進路選択物語 |
東京、で働くということ
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▲ 実家の青森で家族と撮った記念写真
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「東京で就職したい」
この一言を両親に伝えようとして、何度この言葉を呑み込んだことだろう。それほど私にとって郷里を離れて就職することは特別な意味を持っていたのだ。
私は青森にある、のどかで静かな町で長男として生まれ育った。正月やお盆には遠方からの親戚を迎えるような家であったため、上京する際も卒業後は長男として実家に戻るべきだと考えていた。
学生生活では児童養護施設でボランティア活動に励んだ。子どもが喜ぶ劇や企画をすることが主な活動内容だが、相手の要求や反応を見ながら試行錯誤することに面白みを感じ、「人とコミュニケーションをとりながらニーズを具体化できる仕事」を望むようになった。
仕事を決めるきっかけは3年の夏に参加した百貨店のインターンシップだった。販売だけと思っていた仕事は、実際はそんな単純なものではなかった。店舗の顧客特性を把握し、その顧客が好む思考や流行を加味し、何を仕入れ、それをどこにどうやって飾りつけ、どう商品を宣伝するかまで考えた上で、ようやく販売に至るという仕事。担当社員の「お客さまがなぜ買わなかったのかを会話から理解し、次に生かせるのは百貨店ならではの強み」という言葉に感銘を受け、決意した。
しかし、地元には夢をかなえる仕事は、ない。
「東京に残って夢をかなえるか、それとも帰郷し、老いゆく両親と暮らすか」。就職活動は企業の選択より、この二者選択に悩んだ。当たり前だが一方を選ぶということは、もう一方を選ばないということ。百貨店に対する想いは膨らむものの、いつか負うべき長男としての責任が私を踏みとどまらせた。
決断したのは、このことを切り出した際の父の短い一言、「分かった」。
入社を前にして今でも最良の決断だったかどうかは分からない。しかし、東京で働くことを選択した責任、またいつか老いる両親のことはずっと向き合っていかねばならない問題だ。
※ 筆者は2006年3月に卒業。卒業前に原稿を執筆
(2006年4月13日掲載)
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