学び ふたたび

「半学半教」の精神


教育学研究科修士課程2年 山崎 祥雄

地理学研究室の先生方・院生たちとともに
▲ 地理学研究室の先生方・院生たちとともに(左端が筆者)

 慶應義塾大学経済学部を卒業後、大手石油会社に入社、約2年半、営業担当として大阪支店に勤務した。そして、95年1月17日、阪神・淡路大震災を現地で体験したことで、人生の意味や目的について深く考えさせられ、自分が本当にやりたいことにあらためて気付き、会社を退職、教職を志した。その後、半年間、私立学校の非常勤講師を勤め、96年4月、現在の勤務校に社会科教諭として赴任した。

  教職に就いて約10年、担任として2度目の卒業生を何とか無事に送り出し、翌年度の1年間は、これまでの3年間の余韻にひたるのも悪くないと当初は考えていた。しかし、自分のことで何かに集中して馬力を出せるのは今のうちではないか、また、教員自らが知識・技能の向上に努めることが、結局は教育活動に資することになるのではないかと考え、職場から距離を置いたところで学問・研究に専念してみたいと思い立った。

  社会科教育の中でも特に地理教育を専攻しようと考えたのは、子どもたちが面白い・楽しいと思える地理の授業実践は難しいと常々感じていたこと、そして、これまでの経験上、雑学の類やマニュアル化された知識ではなく、自らの学問的背景に裏打ちされた、生きた知識に基づく授業では子どもたちの食い付き方が大きく異なるということが分かっていたからで、大学院ではその生きた知識が吸収できる、そう思った。

  昨年度は、勤務校をはじめ多くの方々のお陰で、職場を離れて研究に専念することができた。だが実情は、専攻以外の科目や予備知識をほとんど持たない科目の履修で、新聞をゆっくり読む暇もないほど授業に追われる毎日であった。しかし、授業をする側から受ける側に立場が変わったことで、あらためて気付かされたことも多かった。そして何よりも、これまで自分が持っていた、ややもすると断片的であった知識や経験の一つ一つがつながっていく手応えを感じられたことは大きな喜びであり、大学院ならではの醍醐味であった。

  今年度は職場に復帰し、週に1回程度、大学院に通いつつ、修士論文の作成に励むことになるが、私の勤務校の伝統に「半学半教」の精神というものがある。この言葉を「常に学びつつある者のみが、人を教えるに値する」と自分なりに解釈し直して、現場での授業実践に臨みたいと思う。

  そして、知的興奮に満ちたこの大学院生活での体験を活かして、世俗的な損得勘定を超えて学問がいかに人生を豊かにしてくれるかを、学ぶ楽しさ・面白さを、子どもたちに教えることを通して、逆に子どもたちからも教わりながら、ともに学びあっていきたい。

(2006年6月8日掲載)

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First drafted 2006 June 8.