えび茶ゾーン
 第1087号〜第1101号(2006年4月6日号〜2006年7月20日号)


2006年7月20日


 早稲田大学に着任して三年が経った。ある教員が、学生よりも大学に長く居るようになると学生に対しても余裕が持てると言っていた。早稲田大学卒業でない私など、確かに一年目は自分よりも三倍以上も長い間早稲田大学に居る学生たちにはいろいろと教えてもらうことが多かった。三年経ってみて、今の四年生は私が教員になった年に入ったので、高校生上がりのようなころからすべて知っていることになる。確かに最近、学生に対しても余裕が出てきたなあ▼三年経つと大学にも慣れてくる。校歌もMP3ファイルを何度も聞いて覚えた。練習のため家でも大声で歌う。スポーツの試合も見に行く。自分の知った学生を全力で応援する。早慶戦では、慶應ぶっ潰せと思う。仕事もいろいろ増えてくる。全学的な会議にも出席する。時に、「早稲田出身でない教員には早慶戦で休む学生に対しても理解がなく、関係なく欠席だと言う人が多い」などという生え抜き教員の発言に出合う。がっくりくる▼早稲田大学の前には研究所に居た。研究所は、朝の九時から研究だ。会議といっても、せいぜい月に四、五回。あとは研究だ。研究ができなければ価値がない。大学は何をするところなんだろう。もっと研究を活性化しよう、外部資金を導入しよう、研究の方向性について自己満足にならないように外部評価も導入しよう、と言っていた。しかし最近、学部生の悩みを聞きながら充実した仕事だと思うこともある。早稲田には本当に良い学生が多いと、思ったりもする。

(SU)

(2006年7月20日掲載)

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First drafted 2006 July 20.


2006年7月13日


 小説「ダ・ヴィンチ・コード」にはまってしまった。世間の話題になっていたこともあり、どれどれと本屋でたまたま手にとったのだが、数回のキャンパス間の移動時間で一気に読み終えてしまった。どうして自分の専門以外の本はこうもすらすらと読めるのかと思いながら▼宗教学的、象徴学的にはいろいろな問題点もあるようだが、全くの門外漢の自分にとっては、単純に読み物として面白かった。学生時代から世界史やその周辺の領域にどことなく苦手意識があったので、自分でも面白いと感じたのは意外である。なぜかとあらためてふり返ってみると、あった。惹かれた要素が▼小説の中で重要な役割を果たすジャック・ソニエールは多義語の達人であるとされており、暗号解きの様相を呈しながら物語は展開される。例えば、「A POPE」を教皇と解釈するか、人名と解釈するかといった類である。専門柄、同一刺激をどのように解釈するかという個人差は、非常に興味深い▼「友人の“し”が新聞に掲載された」という短文を読んだ時、あなたは「おめでとう」と言うであろうか、それとも「残念でしたね」と言うであろうか。そうこれは「詩」と「死」の解釈の違いである。普段から不安感を抱きやすい人は、このような曖昧な刺激を否定的に解釈することが知られている▼マグダラのマリアは恵まれた人生を送ったのであろうか。洋の東西を問わずヒットしているという映画もゆっくりと鑑賞できるように、悠々自適に生きてみたいものである。ふと気が付けばまた講義の時間…

(s)

(2006年7月13日掲載)

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First drafted 2006 July 13.


2006年7月6日


 数年前に米国某有名大学の教授から聞いた話。新入生に「なぜこの大学を選んだのか」と尋ねたところ、「ここで○○の能力や学位を得て、××に進みたいから」という答えが大半を占める中、「ここの学問と教育が気に入ったからです」という返答が目を引いたという▼以前「なぜ早稲田を選んだのか」というアンケートで、「勝ち組の大学だと思ったから」という答えを目にした。学歴社会から実力社会への移行が指摘されて久しいが、登場しつつあるのは別種のキャリア社会であるのかもしれない。小生の所属箇所でも、奨学金の申請者数は減っているのに申請者の経済事情が悪化しているデータを見ると、これを「格差社会」の表れとして説明したくもなる▼メディアによって増幅された「格差社会」のイメージが、社会の一部でありながら完全にそれと同化することのない大学という微妙な領域に持ち込まれたとき、そこにある種の「過剰反応」が起こることもあろう。それを考慮しても、今日の日本の大学は「格差社会」への適応とそれへの反動という両極間のみを、振り子のように揺れ動いているように思われる▼もちろん野心的であること自体が悪であるとは言えないかもしれない。しかし普遍知を示唆するuniversitasを語義とする大学は、野心の向かう先を再考できる場でもあるはずだと思うのである。場違いな話であるが、小生は墓碑銘を読むのが好きである。自分の墓誌には、どのような文言が刻まれることになるのだろうか。

(K)

(2006年7月6日掲載)

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First drafted 2006 July 6.


2006年6月29日


 「サラリーマン川柳」に興味を持ち始めた。投票で入選者を競うものだが、入選作はそれぞれ世相を反映していて読み手に感銘を与える。たとえば、「意識してとぼけていたのに「と」がとれて」、「妻のあと残湯少しで半身浴」、「犬もいやがる四度目の散歩」などは秀逸で、家庭内の父親の実態そのものであって、迫力すら感じる▼恐らく実体験をもとに川柳が生まれ、その川柳を支持した本人もその実態に近く、共感するのであろう。「亭主元気で留守が良い」などのコピーが流れた時代があったが、「サラ川」の入賞作にあるように父権は下げ止まっていない▼ゴルフ場では男女の差は際だっている。男性は飛距離に開眼し、飛ぶ・飛ばないが話題となる。同伴競技者に飛ばしの達人がいようものなら、終始話題は飛距離とドライバーのことである。一方、女性は決して飛距離のことを話題にしない。飛距離は明らかにヘッドスピード、打ち出し角、スピン量で決まるので、そんな下品なことを話題にすること自体、ナンセンスなのである▼悔しいことに、飛距離を追究しない代わりに、女性ゴルファーの打つ球は曲がらない。球を打つ技術の向上がゴルフ上達の基本だとすると、飛距離と方向性の追究が目指すべき「技の指標」となる。曲がらない球筋は飛距離よりも重要な要素であって、その辺を世の平均的な男性ゴルファーは全く理解していない。曲がらない球を打つ技術は、体力が基本となる飛距離の技術よりは高度であって、そのバランスが絶対的に優れている女性は強い。ゴルフが上手いのである。

(之)

(2006年6月29日掲載)

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First drafted 2006 June 29.


2006年6月22日


 「役に立つ大学ランキング」という週刊ダイヤモンドの特集がある。これは、毎年一回企業の新卒採用に携わる人事部長へのアンケートをもとに全国の大学のランキングを決めるものである▼うれしいことに、このランキングで早稲田大学はきわめて高い評価を受けている。2006年版では、早稲田の文系・理系が他大学を抑えて1、2位を独占、まさに完全優勝との感がある。「早稲田の学生は日本一!」と胸を張ってもよかろう▼しかし一つ不思議なことがある。この同じ特集の「教育に力を入れている大学ランキング」をみると、早稲田の理系は10位、文系にいたっては22位である。教育ランキングでは二ケタなのに、学生は日本一。これは変である。学生の質は教育で決まるのではないのか▼学生にこの疑問をぶつけると、「いや早稲田では学生同士で切磋琢磨してますから」との答えが返ってきた。なるほどこれは納得がいく。個性あふれた学生同士のぶつかり合いが彼らを日本一にしているというわけか▼しかし、これはちょっと寂しい。われわれ教員も今よりもっと貢献できないものか?▼私は、そのためには、教員のハイレベルの研究活動が絶対に必要だと思う。一流の研究活動があってこそ、教科書を超えた魅力ある講義ができる。物事を自分で感じ、自分で考え、自分で結論を出すことの重要性を伝えることができる▼ここ数年、早稲田の教員の研究活動は明らかに活発化した。実は、それを反映してか、週刊ダイヤモンドの教育ランキングも、最近徐々に上昇している。

(K)

(2006年6月22日掲載)

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First drafted 2006 June 22.


2006年6月15日


 同時代に生きる、ということが、どれほど大きな恵みを意味するものか、ということを、最近思った。四月に演劇博物館で中村歌右衛門展を見たときのことである。あの名優の、今年は没後五年である▼歌右衛門は、四十五年前、私が初めて歌舞伎を見た時に、十一代目団十郎の助六の舞台で揚巻を勤めていた。団十郎の、するどい刃物を思わせるキレのよい体の動きと、歌右衛門の、怖さすら感じさせる存在感とが、中学一年の男子生徒の目に焼きついた。あれから芝居が好きになった。客席に座り、目前で演技する役者と同じ時代に生きていることに、興奮した▼芝居の本に、芝居の理論が書いてある。例えば、歌舞伎の美は様式美である、といったようなことが書いてある。が、いち観客の私は、理論で規定された美の存在ゆえに歌舞伎が素晴らしい、という感覚を、全く持っていない。私にとって歌舞伎が素晴らしい理由は、団十郎と歌右衛門をナマで見ることができた、あの日のあのひと時があったから、に尽きる。そして、今、芝居の世界にあるさまざまのもの、すなわち、新派やら、現代劇やら、開幕前のざわめきやら、柝の音やらが、私にとってすべて素晴らしいのは、やはりあのひと時があったからである▼日本は、文化を次の世代に伝えるための教育に、もっと熱心になるべきである。当代の芸を、子供たちにたっぷり見せればよい。名人と時代を共有することができる贅沢を、子どもたちが味わえばよい。説明不要。理論不要。教育は芸の力がやってくれる。

(HM)

(2006年6月15日掲載)

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First drafted 2006 June 15.


2006年6月8日


 三月に中国の友人夫妻と私たち夫婦で旅行に出かけた。千葉の鴨川で陶器作りをした後、農村をぶらぶら歩いて東京湾側に出る。それからフェリーで三浦半島に渡り、また付近の農村を歩く。最後は伊豆に移って伊豆の踊子の道を辿る。五日間の旅だ▼日本の農村を見たい友人と、陶器が好きな夫人。そして温暖な場所を、という希望を考えてのコースだった。私たち二人だけならまず行かない場所だ。それが、深く記憶に残る旅になった▼新鮮だったのは農村のたたずまいだ。暖かな日差し。田畑と木々の匂い。色鮮やかな草花。人がふだん暮らしている里がこんなに美しいとは。私は自分の無知を恥じた。その穏やかな道を気のおけない友人と語らいながら歩く。旅の喜びを満喫したひとときだった▼さらに嬉しかったのは土地の人との出会いだ。伊豆にこんなタクシーの運転手さんがいた。私たちが中国語で話すのを見て、作家井上靖の生家に案内してくれ、さらに近くの古屋に連れて行って、「ここに靖の祖父の妾が住んでいた。靖が本当に育ったのはこの家だ」と紹介してくれた。驚くと、「学のある人たちだと思ったが、そんなことも知らなくていい旅はできないよ」と諭された。こんな井上靖の生い立ちを知っている人がどれくらいいるのか、私は知らない。だが、私たちはいっぺんにこのお爺さんが好きになった▼こんなに親切で率直な人と一緒なら、異郷も心安らぐ。きっと中国にもこんな人がたくさんいるはずだ。私は友人と、中国の村里を旅する計画を密かに練り始めている。

(T)

(2006年6月8日掲載)

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First drafted 2006 June 8.


2006年6月1日


 国際連盟事務次長として文字通りの国際人として活躍し、かつ旧制第一高等学校校長、京大教授を務めた新渡戸稲造(1862-1933)はことあるごとに学生に対して「チヤフル」(cheerful)たれと訴えかけたという。俊英を集めた学校でともすれば「深遠な」思想をかたる教授連が多い中で繰り返し平易に「チヤフル」たれと学生に語りかける新渡戸の姿は「お堅い」先生などには却って不興を買ったかも知れないが、学生たちはcheerfulに学生に接する新渡戸先生を深く愛したという。詳細は矢内原忠雄『余の尊敬する人物』(岩波新書)を読まれたい。好著である▼学生時代には「へえ」という程度の印象しか残らなかったのだが、大学に奉職し学生を教える立場になってあらためてこの言葉の重みを知った。講義のあとで、ゼミで、そしてインフォーマルな学生との対話の中で「チヤフル」に、陽気にふるまうことは私のプリンシプルに近いものになっている▼もともとネアカな人々には事欠かぬワセダであるから、この手の学生には日常的に会う。かれらは陽気に語りかけてヤル気を与えれば素質は伸びる。だが「チヤフル」さがより重要なのはどうしても「チヤフル」たりえない学生に接するときである。その原因は論文が巧く書けないといった学問的な問題から、健康・経済・恋愛など直接教師がかかわることのできないものもあるが、少しでも「チヤフル」さを取り戻してほしいと願わずにはいられない。cheer, cheerfulの語源はgood faceであるという。悩み苦しみを経て、より「いい顔」を持ってもらいたいものである。

(クリスタル)

(2006年6月1日掲載)

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First drafted 2006 June 1.


2006年5月25日


 うちに赤ん坊がやってきて一年半が経った。彼女の純粋な利己性と暴力的なまでの可愛さに振り回され続けてきた一年半だった。ともすれば彼女の引力圏から逃れられずに私的な領域に安住しそうになり、「家庭の幸福は諸悪の根源」(太宰治)という警句の意味が身に沁みた▼ヒトの子供が成人するまでに親が払わなくてはならないコストをつくづく実感し、生まれて初めて自分の親に対して殊勝な感謝の気持ちをもちそうになった。しかし、そんな謝意など必要ないのだろう。子供が生まれた原因は親にあるのだから、親がその結果に責任をもつのは当たり前だ。子供にしてみれば全く見当もつかない世界にいきなり放り出されたわけである。将来どうなるのかも分からない、確実なことといえばいずれ死ぬということだけだ。だから「なぜ、私を生んだのか?」という彼/彼女からの問いかけが往々にして不満を伴うのは極めて自然だろう。これに対する論理的に正しい解答などあるわけもない。こちらとしては何も言わずにスゴスゴと引き下がるか、逆上して殴りかかるか。いずれも正解かもしれない▼ただ思う。目の前の子供と私が今ここに共に在る確率は、コインを投げて連続百回表が出るよりもずっと小さい。つまり奇跡である。日々、奇跡を目の当たりにしていることに気付けば、彼/彼女の不満も少しは和らぐかもしれない。また、親が子供を自分の所有物のように扱うこともなくなるだろう。奇跡は分け合うことはできるが、所有することなどできないからだ。

(KN)

(2006年5月25日掲載)

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First drafted 2006 May 25.


2006年5月18日


 最近眼鏡レンズを二度交換した。一度目、遠くが見えにくくなり度を上げてもらった。ところが今度はそのレンズでは近くが見えなくなってしまった。指摘されてはいたがこれほどだとは思わなかった。老眼? これでは仕事にならない。仕方なく再度遠近両用レンズとやらに換えてもらった▼レンズの交換に一時間半ほど掛かると言われ、その間に昼食と野暮用を済ますことにして、眼鏡をせずに新宿を歩いた。専攻と性格柄、細部がぼやけるのは許し難く、歩き出したとたんに戸惑う。しかし留まるわけにもいかず、連休で集まる人の中を歩く。しばらくして視界の感触を掴む。細部は全く捉えられないが全体像としての風景の流れを見ようとしている自分に気付く。眼前の細部にばかり捕らわれていないで、たまには眼鏡を外して歩いてみるのもいいものだと感じつつ、学生たちのことを思う▼早稲田大学芸術学校に来ている学生たちはほとんどが他分野から入学し、もう一つの力を夜間に磨く。自分がそれまでに進んできた道を見つめ直し、自ら決断し挑戦する。社会人、そしてダブルスクール生も多い。特にこの新学期の時期、新たな学生たちの興奮気味の輝く目を見ることでその強い思いを察する。おそらく彼らは流れる日常の雑事から一旦離れることで自らを見つめ直し、自分の新たなもう一つの流れを見い出そうとしている▼学生諸君、迷いがあるとき、眼鏡を外した気分で自分を見つめ直し、一度芸術学校をのぞいてみてはいかがか? 新たな可能性を掘り起こせるかもしれない。

(N)

(2006年5月18日掲載)

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First drafted 2006 May 18.


2006年5月11日


 今、本庄キャンパスが面白い。ここ数年、早稲田リサーチパーク本庄インキュベーション、GITS(国際情報通信研究科)、新幹線本庄早稲田駅、と新しい施設が続々とオープン。本庄高等学院とセミナーハウスがあるだけだった本庄キャンパスが大きく変貌を遂げた▼そんな中で、昨年度はGITSの外国人留学生と本庄高等学院の生徒の交流会を3回企画した。中国、フィリピン、バングラデシュ、カンボジア、インドネシア、ウズベキスタン、モロッコ、ベルギー、ブラジル、9カ国延べ15人の留学生が訪問し、3年生240人を相手に総合学習の時間を利用して自国の様子について発表してくれた。1カ国15分の短い持ち時間であったが、彼らは民族衣装を身にまとい、パソコンを片手に周到に準備した資料をもとに音楽・映像・パフォーマンス等を駆使してみごとなプレゼンテーションを英語で展開してくれた▼時間をオーバーしないか、英語の理解できない生徒がいるのではないか、文化の違いに戸惑うのではないだろうか等、始まる前の心配はすべて杞憂に終わった。毎回の終了時に起こった盛大な拍手とそれに嬉しそうに応えてくれた留学生の先輩たち。若さあふれる交流会は毎回明るい笑顔で盛り上がった▼この交流会の実現には、本庄キャンパスの施設間の連携を取るために、各事務所の方々が多大な協力をしてくれた。「東西古今の文化の潮」を都の西北100km離れた本庄の地にもぜひ根付かせてゆきたい。

(T・J)

(2006年5月11日掲載)

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First drafted 2006 May 11.


2006年4月27日


 今この原稿をインドネシアで書いている。以前、政府の外郭団体より視察のために派遣されてからこの国の虜となった。一口にインドネシアと言っても、一万を超える島々から成り、言語、習慣、宗教等もさまざまで、その魅力を限られたスペースで到底語り尽くせるものではないが、一つ挙げれば〈ハリ・ラヤ・ニュピ〉がある▼この拙文を認めている三月三十日は正にこの〈ニュピ〉当日であり、サカ歴によるバリヒンドゥー教の元旦で、一日中静寂に包まれ、外出禁止、遊泳禁止、すべての交通機関休止、仕事禁止、火や電気の使用禁止となり、人々は静かに家で悪魔が去るのをじっと待つのだ。▼無論、われわれ外国人旅行者も例外ではなく、ホテルの敷地内から出ることはできない。館内は消灯され、客室内の点灯は許されているものの光が外に漏れてはいけない。音を立てることなどもっての外だ。要するに何もしない、否、何もしてはいけない日なのである▼するとさまざまなことに思いを馳せざるを得なくなってくる。それも時間がたっぷりあるから徹底的に…授業、学生、早稲田、社会、日本、アジア、世界、地球、宇宙について等々、果てしなく広がってゆく。そして、美しい森を駆け抜け海へ渡る爽やかな風に誘われ、思いはどんどん膨らんでゆくのだ▼皆さんにも、新学期のように何か新しいことをスタートする時期にぜひ〈静寂の日〉を一日持つことをお勧めしたい。それはきっとこれから訪れる時間をより鮮やかに彩り、限りない可能性を掘り起こすことになるだろうから。

(M・A)

(2006年4月27日掲載)

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First drafted 2006 April 27.


2006年4月20日


 某人気グループがさまざまなことに挑戦する番組で、東京都内の幹線道路の交通渋滞をいかに上手く切り抜けて、指定された所を自動車で早く回れるかという企画をやっていた。カーナビとタクシー運転手の経験とどちらが有効かを競うのである▼カーナビも運転手も住宅街の狭い道路を抜け道として示す。それには感心したが、ちょっと待てよと思う。テレビの映像を見る限り、歩行者がギリギリまで端に寄ってようやく車が通れるような道路もあった。果たして、このような狭い道路まで、通過するためだけの車の通行を許す必要があるのだろうか▼道という場には、地域の人々が出会い集う場としての役割もあろう。子供たちはそこを通って学校に行きそこで遊ぶ。近所の人たちは挨拶を交わし世間話をする。地域の人々のつながりが薄くなって久しいといわれるときだからこそ、そのような道の役割を再評価するべきであろう▼以前住んでいたドイツでは、住宅街の道路をわざと行き止まりにしていた。行き止まりのすぐ先に幹線道路が見えても、幹線道路とつなげない。抜け道として利用されないためである。そのおかげで住宅街は静穏を保たれることになる▼元はといえば、幹線道路網をきちんと整備してこなかったことが原因であり、そのツケを住宅街の道路に押し付けていること自体に疑問を感じる。地域の生活環境やコミュニティーにも配慮した道路の在り方をもっと真剣に考えなければと思う。冒頭の人気グループにはぜひ、次回この点にも挑戦してもらいたい。

(AK)

(2006年4月20日掲載)

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First drafted 2006 April 20.


2006年4月13日


 北部九州は大陸との交流では日本の玄関だ。釜山は高速船でわずか三時間、距離的には大阪より近い。飛行機なら上海も一時間半で、東京と同じだ。北京、香港、台湾も遠くない。まさに九州は東アジアの中心と言える。九州から伸びる大陸沿岸地帯を半導体の開発拠点にするシリコンシーベルト構想もある▼北九州キャンパスのIPS(情報生産システム研究科)はITに特化した大学院で、いま留学生で賑わっている。約半数が留学生で、中国大陸出身者はその八割を占める。創立以来広く留学生を受け入れてきた伝統が大陸での早稲田の知名度を高めたのだろう。大半が中国からの留学生という研究室も少なくない▼来日間もない彼らの常識は大陸の文化である。欧米と比較して漢字文化など多くを共有する一方で、日本で一般には知られていないことも多い。チャイナタウンや台湾、香港などで経験した、いわゆる「烏龍茶と紹興酒の文化」で憶測すると火傷をする▼烏龍茶だけでなく、緑茶も日本と比較にならないほど種類が豊富だ。度の強い白酒はあるが、紹興酒は見つからない地方も多い。杯を(一気に)干して底を見せるのが礼儀のようで、女子学生も「礼儀」正しい。男女学生間の強烈な同等口調に遭遇すると言葉を失う▼文化の違いはしばしば誤解を生む。指導教員として留学生の本国の文化を知ることに努めている。同時に、留学生には広く日本の文化も学んでほしい。二十一世紀はアジアの時代である。「都の西北」を歌いアジアから世界に羽ばたく人材を輩出することを願っている。

(JS)

(2006年4月13日掲載)

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First drafted 2006 April 13.


2005年4月6日


 喉をつぶしてしまい、声が出ない、出てもしわがれたささやき声という数日間を過ごした。幸い講義は終了した時期であったし、電話にはなるべく出ないで、大方の仕事はメールで済ますことができた。便利なものである▼そうした中、「小さいコミュニケーション」が回らないことには当惑した。人にぶつかったとき、「すみません」が届かない。ペンを拾ってもらっても、「ありがとう」が届かない。実は相手は何も当惑していないのかもしれない。しかし、発したはずのコトバを届けることができない自分は、ひどく疲れてしまっていた▼最も大変だったのは、視線をもらうことだった。スタンドでコーヒーを買おうとする。口をパクパクさせてしわがれ声を絞り出す。届かない。相手の視界に割り込んで、視線を掴み出す勢いで、こちらを見てもらわなければならない。そうすると、一瞬の不審な表情が、私の眼と手の動きを見て「ブレンド、おひとつ、ですね」とコーヒーを出してくる▼声が出てれば何も見ないで話せてたわけね、と喉に熱いコーヒーを感じつつ考えた。今のこの状態でどうすれば相手に届くのか、よくよく考える機会にはなった。「ありがとう」の代わりのニッコリも普段より大きくなっている。対面であっても、コミュニケーションは音声のみで構成され、成立するものではない。身体で視線を感じるようなコミュニケーションははやらないかもしれないが、相手をきちんと見るだけで、届けあうことはもう少し容易になるだろうと思った。

(き)

(2006年4月6日掲載)

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First drafted 2006 April 6.