進路選択物語

自分を見つめ直した1年
 ―留年を選び、就職活動に再チャレンジしたケース―


政治経済学部5年 石井 千絵
進路予定先:読売新聞社

「一足先に」卒業していったゼミの仲間たちと(前列左から2番目が筆者)
▲ 「一足先に」卒業していったゼミの仲間たちと(前列左から2番目が筆者)

「絶対に新聞記者だ!」。そう、思い始めたのは4年の秋ごろ。1年目の就職活動は新聞、出版、広告とマスコミ全般を受け、新聞社はその中の一つに過ぎなかった。

  秋採用が終わり、自分のやりたいことは何なのかを、もう一度考えた。それまでは、マスコミ業界に漠然としたあこがれしかなく、入社後に何がやりたいのかをきちんと説明できなかった。また、消去法でマスコミを志望したことも内定が得られなかった敗因だった。1年間の就職活動を振り返った時、新聞社の面接が印象に残っていた。読売新聞社では、記者はどういう仕事なのか、今の私に足りないものは何なのかを教えてくれた。その時点で、「そこを改善してもう一度受けたい」と強く思い、留年し就職活動を再び行うことを決めた。2年目の挑戦に不安はあったが、今できる最善の方法を考え、それに没頭することで打ち消した。これだけやってダメならあきらめがつく。そんな心境になるように行動した。

  それからは、マスコミ志望の友人と週に一度集まり、作文を評価し合ったり、テーマを決めて考え方を出し合ったりした。勉強会とはいえ雑談のような雰囲気で、気軽に意見が言えた。ここでの雑談によって、視野が広がったり自分の考えが固まったり、本番の作文や面接に効果があった。ここで世の中の出来事に対する背景を考えたり、人から話を聞くことが楽しくて仕方がなかった。新聞記者になりたい気持ちが高まっていった。

  生活の大半を大学やゼミが占めていたため、日に日に卒業ムードになっていくゼミにいながら、就職活動を続けるのは、思った以上につらく、寂しいものだった。だが、今まで周りに流されていた気持ちが整理され、「次こそ内定を取らなければ!」と尻に火がついた。他大の学生や社会人とも交流し、交友範囲を広げた。結果として、自分がひとまわり成長できたと思う。

  そして、2年目の挑戦。変わった自分を実感していたので、堂々とアピールできた。留年してまで就職活動をすることに、不安や焦りを感じていたが、今となってみれば、大学生活で一番充実し、成長した1年だったのかもしれない。

(2006年9月28日掲載)

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First drafted 2006 September 28.