ぴーぷる

ミス日本としての活動と自らの原点であるボランティア活動の両立を図る
 小久保 利恵さん


小久保 利恵さん
こくぼ・りえ
 1984年神奈川県生まれ。神奈川県立厚木高校卒業。第二文学部3年。社会・人間系専修。2005年8月中国・広州にてWAVOCのハンセン病ボランティアに参加。2006年1月に第38回ミス日本グランプリ決定コンテストでグランプリ受賞。趣味はサックス、ヨガ、ジム通い。

 さりげない身のこなしがにおい立つように美しい。すらりとした立ち姿は一幅の絵のようだ。しかし「ミス日本」の魅力はそれだけではない。社会学に関心を持ち、ハンセン病患者へのボランティアにも積極的に取り組んでいる。「ミス日本の関東大会の時も、2日前までボランティアで中国へ行っていたんですよ! WAVOCの講座で、元ハンセン病患者が住む『藤橋村』の道路建設をしたんです」。もちろん、行く前は不安も大きかった。「感染しないと分かっていても、もし元患者のおじいちゃんに握手を求められて、握れなかったらどうしようって。でも実際に行ったらものすごく歓迎してもらって、そんな不安は吹っ飛びました」

  高校1年の時、父親を病気で亡くしたのがきっかけで意識が変わったのだという。「心にぽっかり穴が空いてしまって。その時『こういう人はたくさんいるのだろうな』と、周りに目を向けられるようになりました」。ミス日本に応募したのも『自分を変えたい』という気持ちと共に、有名になればハンセン病のことを世に広められるという思いもあったから。「でも逆に『イメージ作り』、『偽善』という目で見られることもありますね」。また、ミス日本の活動が忙しくてくじけそうになったことも。そんな時、対談した巨人の原監督に「今これをできるのは自分だけだと思って頑張ってほしい」と言われ、再び力が沸いてきたそうだ。

  「モットーは『挑戦しなければ始まらない』」と語る小久保さん。藤橋村のボランティアに参加した学生によるNGO団体『橋』でも活動を続けている。6月には栃木の大学で、ハンセン病についての講演を行った。「関心を持ってくれたそこの学生が『橋』の活動に参加することになって。早稲田以外でも広がりつつあるんですよ」。今年の8月も藤橋村へ行く予定だ。ミス日本の活動も忙しい時期だが「絶対に行かないと原点を見失うと思うんです」。ミスの笑顔が温かく揺れた。

(2006年7月20日掲載)

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First drafted 2006 July 20.