが、週に一度でも時間があれば足を運んだ。記念会堂前が自分の原点であり、大好きな場所だった。

 学生最後の夏。ストリートダンスを社会人になって続けて行くことはできない。そう考えていた私は、ダンスに区切りをつけるため最後の思い出として、自転車で日本最北端から最南端を走り、各都道府県で踊って周ることにした。見知らぬ土地の駅前や人通りの多い路上でダンスを踊っていると、老若男女問わずたくさんの人との出会いがあった。新聞記事の一面に載ったこともあった。本当にダンスがいろいろな人との出会いのきっかけを作ってくれた。しかし、無事に日本縦断し東京に戻って来た私は思いもよらぬことを知った。

 戸山キャンパス校舎改修工事のため記念会堂前の使用禁止。

 私の卒業と共に、記念会堂前の練習場所は使用禁止となった。練習しても上達せず悔しくて泣いたことや、大雨の日にズブ濡れになって踊って笑った記憶がよみがえる。4年間、いつも見守り続けてくれた戸山キャンパスに感謝したい。

(商学部4年 ペンネーム 志場 芯平)

(2006年12月14日掲載)

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First drafted 2006 December 14.



リンチ・ワールドの魅力


 アメリカ、ワシントン州の郊外に位置する小さな町、ツインピークスで、ビニール袋にくるまれた若い女性の全裸死体が発見された。女性の名はローラ・パーマー。彼女は町の人気者で、誰もが認める優等生だった。彼女を殺めた犯人は一体誰なのだろう?

 そして、彼女はなぜ、殺されなければならなかったのか…?

 1990年に全米でTV公開され、大きな反響を呼んだ『ツインピークス』は、日本にも上陸し、熱狂的な人気を集めたドラマシリーズだ。監督のデヴィッド・リンチは、彼の言うところの「直感」と細部にまで行き渡るこだわり、そして独特の世界観で作品を作り上げる鬼才である。その世界観は今までに発表されたすべての作品(『ストレイト・ストーリー』を除いて)に如実に表れている。

 リンチ・ワールドを言葉でもって表現することは難しい。彼の作品を受け入れることができるのはただ、人間の「魂」であるからだ。しかし彼の作品から一つ、確かに言えることは、この世には私たちが普段見ているものとは違う別の何かが存在しているということである。例えば、優等生ローラ・パーマーが麻薬の常習犯であったように。私たちは、その見えない何かと隣り合わせにこの世に存在している。人間世界とはいかに複雑怪奇で、ミステリーを含んでいることか。そして、『ブルーベルベット』の主人公が劇中でつぶやいたように、「この世は、実に不思議なところだ」と思わずにはいられない。

 鬼才デヴィッド・リンチの作り出す映画には、単なる謎解きといったものではなく、それをはるかに超え、私が思うところの究極の美と恐怖に彩られた不思議な世界が存在している。リンチ・ワールドの魅力を一度知ってしまった人は、若く妖艶な美女の虜となった男のように、抜け出すことはできないであろう。私はまさに、その中の一人である。

(政治経済学部3年 永川 とも子)

(2006年12月7日掲載)

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First drafted 2006 December 7.




 大学生は、自分のやってることが誰よりも輝いている! と思っている。サークルを楽しむ人も(僕もその1人だ)、部活で汗を流す人も、同じ年ですでにビジネスに自分の道を見い出す人も。また、どこにも所属せず、自分のために存分に時間を使う人も。それぞれにとって大学生活は意義あることだ。

 しかし、その意義のほかに大事なことがあると、ようやく最近気が付いた。

 僕のやりたい放題な性格は、サークルという集団の中での自分の居場所を狭めてしまった。その結果、入学してからずっと短距離走のスピードで走り続けてきた生活が、スローダウンした。

 すると、今まで見えてなかったものが視野に入ってくるようになった。さらに自分を見つめるようになったのだ。そして思う。「僕は何色なんだ?」

 高校時代の恩師の言葉を思い出した。

 「何にせよ、これから大人になるにあたって自分の色を見つけなさい」

 その恩師は昔、ある生徒を受け持っていた。その生徒は、かつて日本で悲惨な事件をいくつも起こした宗教団体の幹部となった。「彼は…」と高校での様子などを交えながら話してくださった。

 「彼はとても勉強熱心だったが、色がなかった。色を見つけられなかったんだ」

 当時、その色というものが不思議に感じられた。個性と似ているがどこか違う。透明だったら、善にも悪にも染められてしまうということか。それともそういう次元ではないのか。とにかく恩師の熱に圧倒された。何かに染められるからという意味ではなく、「色がない人間なんて嫌だ」という思いが芽生えた。

 あれから4年たったがまだ分からない。難題だ。僕には多彩な友人がいるし、そこから学べることも多いはずだ。残りの大学生活で絶対に見つけ出したい。

 今走り続けている人も、少し休んで自分の色を探してみてはどうだろうか。

(政治経済学部2年 ペンネーム UKN)

(2006年11月30日掲載)

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First drafted 2006 November 30.



奥尻島


  連絡船が汽笛を鳴らし、島から離れる。島民たちが笑顔で手を振る姿を見て、皆は一体どんな気持ちに包まれたのだろう。満たされた思いと寂しさが船の中に漂う。

 あんなにきれいな海を僕は他に見たことがない。水深25mまで海中が透き通って見える。眺めていると鳥肌が立ち、感極まった声が思わず漏れる。北海道の西側に浮いている人口3千人の小さな島、奥尻島。この名を聞いて人々は何を思い出すだろう。どれほどの人が覚えているだろう。このきれいな海には一体どんな魔物が住んでいたのだろう。

 それは1993年のある夜のことだった。北海道南西沖地震。この大地震で2百人以上の人命が失われた。そんな小さな島に今夏、一人で訪れた。

 東京での生活に慣れ始めてきた僕には、東京と全く違う魅力を持つこの島での体験は驚きの連続だった。午後5時には、島の唯一の公共交通手段であるバスはすでに止まっている。道行く先々には広大な自然。民宿のおばちゃんは気さくな人で、僕が学生だと分かると安い値段で部屋と夕飯を提供してくれた。ふとした心遣いに人の優しさを感じた。

 人里を歩くと、民家の多くが新築であることに気付く。これは先の地震で起きた津波により家屋が全壊したため、建て直したものなのだ。

 島の北部には賽の河原がある。ここには海難犠牲者を慰霊するために、遺族らが積み上げた石の塔が立っている。石を積み上げた人々の気持ちを思うと、涙が止まらなくなった。

 数日後、僕は東京に戻ってきた。目の前に流れる時間と、島での時間の速さの違いに驚く。電車は予定時刻から1分も遅れまいと必死に走っている。

「この時の流れの中で再び俺は生きていくのだ」

 そして僕は時間が経つにつれ、この時の流れの速さに違和感を抱かなくなり、再び東京に馴染んでいくのだろう。

(社会科学部1年 ペンネーム 元気モリモリ)

(2006年11月16日掲載)

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First drafted 2006 November 16.



今どきのワセダの授業風景


  いったい何なのだ。あのワセダの授業中の教室の静けさは。

 私語がない証拠で、今時の学生さんの良識を表すものなのだろう。しかし、授業に溶け込んだ笑いや、感嘆、賛否の気持ちの表れである発語などをする学生さんはまずいない。それから、授業に熱中していれば自然に出てくるはずの頷きや、首のかしげなどをする学生さんもほとんど見かけない。ただ静かに座って授業時間を過ごせば良いというものでもないはずだが。本来、授業は先生と学生さんとが一緒になって作り上げてくものであろうが、そういった雰囲気が乏しすぎる。先生方の中には授業の興味付けのためか、学生に質問するが、教室全体がシーンと静まり返ってresponseなし。仕方なしに個別に指名して聞いても、何を聞かれているのか分からず、一から質問のやり直し。そのためかどうかは知らないが、大方の先生たちは、学生さんのresponseを気にしないで、淡々と授業を進めていく。先生方にとっても、その方が楽は楽なのであろう。かくて、先生と学生さんは同じ教室にいながら異なる空間を作り出している。ゼミや語学では学生の発言機会が多くて、ましな授業態度だといっても本質は同じ。欧米の大学のようにquestion timeはやはり必要ではないだろうか。

 授業を受けている学生さん同士にしても、つながりが乏しすぎる。たとえ隣に座っていても、それだけのこと。話しかけはもちろん、挨拶や目を合わせることもまずない。授業の始まる前で、手持ちぶさたの時でさえ、お互い何の関心も示さない。クラブの人や知人には、実に楽しそうに話をしている姿を見れば、その差は激しすぎる。ドイツでの同級生を「du 」で呼び合う仲など、このワセダでは夢なのか。学生時代にできるだけ多くの同窓とつながりを持つことは生涯の財産になると思うのだが。

 3回目の大学生活を送っている爺学生のつぶやきである。

(第二文学部3年 福永 宣道)

(2006年11月9日掲載)

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First drafted 2006 November 9.



今しかできないこと


 現在私は早稲田大学体育会相撲部に所属しており、マネージャーを務めている。1年半前、大学入学を機に地元、長崎県から上京した。知り合いがいるわけでもなく不安でいっぱいだった。そして東京での一人暮らしに慣れることに精一杯だった。

 しかし上京して1年が過ぎ、毎日の生活に物足りなさを感じ始めるようになった。もともとスポーツが好きだったので再びスポーツに携わりたい、また最後の学生生活だから部活ができるのは今しかないと思い、相撲部にマネージャーとして入部することを決めた。よく、「なぜ相撲部に入部したの?」と尋ねられるが、小さいころから大相撲の九州場所を見に行くほど相撲が好きだったというのが、相撲部に入部した理由だ。

 相撲部に入部して、マネージャーの仕事が自分に合っていて、部の雰囲気もとても良く、これがまさに自分のやりたかったことだと日々感じる。もちろん大変なこともあるが、やりがいもある。試合では、学生相撲ならではの迫力、感動を味わうことができる。部活では部員と共にさまざまな喜びを分かち合うこともできる。

 もうすぐインカレだ。この試合で4年生の先輩方は引退される。相撲部は6月の東日本の試合で35年ぶりに1部リーグに復帰し、ベスト8という結果を残した。これからも部員全員で切磋琢磨し合いながら、インカレではさらなる飛躍を遂げたい。  

 今、部活動を中心に勉強、アルバイトなど多忙な日々を送っており、それが楽しいと感じる。大学生活も折り返し地点にさしかかろうとしているが、今しかできないこれらのことを精一杯頑張り、1日1日を大切に過ごしていきたいと思う。

(第一文学部2年 体育会 相撲部マネージャー 小西 沙季)

(2006年11月2日掲載)

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First drafted 2006 November 2.



理工展に想いを馳せて。


 私は、大久保キャンパスで毎年11月上旬に開催されている理工展の運営スタッフをやっている。簡単に説明すると、理工展とはその名の通り、理工の学園祭である。そのため、催しもアカデミックなものと娯楽的なものの両面性を持ち合わせている。

  しかし、「理工展」と聞いても、多くの理工学部生は「夏休みと冬休みの間にある中期休暇」程度にしか思わないだろう。「秋のゴールデンウィーク」と称する人もいるくらいだ。また、大久保キャンパスとは縁のない他の学部学生に至っては、理工展の存在を知らない人すらいる。それくらい、早稲田大学は規模が大きく、理工展は知名度が低いのである。

  確かに、理工展には「早稲田祭」のような華やかさや賑やかさはない。しかし、そもそも学園祭はそうでなくてはならないという決まりはないのだ。あまたの学園祭の中で、理工展ほど特殊なものはないだろうという自負が、私たちにはある。

  無論、だからといって知名度や人気を上げるための努力を怠っているわけではない。皆に理工学、ひいては科学に関心を持ってもらうために、私たちは日々邁進している。例えば今年度は「早稲田祭2006」運営スタッフとも協議を重ね、初年度ということで控えめにではあるが、協力体制を築くことができた。

  さて、理工展開催まで残りわずかとなった今は作業が大詰めを迎えつつあり、私たちは今まで積み重ねてきた努力を形にしている最中である。そのため、私自身を含め、スタッフは皆、ひたすら前進あるのみの毎日を過ごしている。これら不断の努力の結晶は必ずや近いうちに、皆の前に現れることだろう。

  堅苦しそうだと敬遠しないでほしい。決してそんなことはない。その目で実際に確かめれば分かってもらえると思う。そのためにも、知人や友人などを連れて来場されることを、心から願ってやまない。

理工展Webサイト「第53回理工展」
【URL】http://www.waseda.jp/1g-rikouten/2006/

(理工学部3年 K)

(2006年10月26日掲載)

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First drafted 2006 October 26.



秋におもうこと


 「何か自分でやってみたい」そんな思いから関わった所沢キャンパス祭。数々の失敗の中から得てきた、誰かと何かを作り上げる楽しさ、そして難しさ。昨年まで、経験し培ったものを表現する場として、今年も学生最後の秋に、「所沢キャンパス祭 tokosai06」に関わることにした。

  大学の4年間で、講義から多くのことを学んだ。しかし、それ以上に学生生活でたくさんのことを学んだ。今、強くそう思う。小学校から大学までに机の上で学んだことで、社会になってからも使えるものは、思っている以上に少ないのかもしれない。社会に出たら、おそらくそれ以外で学んだこと、一人の人間として積み上げてきたものを資源として生きていくようになるのだと思う。だから大学の4年間で培ったものは貴重な資源になるだろう。資源は、その人からにじみ出る魅力と置き換えてもいいかもしれない。

  中には大学生活をなんとなく過ごしてしまっている人もいると思う。社会に出てから、あの時こうしておけばよかったなんて、思いたくない。大学では自分から動き出さなければ、何も始まらない。大学の4年間は本当にあっという間だ。何でもいいから自分の中にあるもの、それを表現する場として所沢キャンパスの学生に「所沢キャンパス祭」に参加してほしいと思う。「学生だから、これくらい」そういった弱い気持ちではなく、「こんなことがしたい」と思ったら、右も左も分からなくても、ただ、がむしゃらに取り組んでいいと思う。きっと、がむしゃらに一つのことに夢中になることで、いろいろなことを吸収して力にできる。

  それが、充実した学生生活、ひいては人間的な魅力となってその人の中にあり続けるのだと思う。

■所沢キャンパス祭Webサイト "tokosai '06"
【URL】http://tokosai.com/

(人間科学部4年 後藤 啓介)

(2006年10月19日掲載)

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First drafted 2006 October 19.



渋谷でインターンした大学生の告白


 「グランプリは……Fチーム!」

  最終日の結果発表。私たちFチームは最高の結果でインターンシップの幕を閉じることができた。

  私は今年の夏、サイバーエージェント社のインターンシップ「Ameba College 2008〜社会人に近づく夏〜」に参加した。私はインターンシップに「自身の成長」と「アツい仲間」を求めて応募したのだが、オーケストラを立ち上げた人、活動的すぎて救急車で9回運ばれた人など、集まった約40人の仲間は想像をはるかに超えてアツい人ばかりであった。

  取り組んだプロジェクトは、「サイバーエージェントの新卒採用ポスターを創る」というもの。5人ずつ8チームに分かれてポスターの完成度を競う。

  最初の3日間はプロジェクトを進める上で必要な知識を重点的に学んだ。「会社概要」、「クリエイティブ講座」、「会議・プレゼン講座」など、IT業界の第一線で活躍している若い方々のお話は、刺激的なものばかり。

  残り7日間のグループワークは困難の連続であった。途中まで完成していたものすべてをゼロに戻し、やり直したことさえあった。意見をぶつけ合い、皆が納得できるまで話し抜くこと。それにより、より良いアイデアが生まれることを、肌身で実感した。今まで私は引っ込み思案で、他人の意見に同調しがちであったが、そのことに気付いてからは自ら積極的に意見を出すようになった。

  中身の濃い10日間を終えて得た充実感。それは結果を手に入れたこと以上に、自身が成長を実感できたからこそ得られたものだと思う。皆も同じ思いだったのか、男女問わず涙を流している人もいた。

  今回インターンシップで多くのことを学ぶと同時に、自身の足りない部分に気が付いた。そこを努力して埋めていくことは、就職活動だけでなく今後の人生に役立つと確信している。

  この場を借りて同社の方々、インターンシップ生の皆にお礼を言いたい。

  「ありがとう!」

  ※ポスターは同社の採用Webサイト“Amebaing!”で閲覧可能。
   【URL】http://recruit.cyberagent.co.jp

(商学部3年 村上 健太)

(2006年10月12日掲載)

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First drafted 2006 October 12.



生命の源に感謝を捧げて―劇評:「ヴァギナ・モノローグス」


 宮本亜門演出「ヴァギナ・モノローグス」を観て、感ずることがあった。

  ずばり物語は女性器にまつわるさまざまな女性「彼女たち」の独白によって展開していく。それは時々おかしくもあり、真剣でもある。芝居とは何か? そう問われたら、これこそ究極の芝居だと言えるかもしれない。「モノローグ」そのものは台本に書かれているもので、3人の女優たち自身の体験とは無関係であるが、「台詞」に込められた意思はまぎれもなく彼女たちのものだった。

  私は途中で「ヴァギナ」について語られるのが「彼女たち自身」についての語りにシンクロするような錯覚を感じた。そう、すなわち「ヴァギナ」とは「彼女たち自身」に等しいのだ。ところが「ヴァギナ」についてはとかく正しい認識が存在しないものだ。

  ペニスは男性の「マスコット」のごとく親しまれるのに、なぜか「ヴァギナ」は特別視され、故に隠されたりする。否、実は人間は直観的にその場所の神聖さを知っているから畏怖するのではないだろうか。神の名を易々と口にすることが禁じられるように、「ヴァギナ」はその名が避けられることもしばしばある。だが隠されることが誤解を招き、それは「卑しいため」に隠蔽されるのだという偏見を蔓延させる。だからこそ女性の存在さえもむやみに軽んじられ虐げられ、重大な問題となる。劇の最後におけるモノローグではわれわれの「起源」が語られる。私は自分がこの世に生をうけた瞬間をありありと思い出した気がして、震えた。みんな忘れてはいないだろうか。ヴァギナからすべてが始まったのだ。それをあらためて知ることこそ、正しい理解の出発点であると思う。

  人は何度でも生まれ変わることができる。先入観を捨ててこの劇に触れることができれば、きっと「再生」できるはずだ。

(第一文学部5年 塚本 雄一)

(2006年10月5日掲載)

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First drafted 2006 October 5.



大自然の脅威


 自分はヨット部に属している。ヨットというスポーツは大海原の中で、風を利用して走るスポーツだ。

  そのため、風が弱すぎると走ることができないし、逆に風が強すぎると命さえも危険にさらされてしまう。

  7月9日の日曜日は朝からとても良い風が吹いていた。ヨットが気持ちよく走れるくらいの風だ。

  いつもどおり8時半には7艇が出艇したが、昼前には風が吹き上がってきて、かなり危険な強さにまで達してしまった。

  セール(帆)が破れたり、マスト(帆を支える金属の棒)が折れてしまうアクシデントもあったが、7艇のうち5艇は無事に浜に戻ってこられた。もう一艇も主将からのアドバイスもあり、何とか陸に戻ってくることができた。しかし、あとの一艇は強風の中ひっくり返ってしまい、なかなか元の状態に戻すことができないし、戻せてもすぐにまたすぐにひっくり返ってしまって、浜に戻ることができない。大学の部活で使用するヨットは2人乗りで、自分は経験豊富な主将とペアを組んでいたため、安全な立場ではあったが、2年目のヨット部生活の中で初めて恐怖を覚えた。

  波は高いし、風は秒速13〜14メートルも吹いている。かなり危険な状況だ。そこで主将が下した決断は艇体放棄だった。ヨット自体は150万円近くするもので、ちょっとやそっとでは買えないものだ。でも、人命が最優先だと思って下した主将の決断は今も間違っていなかったと思う(その後、一度は放棄したヨットをなんとか浜まで持ってくることができて、450万円は無事戻ってきた)

  この日ほど自然が怖いと思ったことはないし、最後のミーティングで全員の無事が確認できて本当に良かったと思った。疲れ果てミーティング中に寝ていた1年生が何人かいたが、この日だけは仕方がなかっただろう。

  これからも自分はヨットに乗るけれど、自然は絶対に甘く見てはいけない。そう実感させてくれた日だった。

 セール…10万円。
 マスト…20万円。
 生きている仲間…priceless☆

(第二文学部2年 木元 将貴)

(2006年9月28日掲載)

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First drafted 2006 September 28.