薦!

2006年度前期分 目次





『市場烈々』
董 明珠(Dong Ming-Zhu)著、漆嶋 稔 訳、渡邉真理子 解説
日経BP社 2003年 1890円(税込)


それでも成長するアジアとどう付き合うか?

<評者>
深川 由起子
(ふかがわ・ゆきこ)
政治経済学術院教授
2006年4月嘱任
担当科目 開発経済論・東アジア経済論

 「少しお待ち下さい。わたくしが聞いて参ります……」。鈍重で態度の悪い日本人店員に代わって懸命に対応してくれた店員の日本語にはかすかに訛りがあった。社員章の名前は日本名だが、恐らくは日本人と結婚したのであろう。わざわざ中国に行かなくても、経済発展のダイナミズムを実感する材料はもはやわれわれの日常に転がっている。

  もちろん、中国がたくさんの問題を抱えていることは疑いない。だが、市場は政治に歪められない限り、残酷なほど正直だ。躍進する企業には万国共通、真摯な企業努力と、士気高い社員の頑張りがある。そしてこの原点は今やしばしば日本より、中国などアジアに存在する。彼らがこれを失わない限り、競争はますます厳しくなり、日本の地位は落ちる。人口減少時代を生きる若い日本人は、中高年の身勝手な感傷が相まった昨今のナショナリズムに惑わされず、この事実を直視すべきだ。

  董明珠『市場烈々』は一介のセールス担当から社長に上り詰めた女性の物語である。成功体験談はビジネス書の「定番」だが、虚虚実実の展開は読者をジェット・コースターに乗せたように進む。主人公が恐ろしいまでの社会矛盾や、滅茶苦茶な商慣習を乗り越える姿はそれでもなぜ、中国が前に進んでいるのか、を理解させてくれる中国経済の生きた教科書だ。「そこまでやるか」。高度成長を知らない読者はそう思うかもしれない。しかし環境こそ多少、すさまじいが、彼らの姿は「世界の果てまでわが社製品を」と頑張った高度成長期の日本人と変わることはない。そして『フォーチュン』誌上位にランクされる欧米企業も変わることはない。「そこまでやるか」こそ、企業競争の原点なのだ。一度の人生、問題に立ち向かうことの醍醐味を学んでほしい。

(2006年7月20日掲載)

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First drafted 2006 July 20.



『緒方貞子−難民支援の現場から』 取材・構成 東野真
集英社新書 693円(税込)


世界が尊敬する日本人に学ぶ

<評者>
武黒 麻紀子
(たけくろ・まきこ)
法学学術院専任講師
2006年4月嘱任
担当科目:英語・言語学
専門分野:言語人類学

 アメリカでの大学院生活を過ごした寮で、ある晩、国際情勢の話題になった。ルワンダで起きた大量虐殺で自分以外の家族全員を失った話、旧ユーゴスラビアのサラエボで激しい戦闘のさなかをさまよった話、ミャンマーの軍事政権によって投獄されるのを恐れて母国に戻りたくても戻れない悩みなどが、友人の口から次々と語られた。私が文化祭や運動会の行事に明け暮れて学校生活を満喫していた頃、世界の別の場所では、大勢の若者が、家もなく、生きるか死ぬかの危機にさらされていたのである。極限状況を生き延びた彼らが語ってくれた体験談は、メディアや本で知る国際情勢とは全く次元が違っていた。言葉を失っていた私に一人が言った、「ここにいる仲間の中で、君だけが平和で幸せな国から来ているんだよ」

  その寮は、今から約50年ほど前に緒方貞子氏が住んでいた場所でもある。ここで紹介する新書には、緒方氏が国連難民高等弁務官であった10年間の活動や紛争・難民を生み出す背景などがまとめられている。

  緒方氏の原動力は「怒り」であるという。難民の安全確保のために、ときにはルールをも柔軟に変更し、世界に衝撃を与えるような果敢な決断を下し、徹底した現場主義で世界の危機に立ち向かってきた。そんな緒方氏の姿を見て、国際機関や国際支援の場で働きたいと思った人も多いことであろう。

  世界各地で起きている紛争や危機は、平和で幸せな日本に生きる私たちにも大いに関係ある問題である。世界で最も尊敬されている日本人といわれる緒方氏が、怒りをバネに信念をもって行動した10年を知ることで、自分も世界の課題に取り組もうという気概がわいてくるに違いない。

(2006年7月13日掲載)

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First drafted 2006 July 13.



『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行記』
 エルネスト・チェ・ゲバラ 著、棚橋加奈江 訳
 現代企画室 2310円(税込)


不正に憤り、弱者に共感する若者の姿

<評者>
野谷 文昭
(のや・ふみあき)
教育・総合科学学術院教授
1948年生まれ
2005年4月嘱任
専門分野:スペイン・ラテンアメリカ文学・文化

 世界に英雄は数多く存在するが、歴史が動くと失墜したり、忘れ去られたりで、永らえることは難しい。しかもイメージが国あるいは地域を超えていくことはごくまれだ。その点でゲバラは例外的である。しかもそのイメージは若者たちによって受け継がれていく。なぜだろう。

  それを知る手掛かりとして、まず本書を読んでみてほしい。彼が医学生時代に試みたスケールの大きな旅の記録で、等身大の若者の姿がそこにあるからだ。彼は年上の友人グラナードとともに1台のおんぼろバイクに相乗りし、母国アルゼンチンを発つとアンデスを越え、南米大陸を北上する。

  ともすればキューバ革命を担った無謬の英雄として聖化されがちなゲバラだが、この貧乏旅行は、ハンセン病療養所での診察のような感動的場面がある一方で、それこそどたばたで満ちている。酔っ払った勢いで人妻と踊ろうとして引き起こした騒動なんかはそれこそ喜劇の一場面だ。実際このエピソードは2人の旅を映画化した「モーターサイクル・ダイアリーズ」にも出てくる。さらに言えば、映画はグラナードの日記『トラベリング・ウィズ・ゲバラ』(学習研究社、1995円)に大きく拠っている。

  ゲバラがドン・キホーテのようにまっすぐ前を見つめる理想主義者であるとすれば、グラナードは年上ながらいわばサンチョかワトソン。彼を敬愛の目で優しく眺めている。だから2つの日記を併せて読むと、事件が立体的になる。

  2人は旅の過程でさまざまな現実を知り、不正に憤り、弱者に共感する。時代が違っても、理想をもつことは若者の特権だ。ゲバラは大人になっても理想を持ち続けた。本書でその出発点を知るだけでなく、そこに描かれる屈託のない若者たちと対話してみてはどうだろう。

(2006年7月6日掲載)

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First drafted 2006 July 6.



『ぼく、このままでいい?』 小原 瑞穂 著
祥伝社  2001年12月発行 価格952円


ター君からの贈り物!

<評者>
荒尾 孝
(あらお・たかし)
スポーツ科学学術院教授
1947年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:公衆衛生学

 この本との出合いは、以前に娘に「最近どんな本を読んでいるの」と尋ねたことがきっかけであった。中学3年生の彼女が「お父さん、この本読んでみて」といって手渡してくれたのがこの本である。表紙に子どもが描いたようなかわいらしい男の子の絵があり、75ページ程の小さな本である。

  この本は、知的障害を持つ男の子(ター君)の姉である著者がター君と長年過ごしてきた日常生活を通して知的障害者の内面を理解し、そのことをター君に代わって述べるという構成になっている。話すことができないター君が心の中で感じ、つぶやき、叫んでいることを著者がター君の言葉として述べている。この点が、私にとっては実に新鮮で素直に受け止めることができるものであった。

  この本を読み進める中で、障害のないわれわれが障害者に対して如何に独りよがりで勝手なイメージを持ち、誤った理解をしていたかということに気付かされる。そして、この本は物事を多面的にとらえ、多様な考え方を受け入れることのできる寛容なる態度の重要性を思い起こさせてくれる。それでも、本書は、読むものに対して教示的、説得的な印象を与えない。著者がター君との30数年にわたる付き合いの中で感じ、理解し、発見したことをある種の自戒の念を込めて、明るく、そして優しく、事実として淡々と記述している。

  最近の競争社会、自己主張型社会へと変貌しつつある現代社会の中にあって、われわれが今一度自らを見直すきっかけを与えてくれる作品である。最後に、著者の印象深い言葉を紹介する。「私は幼いころ、彼(ター君)は理解していない、理解できないと思っていました。けれど、本当は、彼はすべて理解している。しかも、私より深い心で理解していることに気づいたのです。彼は、単にそのことをうまく表現できないだけだったのです。」

(2006年6月29日掲載)

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First drafted 2006 June 29.



『アルタード・ステーツ/ALTERED STATES』ケン・ラッセル 監督
ワーナー・ホーム・ビデオ 2,100円(税込)


アルタード・ステーツ
限りない存在の根源への問い

<評者>
相内 啓司
(あいうち・けいじ)
川口芸術学校非常勤講師
1949年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目名(専門分野):メディアアート、視覚表現基礎、制作プロジェクト研究一、二、卒業制作

 私たちの心のあり様は、単に主観的に揺れ動いているだけではない。社会的存在である私たちの心理はその時代の状況や出来事に対するさまざまな言説や無意識を反映する鏡といえる。

  加速し続ける高度情報化社会の中で今や私たちは日々刻々と多元化し細分化された価値観に翻弄されているともいえる。かつてのように閉じられた世界の中で一つの価値観で世界を理解することも、それを唯一のアイデンティティーとして生きることはもはや不可能にみえる。むしろ他者や状況との関係の中でどのような価値観を共有するか、あるいは批判的にとらえるかが常に問われると言える。そこには他者との緊張感がつねにある。そこに今日的な個の意識の苦難があるともいえるだろう。

  ケン・ラッセル監督の映画『アルタード・ステーツ』(1979年)は心理学、深層心理学、遺伝子学、分子生物学、哲学、宗教学、現代文学を横断しながら人間存在の根源に迫ろうとした衝撃的な作品である。主人公の心理学者ウィリアム・ハートは純粋意識の実験をするために外界の刺激を遮断するアイソレーションタンクという装置に入り、また幻覚作用をもたらすネイティブアメリカンのキノコなどを用いながら人類の無意識に刻み込まれている記憶の深淵を探り、生命の起源を解き明かそうとする。しかしその実験で主人公は類人猿に退化し、さらに人類の起源を突抜け、ついに生命と物質の臨界点に出現した裂け目に連れ去られそうになる。その存在論的な問いは、もし私たちがいい知れない不安に苛まれているとするなら、今なお深く心に響くのではないだろうか。

  強烈な映像効果による幻覚作用のイメージはウィリアム・バロウズの小説『裸のランチ』とその手法(カットアップ)を参照しているともいわれる。また主人公のモデルはアイソレーションタンクを発明した心理学者ジョン・C・リリーともいわれている。

(2006年6月22日掲載)

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First drafted 2006 June 22.



『物理と実在―創り出された自然像―』
Bruce Gregory 著、亀淵 迪 訳
丸善 2520円(税込)


物理学という言語

<評者>
多辺 由佳
(たべ・ゆか)
理工学術院教授
1965年生まれ
2005年4月嘱任
専門分野:ソフトマター物理

 “異文化コミュニケーション”といったキャッチフレーズで、外国語学校の宣伝をよく見聞きする。最近は英語だけではなく、韓国語をはじめとするアジア近隣諸国の言語にも関心が高まっているようで、電車の中で熱心に教本を読む若者を見かけることも多い。外国語を取得しようとする人々の動機は、冒頭のキャッチコピーが表すように、“異なる文化を知りたい・相互作用をしたい”という気持ちであり、極めて自然な知的欲求の一つだと思う。

  文化を理解するために、その国の言語を習得する。ならば文化と並んでわれわれの身近にある自然科学を理解するには、どんな言語が必要であろうか。本書ではその答えの一つが物理学であるとされる。著者の主張によれば、物理学とは自然をあるがままに見てその法則や真理を明らかにする学問ではなく、自然観察を解釈するためにわれわれが創り出した言語であり、突き詰めれば「物理学=自然を語る言語」であるという。そして、いかにして物理学が現在のように強力な言語へと発展してきたか、歴史的な史実を追ってその過程と必然性が解明されている。説得力のある主張にぐいぐいと引き込まれ、このような解釈もできるのかと、時にはっとさせられる、興味深い内容である。

  科学史ではないので、史的事実は必要に応じて取捨選択されているが、それらがスムーズに納得のいくものとして受け入れられるのは、主張の確かさの故であろう。また、専門用語は極力避けられており、式も使われていないので、理科系でなくても十分に理解できる。難しい概念が平易な比喩でうまく説明されていると、何となく分かった気になるのもうれしい点である。理科系の人には物理学のとらえ方の参考に、また文科系の人には物理学という新言語を学ぶきっかけを与えてくれる(かもしれない)一冊として、お薦めしたい。

(2006年6月15日掲載)

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First drafted 2006 June 15.



『戦火の勇気』(原題 Courage under Fire)
 エドワード・ズウィック 監督
DVD・20世紀フォックスホームエンターテイメント


どう行動すれば良いのか分からなくなった時に見るビデオ

<評者>
小野 充一
(おの・みちかず)
人間科学学術院教授
1953年生まれ
2005年4月嘱任
専門科目:緩和医療学

 ちょっとした判断の分かれ目が、大きく食い違う結果を引き起こすことがあるということは多くの人が理解しているが、その判断の分かれ目を構成する要因を検証し、説明責任を果たす勇気を持つことは難しい。われわれは、想定外の困難な状況下でとった行動の結果に向き合うために、何を必要とするのだろうか?

  この映画は、「湾岸戦争」下のイラク山中で、墜落した救護ヘリの乗員たちが救助されるまでにとった行動が、救出後に語った各々の証言が食い違っていることで、事実を解明していく過程を追っている。主人公は、調査を命じられた戦車部隊長のサーリング大佐(デンゼル・ワシントン)と、死亡した救護ヘリ機長のウオーデン大尉(メグ・ライアン)であるが、サーリング大佐は戦闘中に親友の乗る戦車を攻撃して死なせてしまった事件のために軍務から離れている。自身の下した命令の正当性に揺らぎながらも、ウオーデン大尉のとった「勇気ある行動」について、検証作業をすすめるサーリング大佐が得た真実とは……。

  プロフェッショナルとして活動することは、その行動がどのような優先順位によって決められたのかという点について説明責任を果たすということも含まれる。私の専門の緩和医療の臨床現場でも、正解のない状況下で、患者さんや家族と医療の理屈との間に存在する矛盾を調整し、説明をして了解を得ながら進めていくことが重視されるが、逃げ出してしまいたくなるような状況に出合う場合もある。しかし、映画の終わりに近いところで、サーリング大佐が、親友の両親に自分の命令で親友が死んでしまったことを打ち明けて謝罪することができたのは、この調査を通して「ウオーデン大尉の勇気ある行動」に共感するものを感じたからなのであろうか? ぜひ、この映画の訴えているものに向き合ってほしい。

(2006年6月8日掲載)

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First drafted 2006 June 8.



『一法学徒の歩み』 三ヶ月 章 著
有斐閣 2940円(税込)


「学の独立」を考える

<評者>
鳥羽 至英
(とば・よしひで)
商学学術院教授
1946年生まれ
2005年4月嘱任
専門分野:簿記原理
会計監査担当

 早稲田大学校歌が歌い上げる最高学府大学の精神「学の独立」の意味をさらに深く知るようになると、学問に就職したことの幸せもさらに深く感ずるようになる。早稲田の門をたたき、ほとんどの学生諸君が4年後に早稲田から巣立っていくのであるが、その大部分の諸君が「学問に就職すること」はない。しかし、喫茶店でコーヒーでも飲みながら、題目ごとに少しずつ深く読んでいただきたい本がある。標記の本である。

  ここで学生諸君に推薦する本は、わが国の法学の分野で一つの確固たる法理論を完成され、民事訴訟をとらえる学問的な視点を一段と深化された東大名誉教授三ヶ月章博士の研究者・教育者としての「人生の軌跡」の本である。

  ともかく「骨太の先生」である。「証拠」という概念に惹かれ始めていた評者は、約40年前の第一政治経済学部4年在籍中に、証拠を扱う証拠法の領域の本を渉猟した。その中に、同教授の大作『民事訴訟法』(有斐閣全集)があった。学問の世界に入って、同教授の『法学入門』(弘文堂)に出会い、贅肉の取れた教授の文章に圧倒され、自分にはこの種の文章は書けないと感じた。この本を教授が書かれた年代に、自分も到達した。

  本書は330頁のやや大部の書籍であるが、教授の学問的な厳しさだけでなく、学生に対する優しさを感ずる。教授は「学生よ、大きな本を読め」と声を大きくして、訴えている。また、本には「どうしても全部目を通さねばならぬ本がある。」(215頁)という。拾い読みをしている学者も増えているのではないか。学問を志す諸君は、是非37頁の括弧書きの部分を深く、そしてできる限り強く読んでほしい。評者は、これが「学の独立」と現在理解するようになっている。しかし、これには努力のほかに「勇気」がいる。

(2006年6月1日掲載)

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First drafted 2006 June 1.



『カミーユ・クローデル』 アンヌ・デルベ 著、渡辺 守章 訳
文藝春秋 2752円
 ※彫刻はパリのロダン美術館やオルセー美術館で見ることができる。


カミーユ・クローデルの彫刻

<評者>
若杉 なおみ
(わかすぎ・なおみ)
政治経済学術院客員教授(医師)
2005年11月嘱任
専門:社会医学研究(エイズ・感染症、リプロダクティブヘルス、ジェンダー)

 フランスの女性彫刻家カミーユ・クローデル(1864‐1943)は、ロダンの弟子であり愛人であり、また大詩人で外交官のポール・クローデルの姉でもあった。彼女はたぐいまれな才能と美貌に恵まれ、ロダンとポール・クローデルという2人の芸術家に深く霊感を与えながら、自らは精神に変調をきたして、後年の実に30年の間、収容された精神病院から一歩も出ないまま孤独のうちに78歳の生涯を終えた。

  自分も画家であった、彫刻家高村光太郎の妻・智恵子の生涯とも並べて語られる、女性芸術家の悲劇、である。精神病院での智恵子は狂気の中で膨大な量の切り絵を残し、それを見たものはその自由奔放な色と形に救われる思いにもなるのだが、カミーユは反対にロダンに作品を盗まれるとの猜疑心にさいなまれ、土に触ろうともせず創作を拒否し続けた。

  ロダンとの運命的出会い(19歳)から関係の破綻(34歳)までのカミーユの作品は、ロダンのそれといずれがいずれを真似たのかと言われるほど一体化しているのだが、30歳ころから精神病院に入る49歳までには、本当にカミーユらしさを発揮したすばらしい作品を数多く残している(シャクンタラー、波、おしゃべり女たち、幼いジャンヌ、ワルツ、クロトー、壮年期など)。しかしそのときの彼女は、助手もなくひとり大理石に向かって奮闘し、国家的芸術家としての名声を得ていったロダンとは対照的に、なかなか認められず経済的困窮を極めていた。

  19世紀後半のヨーロッパは科学や芸術が花開き、人々は濃厚で芳醇な人生を送ったかのように見えるが、その中で才能のある女性は必ずしも幸せには生きられなかった…。さて現代の女性たちはその才能や意欲を摘み取られることなく、女として生きながらも愛という名の支配の陥穽におちいることなく、悲劇を回避して生きていけるだろうか。

(2006年5月25日掲載)

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First drafted 2006 May 25.



『道は開ける』 デール・カーネギー 著、香山 晶 訳
創元社 1680円(税込)


悩めるあなたへ

<評者>
藤井 正嗣
(ふじい・まさつぐ)
理工学術院教授
1948年生まれ
2004年4月嘱任
授業科目:英語I、英語II、上級英語
研究分野:グローバル・マネジメント、リーダーシップ論、ネゴシエーション、マネジメント・コミュニケーション

 私が、アメリカである会社の社長をしていた時のことである。事業再建のために日夜奮闘していたが、市場環境は最悪で、企業努力だけではどうにもならないほど、厳しい状況だった。社内のリストラも断行した。あるベテラン社員を生産性の低さから解雇したが、逆に訴えられたことがある。断腸の思いの意思決定だったが、自分の行ったことは正しかったと今でも思っている。ただ、長年苦楽を共にした元社員から訴えられたのはつらかった。日本の本社は、私のマネジメント能力に対して疑念を抱いている風でもあった。そうした絶望の闇の中で、私がひたすら読み続けた本がある。

  それは、デール・カーネギーの『道は開ける』という本である。原題は、"How to Stop Worrying and Start Living"である。本書は、数多くの具体的事例と、悩みを克服するための処方箋を示している。本書の中にある「今日一日の枠のなかでいきよ」を始め、いくつもの貴重なアドバイスのおかけで、再び立ち直ることができた。

  悩みは若さの特権でもあるので、悩むことは当然だ。勉強、友人、家族、将来のことなど、悩みの種は尽きないかもしれない。しかし、悩むことは、そうしたテーマに真正面から取り組んでいることの証でもあるので、大いに悩んだらよい。しかし、悩みに押しつぶされてはいけない。世の中が真っ暗だと感じ、生きている意味がないくらいの大きな壁にぶつかるようなことがあったら、この本のことを思い出してほしい。また、世の中に出て、悩みにぶつかったときにも、この本のことを思い出してほしい。そして、道は必ず開けるのだと信じ、勇気を持って、一度だけの人生を力強く堂々と生き抜いていってほしい。

(2006年5月18日掲載)

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First drafted 2006 May 18.



「第九」
シラー作詩・ベートーヴェン作曲(指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー)
Wilhelm Furtwangler Great Performances 1942-1944 
ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 作品125《合唱》 
ドリームライフ 2,940円(税込)


奇跡の遺産に触れる時

<評者>
笹原 宏之
(ささはら・ひろゆき)
社会科学総合学術院 助教授
1965年生まれ2005年4月嘱任  担当科目:漢字文化圏論・言語表現論・メディアと言語の研究ほか
専門分野:日本語学(文字・表記)
著作:『日本の漢字』岩波新書

  第二次世界大戦下の1942年、ドイツ第三帝国の首都ベルリンでの演奏である。このCDの音源は旧ソ連軍に持ち去られて残ったものだ。音だけしか伝わらない世界は、映像に慣らされた私たちにはかえって新鮮であり、音楽に素人な私でも種々の想像を巡らすことができる。

  総統ヒトラーと宣伝相ゲッベルスは、ドイツ精神の昂揚のため、ベートーヴェンを好んで演奏させ、ラジオでも広く放送された。この異様な状況の中、ナチスからの要請を避け続けた名指揮者フルトヴェングラーの自在な指揮は、この世のものとは思えぬ美麗さを生み、第四楽章のその最終部に極まる。その加速度に追いつくベルリンフィルの技術も圧巻だ。

  翻って、この曲自体も深遠なドラマを秘す。耳の聴こえなくなったベートーヴェンが長い空白を経て1824年に書き上げ、立ち会いのもとウィーンで初演されたのが最後のシンフォニー「第九」である。“若気の至り”とシラーが自ら述懐する「歓びに寄す」という人類愛を謳いあげたドイツ語の詩。若き日にそれに出逢った天才作曲家が抱いてきた積年の思いを合唱という形で実現させた渾身の作。その軽快にして荘厳な曲の至高の完成度は、偉大な芸術家として会心の作であることを示す。彼の苦悩の人生を突き抜けた末の歓喜はいかばかりであったであろう。

  私たちは、ともするとゆっくりと音楽を聴くゆとりさえも失っている。また重厚な世界を敬遠しがちだ。小さな仕事であっても、まれには達成感を得られそうな気分になることはなかろうか。歌われる「Elysium」、「Rosenspur」、「eure Bahn」とは何か、などと考えてみるのもよい。「何かを成し遂げよう」と思うときに、歴史上の存在がいくえにも重なった、人間の可能性を示す人類共有の確かな財産に耳を傾けてみてはいかがだろうか。

(2006年5月11日掲載)

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First drafted 2006 May 11.



『寄生獣』 岩明 均 著
講談社 900円(税込)


気味の悪いマンガ

<評者>
加藤 典洋
(かとう・のりひろ)
国際教養学術院教授
1948年生まれ
2005年4月1日嘱任
担当科目(専門分野)Intellectual and Cultural History of Postwar Japan/
Contemporary Japanese Literature/ Japanese Written Expression (現代日本文学、戦後精神史・戦後文化史)

 進路選択に迷ったときに、あるいは大学の授業がつまらないと感じたときに、岩明均著『寄生獣』を読んでみることを薦める。異性にふられて悲しいときも、いい。

  この本を年長の尊敬する鶴見俊輔さんにお薦めしたのは、この人が「進路選択に迷っていた」からではなく単にこのマンガがすばらしかったからだが、氏は、次の機会にお会いすると、イヤー、徹夜しちゃったよ、と言われた。文学を含め、戦後のベストテンに入る、というのが鶴見氏の見立てで、私もそれに同感である。

  当時同僚の(注、本学でも同僚だが)竹田青嗣さんに薦めたときにも、やはり徹夜させ、それがもとで竹田さんは喀血。結核の疑いで1カ月ほど病臥した。しかし、竹田さんも、むろんおもしろいので徹夜してしまったのである。ちなみに、全10巻。

  一見したところ、とても「気味が悪い」。その不気味さの程度はこの推薦文が不真面目なものと受け取られかねないほどである。

  以前、愚息が小学生の頃、ふと覗いた彼の部屋にこのマンガが転がっていて、それを見たとき、私もとてもイヤーな気持ちがした。しかし、それから5年ほどして、これを読み、このマンガにいまの若い人が力づけられる理由がよくわかった。私も力づけられた。

  寄生獣というのは人間を食べる新生物である。中に、一人の寄生獣の女性が出てくる。最初の名前は田宮良子、後に再登場するときの名前は田村涼子。前者へのオマージュとして作家の阿部和重は『シンセミア』という小説の主人公格の家族に田宮の名をつけ、後者へのオマージュとして村上春樹は『海辺のカフカ』の主人公に田村の名をつけた、のではないかと私はひそかに踏んでいる。

(2006年4月27日掲載)

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First drafted 2006 April 27.



映画『グッバイ、レーニン!』
DVD 3,990円(税込)カルチュア・パブリッシャーズ(株)


自分の国が消えてしまったら…

<評者>
佐藤 史人
(さとう・ふみと)
法学学術院客員講師
1978年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:外国法特論(ロシア=東中欧法・EU法)

 この映画の舞台は1989年の東ベルリン。東ドイツへの愛国心篤いクリスティアーネは、息子アレックスが反体制デモに参加し逮捕される現場を目撃。ショックによる心臓発作で昏睡状態に陥る。8カ月後、母が再び目を覚ましたときには、すでにベルリンの壁は崩壊していた。次に精神的ショックがあれば母の命が危ういことを医師から告げられたアレックスは、その日から東独解体を母から隠すため、必死の努力を始めるのである。

  我々は文献を通じて東独解体に至る過程を知ることができ、活字は権威主義国家の消滅を淡々と描写する。しかし、東ドイツと共に幾星霜を重ねてきた市民が、この体制転換をどのように受け止めたのか、期待と苦痛の入り交じったその感情のひだまで分け入って理解することはなかなか難しい。ところが、この映画はそれを難なくやってのける。母親にピクルスが食べたいと言われたアレックスが、店頭から旧東独の商品が消え去っているのに気付き、必死で東独のピクルスを探しまわるシーンは、コミカルな描写の中にも、東独という国家と共に歩んだ一人ひとりの人生の重みを深く意識させる。この映画がドイツで多くの観客を集め、共感を呼んだのも、そうした点が理由の一つであろう。

  世界にはさまざまな体制の国があり、そのいずれにも庶民の暮らしがある。しかし、政治や法を学び、論じるとき、われわれはともするとその国の制度や指導者層のみを念頭に置いてはいないだろうか。市井の人々の営みに思いをはせることなくして、それらの国を語ることはできないはずなのに。この映画は、そんな当たり前だが、大切なことを思い起こさせてくれるのである。

(2006年4月20日掲載)

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First drafted 2006 April 20.



『妊娠小説』 斎藤 美奈子 著
筑摩書房 714円(税込)


「望まない妊娠」と「知性」

<評者>
吉野 亜矢子
(よしの・あやこ)
アジア太平洋研究科 客員講師(専任扱い)
1970年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目名(専門分野)
ライティング& リサーチ・スキル
(20世紀イギリス文学・カルチャラル・スタディーズ)

 知性を磨くのに、何も肩肘を張る必要はない。わはは、と笑いながら読み進めていって、最終的に何か考えさせられている、そんな本が読んでみたいなら、斎藤美奈子はお勧めだ。いわゆる「文芸評論」に興味がない学生さんにもあえてお勧めしよう。

  『妊娠小説』は、森鴎外の『舞姫』以降、日本の小説に描かれた「望まない妊娠」を丁寧に追っていった評論である。こういえば、内容をおおまかに説明したことになるのだろうが、困ったことにこの本の魅力は、そんなおおまかなくくりではとらえきれない。皮肉や、ユーモア、ちょっと斜にかまえた視点の独自性。加えて、思わずふきださずにいられない引用のうまさ。それらすべてが一体となってこの本を魅力的なものにしているからだ。

  難しい言葉を使うわけではない。題材としている小説も、大学生だったら読むのに苦労はしないだろう。けれど、読み終えたとき、多分、あなたは何か「説得された」気分を味わうことになるはずだ。

  実は『妊娠小説』は、かなりかっちりした文学研究の本なのだ。名作とされる日本の近代小説に大胆に茶々を入れながらも、筆者は自分の主張をきっちりと裏づけることを忘れない。諧謔精神たっぷりに、しかし、論理のステップをとばすことなく、読者を説得していく。そして、ごく普通の言葉を使って語られているからこそ、おそらく、この本は(あなたの勉強している分野が何であれ)あなたに届くものを持っているはずだ。

  面白いことは請け合うから、まず、手にとってほしい。そして、楽しみながらページをめくってほしい。ここからあなたが「論理を組み立てること」「批判的に読むこと」そして、「読者を説得すること」をほんの少しでも学べれば、万々歳だ。

  だって、大学はそもそもそういったことを学ぶための場所だからね。

(2006年4月13日掲載)

Copyright (C) 2006 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2006 April 13.



NHKラジオ講座『徹底トレーニング英会話』 (旧「英会話レッツスピーク」)
NHK出版  価格350円(税込)


勘違いの楽しみ

<評者>
豊泉 洋
(とよいずみ・ひろし)
会計研究科助教授
1965年生まれ
2005年4月嘱任
専門分野:応用確率論、オペレーションズリサーチ、金融工学、情報処理入門など

 人間は目的と手段を勘違いする生き物らしい。 人間の脳は、目的、手段といった論理処理に向いていないのかと思うほどだ。よりよく生きる目的で、仕事や勉強をするはずが、仕事や勉強を目的にし、身体や心をすり減らす。学問するために大学で講義を受けるはずが、大学に入学するのが目標になってしまう。私もしょっちゅうこの手の勘違いをしている。悪影響も多いが、良いこともある。

  ずっとNHKのラジオ講座を視聴している。25年くらいのキャリアになる立派なファンだ。おかげで、英語力向上(向上したはずと信じている)とともに、語学番組に対するセンスが磨かれた。そのセンスで推薦するのが、『徹底トレーニング英会話』だ。歴代のNHK語学番組の中で、ピカイチのできと言える。

  自然に英語が口からでるようにするための仕掛けが満載だ。ネイティブの講師の発音を追いかけるoverlappingやshadowing。文章中のキーになる単語を隠して、その単語をナチュラルスピードで思い出させ、発声させるcomplete three liner。15分の短い番組だが、盛りだくさんの内容がスピード感たっぷりに進行する。

  しかし、この番組の真の魅力は、凝った練習法ではない。この番組の「薦!」は月ごとに変わる、趣向を凝らしたストーリーだ。ある時はニヤリとさせられ、時には心温まる、そんなちょっとひねったプロットのアメリカンショートストーリーが毎月展開される。英語力向上の目的が、いつのまにかストーリー目当てになり、新しいテキストを手にすると、先にストーリーを読みたくなること請け合いだ。皆さんも、こんな勘違いを楽しみながら、英語力向上しましょう。

(2006年4月6日掲載)

Copyright (C) 2006 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2006 April 6.