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科学的研究による
人とゲームの新しい付き合い方
『ゲームの処方箋プロジェクト』



河合隆史 大学院国際情報通信研究科助教授 
1969年愛知県出身。93年本学人間科学部卒業。98年大学院人間科学研究科博士課程修了。2002年から現職。06年総合研究機構先端メディア研究所長就任
皮膚電気活動を測定しながら携帯ゲームを遊ぶ被験者
▲ 皮膚電気活動を測定しながら携帯ゲームを遊ぶ被験者

▲ 『パックマン』を用いたゲームの面白さの分析

 テレビゲームが開発され、子どもから大人まで誰でも楽しめる娯楽として定着してもう40年近く経った。ところが世間では、「ゲーム脳」をはじめ、「ゲームオタク」、「オンライン・ゲーム中毒」などといったマイナス面ばかりが注目されている。しかし、これだけ普及するには、プラスの面も必ずあるはずだ。

 そうした逆転の発想でテレビゲームの「効能」にターゲットを絞った研究が、本学の「こどもメディア研究所」を中心に約1年かけて行われ、その成果がこのほど発表された。このユニークな研究を本庄キャンパスにおいて展開している国際情報通信研究科の河合隆史助教授にお話を伺った。

 この「ゲームの処方箋プロジェクト」は、2005年に創立50周年を迎えたゲームメーカー麻iムコがそれを記念して、本学のこどもメディア研究所(所長/坂井滋和国際情報通信研究科教授)と財団法人ニューテクノロジー振興財団と共同で立ち上げたものだ。

 本プロジェクトでは約1年間をかけて、テレビゲームが人間に与える良い影響(効能)と、その活用方法(処方)に関する研究を行った。科学的アプローチを用いて個々のゲームの特性を明確にしながら、最適な活用方法に関する知見を得ることを研究目標にした。

 また医療機関の協力を得て、発達障害を持つ子どもたちを対象にテレビゲームの遊び方に関するフィールド調査も行った。

ゲームソフトで 気分の変化とストレス解消

 河合先生自身、元来ゲームが好きだったという。しかし最近では忙しくなって、ふとゲームをしたくなったとき、どのソフトをプレイすればよいのかが分からなくなってきた。

 「ストレス解消や気分の向上など、そのときの気分や気持ちに合わせたゲームの選択ができないだろうか、と考えたわけです」と河合先生は説明する。そこで、日常生活において気分の変化を促す、一種のサプリメントのような短時間のゲームとの付き合い方を探っていくことにした。さらに個々のゲームソフトが持つ「効能」や、場合によっては使用上の注意などを表現する「処方箋」を作ることができるのではないかと考えたという。

 ひとくちにゲームといっても、長時間熱中する人もいれば、短時間のミニゲーム派もいる。本プロジェクトでは後者に注目。因果関係の分かりやすい短期的、直接的な影響として気分の変化に着目した。

 実験には、携帯ゲーム機を対象として、5種類のソフトを選定。20歳代の被験者10人に対して、習熟前後の2回、実験を実施した。

 測定項目は、皮膚電気活動、唾液中のαアミラーゼ、そして気分調査の内省報告の3点である。皮膚電気活動は、交感神経系の緊張や覚醒水準の高さを反映する指標で、精神性発汗(緊張したときに「手に汗を握る」現象)を皮膚電位計で測定した。また唾液中のαアミラーゼは、精神的ストレスがかかると活性化するタンパク質で、これを測定することで、ストレス状態を検討できる。

 実験の結果、例えばレーシングゲーム『リッジレーサーズ』では、プレイ後に活気が上昇。ブロックの色をそろえていくパズルゲーム『ルミネス』ではストレスが低下するといった傾向が認められた。

 「今後は、個々のゲームの特性によるゲームの効能をさらに検討していき、プレイヤーの状態に適したゲームの処方箋づくりを目指していきたいですね」と河合先生は語る。

ゲームの面白さはバランス 調整と作り込みにあり

 ゲームの「面白さ」の認知科学的な分析には、『パックマン』という代表的なゲームソフトを使用した。これをメーカーの協力で、スピード調整などカスタマイズ可能に設定。さまざまなスピードで実験をした結果、プレイヤーと観察者との速度別の感じ方の差や「面白い」と感じる速度の違いなどが認められたという。

 またゲーム画面の制御による眼球運動の測定では、熟練するほど画面の全域を使用してプレイする傾向がみられたとのこと。

 今後は、ゲームスピードの設定やゲーム画面をどこまで作り込んでいくかなど、テレビゲームにおける面白さの科学的デザインを目指していく計画だ。そしてこれをゲームメーカーにフィードバックすることで、ゲームという世界に誇る日本のコンテンツ産業にも寄与できるのではないかと期待されている。

軽度発達障がい児を対象とした 臨床現場でのゲームの役割

 今回のプロジェクトで、マスコミ等の注目を特に集めたのが、軽度発達障がい児の学習支援におけるゲームの効能だった。こどもメディア研究所のプロジェクト研究員でもある国立成育医療センターの宮尾益知医師らと、実際に約40種類のゲームを子どもたちに自由に遊ばせてみたところ、全般的にアクションゲームを好む傾向にあったが、こだわりが強くコミュニケーションに問題のある高機能広汎性発達障害(HFPDD)を持つ子どもと、注意力散漫で物事を順序立てて遂行できない注意欠陥多動性障害(ADHD)を持つ子どもでは、選択するソフトの特徴的な差異もみられた。

 こういった子どもたちにとってテレビゲームは、気分転換になるだけでなく、ルール把握による感情のコントロール、コミュニケーションの促進、ゲームに何度も出てくる文字や言葉の習得など、さまざまな効能を与える可能性が考えられるとのこと。そのため、既存のゲームの有効利用とともに、教育や医療の現場に目標を絞ったゲームの開発も期待されるという。

発達性難読症児童向け 立体ゲームソフトの試作


▲ 立体ディスプレーを使った、ひらがな学習用のソフト

 発達障がい児の中でも、読み書きに困難を示す発達性難読症(ディスレキシア)向けに、ひらがな学習用の立体ディスプレーを使ったソフトも試作された。ディスレキシアは、日本でも人口の約4.5%はいるといわれている軽度発達障害。この発達障害を持つ子どもは、読み書き以外の高い能力を示す場合が多く、空間認識能力もその一つ。本ソフトの試作もそこに注目して行われた。

 液晶パネルが前後二重に配置された特殊な立体ディスプレーに、文字を一画ずつ分けて空間的に表現。一画ごとに奥行き感や色を変えることによって、文字の構造が一目で分かりやすくなるように工夫した。

特殊な立体ディスプレーで文字を空間的に見せる
▲ 特殊な立体ディスプレーで文字を空間的に見せる

 実際にこの立体ディスプレーをディスレキシアの子どもたちに使ってもらったところ、単純だが分かりやすいので、喜んで学習していたという。

今後は、処方箋だけでなく ゲームのデザインも

 ゲームの処方箋プロジェクトは、これから第二期段階の研究に入っていく。

 「今後は、研究対象となるゲームソフトや被験者数を増やし、処方箋の作成を目指すのと同時に、特定の効能を与えることを目的としたゲームソフトをデザインしたいと思っています」と河合先生はしめくくる。またこうしたゲームソフトの研究と併行して、子ども向けの「遊育施設」の産学共同研究を行っていくという。

 人とゲームの新しい付き合い方を提案してくれるこのユニークなプロジェクトの今後の展開が、今から楽しみである。

●「ゲームの処方箋プロジェクト」プロジェクト研究員
河合隆史 早稲田大学大学院 国際情報通信研究科助教授
宮尾益知 国立成育医療センター こころの診療部発達心理科医長
渡邊克巳 東京大学先端科学技術研究センター助教授
二瓶健次 東京西徳洲会病院小児難病センター顧問

●リサーチ・アシスタント
加藤 亮 早稲田大学大学院 国際情報通信研究科 博士後期課程
池下花恵 同上

(2007年1月11日掲載)

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First drafted 2007 January 11.