とっておきの話 |
学生気分社会科学総合学術院教授 中野 忠
このコラムにふさわしい最近の面白いネタはと考えてみたが、自宅と研究室を行き来する毎日の私には、とんと思い浮かばない。いつも忙しげな私をみて、先日、同僚の一人は「学生気分が抜けてないね」と苦笑していた。確かに、研究室で一日の大半をアクセク過ごす研究室オタク化の傾向は、近年とくにひどくなってきている。3年前、社会史、経済史の研究のためイギリスに滞在していたときも、大学、図書館と自宅の行き来でほとんど終わってしまった。唯一の息抜きといえば、ヨーロッパ文明の境界まで足を伸ばす旅行ぐらい。写真はそのひとつ、トルコのエフェソスを訪れたときのものである(これも図書館かよ!)。しかし結局、旅から帰ればまたオタクに戻ってしまう。 私がオタク化している理由の一つは明らかに、次々に現れる新しい研究を追っかけているからである。確かに、研究職について四半世紀以上も経つのだから、今さら新しいものを追うよりも、別にやるべきことがありそうな気もする。だがその一方で、最近とくに、昔教わった先生のことを思い出す。一人は本学の政経学部の教授でイギリス経済史研究の泰斗であられた小松芳喬先生である。私が慶應の大学院で講義を受けたころは、先生はすでに還暦を過ぎていらしたはずだが、講義内容はそれまでのご自身の業績の解説ではなく、当時の最先端分野、人口史、計量経済史などに関するものだった。先生は研究領域の新しい展開にいつまでも生き生きとした関心を寄せておられたのである。もう一人は、人口史の速水融先生。先生からはつい最近、『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店)という本が送られてきた。現代的なテーマを、それまでの先生の研究スタイルとは違ったやり方で論じた500ページ近い大著である。先生は確か80歳に近いお年のはず。そのお年でこんな大仕事をなさったら、われわれ後輩はどうしたらいいの。土台比較するのが無理ということは十分分かった上で言うのだが、こういう大先生を思い出すたびに、「学生気分」を卒業するのはもう少し後にしてオタクを続けよう、と思わざるを得ない今日このごろなのです。 (2006年7月20日掲載) Copyright (C) 2006 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.First drafted 2006 July 20. |