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市議会議員・学生の顔を持つ落語家
 三遊亭 らん丈さん



さんゆうてい・らんじょう
1959年東京都町田市生まれ。社会科学部4年、大久保皓生ゼミ。都立町田高校、立教大学文学部を経て、三遊亭円丈師に入門。96年に真打昇進。2002年、立教大学経済学部卒業。05年、本学社会科学部に編入学。今年3月に町田市議会議員となる。趣味は俳句、献血(現在、105回)
【URL】http://ranjo.jp

 今春、市議会議員として、三足目の草鞋を履いた。議会の合間をぬって授業に通う多忙な毎日に、さらに講演を兼ねる高座に上がり、客を笑わせる。「議会は深夜に及ぶこともあり、テストに響きそう!」と笑う顔は充実感にあふれる。

  元々は教員志望だったが、大学卒業直前に一夜にして変更し、落語家になった。子どもの頃からの落語好きで、寄席や落語会に足繁く通っていた。落語の魅力のひとつに、寄席の「人生の敗残者でも安らげる独特の空気」を挙げる。「そもそもユーモアってつらいとき、苦しいときの解決法なんだと思う。華やかさもある一方で、不幸な人でも迎え入れるような度量の広さが僕には魅力的なんです」

  7年前の事故が転機となった。真打として全国を回っていた40歳の春、車にはねられ右足骨折の重傷を負った。痛みで眠れぬ病院のベッドで人生の来し方・往く末を考えた時、思い出したのは思想家:内村鑑三の「われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより世の中を少しなりともよくして往こうではないか」という言葉。「もっと広く世の中を見よう」と、再び大学に通うことを決意した。

  「目的意識を持つ今、大学が“大楽”と言えるほど充実していますよ」。夜の高座で稼いだお金を学費にあて、本を読みあさる。立教・早稲田で地方財政・地方自治を学んできたのは、事故後に松葉杖で実家に戻った際に町田市が決して障がい者にやさしくないことを実感したから。弟が病気で亡くなったのを機に町田市に戻り、勉強会やボランティア落語など地元での活動も続けてきた。

  来年度からの大学院進学を目指し、三足の草鞋を履き続ける。「地域として戦争への関与を回避する無防備地区宣言を地元で行う」ことが今の目標だ。10年前には全く予想しなかった活動の広がりに「自分が一番驚いてますよ(笑)。10年後が楽しみ」と意欲は尽きない。「三遊亭らん丈」はまだまだ進化中なのだ。

(2006年7月13日掲載)

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First drafted 2006 July 13.