薦!

2005年度後期分 目次





  『不思議な少年』マーク・トウェイン 著 中野好夫 訳
岩波文庫 価格588円(税込)


禍福とは?

<評者>
古池 晶
(ふるいけ・しょう)
理工学術院客員講師
1970年生まれ
2005年4月嘱任
専門分野:生物物理学

 私の祖母は、今年で93歳。口癖は、「人生万事、賽翁が馬」。転んで骨折、入院してもベッドの上でそう語る。目先(現在)の禍福に一喜一憂するなかれという意味だが、渦中の本人がそう思うことはなかなか難しい。

  私の場合、2度目の大学受験に失敗した春、それまで見える気がしていた希望がすっかりかすんでしまった。それほど深刻な状況ではないのだが、当時は、虚無感と脱力感にさいなまされ、ただ現実逃避の毎日を過ごした。日課は、釣りと読書。嫌と云うほど時間を使った。その秋、2冊の短い本が、私を現実に連れ戻した。『ルバイヤート』という詩集と、ここで紹介する『不思議な少年』。どちらも、人間の存在そのものへの疑念と、それでもその存在を認めざるを得ないあきらめが、独特の世界観で語られる。そこから導かれる現在の認知は、「賽翁が馬」とはまた異質な救いを与えてくれる。

  主人公の少年にサタンと名乗る天使(不思議な美少年)が、表面上は穏やかにまるでおとぎ話のように、人間の本質を見せる。“人間らしく”とか“善悪”などの道徳、またそれに基づいた価値観(人生観や感情)に潜む危うさや矛盾を、具体的にそして淡々と示してみせる。最後に、サタンは人間とは何かを告げ、少年は解放感に満たされる。

  いつの間にか、自分自身が少年と一体化しサタンの話に耳を傾けていた。そして、最後は一緒に、嫌な匂いのする将来から解放された。それは事実ではなく、創り出された想像に過ぎなかった。自らを縛る価値観を疑うことを知った。そして、自分に自身の人生を評価する能力も意味もないと知り、気が楽になった。

  今でもこの本には、禍福や善悪について、人間がどれほど判断できるのかを考えさせられる。

(2006年1月19日掲載)

Copyright (C) 2006 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2006 January 19.



『風景とは何か―構想力としての都市―』 内田 芳明 著
朝日選書 1992年3月発行 1,223円(税込み)


浄水器なしでおいしい水を飲もう

<評者>
門田 康宏
(もんでん・やすひろ)
法学学術院専任講師
1967年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:中国語(中国現代文学)

 先ごろ自宅に浄水器を設置した。これでおいしいお茶が飲めてめでたしめでたし――。でも、よく考えてみると、それほど無邪気に喜んでばかりもいられないぞ。まずくない水、身体に無害な水を飲むために、いったいいつからこんなにもお金をかけなきゃいけなくなったんだろう?

  水だけじゃない。日当たりの好い部屋は値段が高いし、室内の空気を清潔に保とうと思えばエアクリーナー。最近では、酸素シャワーカプセルなんてものまで売られている。健康で快適な暮らしにはとかくお金の要る御時世だ。水や光や空気は、タダで自然が賄ってくれるものだったのに……。

  自然の中に人間が平和に住まうためには、「人間のための自然」から、「自然と共存する文化」、「風景と共生する人間」という立場への転換が必要だと本書では訴える。巷で活発な環境問題論議は、いずれも「環境と開発」の視点から語られるもので、結局は環境の全面的破滅へと進んでゆくことに変わりはない。われわれに求められるのは、自然環境をいかに回復し再生させるか、そして再生された環境の中でいかに共生し共存するか。これが著者の主張だ。そのカギとなるのが「風景の構想力」だが、詳細はぜひ本書を読んでほしい。

  日ごろわれわれは、貴重で得難いはずのものに対して、当然存在するもの・享受し得るものとして無頓着でいすぎるのかもしれない。業者が懐を肥やすために鉄筋を減らすマンションなどは論外だが、健全な精神と倫理観を備えていない都市も決して美しくはあるまい。美しくないとは、暮らしにくいということだ。

  人の生の在り方が文化を育み、文化を基調として都市が形成される。都市の風景が自然との調和を失いかけている今、われわれの文化の水準が問いただされている。

(2006年1月12日掲載)

Copyright (C) 2006 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2006 January 12.



『今あなたにも伝えたい』 るるくめいと 編
せせらぎ出版 2005年10月発行 価格1,000円(税込)


高校生たちが届ける愛の贈り物!

<評者>
菊地 栄治
(きくち・えいじ)
教育・総合科学学術院助教授
1962年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:
「学校経営学特論(院)」、
「教育学演習I・IIG」など

 きわめつけの「教育」の姿がここにある。副題は「高校生がつくったエイズ・ピア・エデュケーションのーと」。大阪府立松原高等学校の長年の取り組みが見事に実を結ぶ。仲間と学ぶ参加体験型学習の極致。「るるくめいと」たちが描いたかわいいイラストとかれら自身の言葉に道案内されながら、臨場感あふれる学びの足跡をたどることができる。

  「知る・考える・動く」(るるく)の生みの親は地元保健師の飯沼恵子さん。一方向的で伝わりにくいこれまでのプログラムの限界を克服したいと高校とのコラボレーションをもちかけた。以来、足かけ6年の自主活動を通して「るるく」は着実に進化していった。このところ、性・エイズ教育は大人たちの政治的思惑や偏見に翻弄され、逆風にさらされている感がある。しかし、ここには希望の光がある。大人や同世代の若者からの「問い」に真剣に向き合い、かれら自身で折り合いをつけながら仲間といっしょに答えを探していく。奮闘の中で、ほんとうに大切なことが少しずつ見えてくる。

  かれらの姿はじつにまぶしく、社会のいたらなさを思うとき、切なくもなる。るるくマネージャーの平野智之教諭もびっくりするようなかれらの成長ぶり。そこには、そっと学びを促す素敵な大人たちの支えがある。居るようで居ない、けれどもたしかな大人たちの存在…。かれらの活動を促し続けている平野氏らの距離感や生徒とのかかわり方には、大学教員としても学ぶべきところが多い。ともすれば生きがたさを覚える現代社会を誠実に生きようとする人々に、ぜひ手にとって読んでもらいたい元気の出る好著である。

(2005年12月15日掲載)

Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2005 December 15.



『花伝書(風姿花伝)』世阿弥 編 川瀬 一馬 校注、現代語訳
講談社文庫 1972年発行 価格470円(税込)


古典を自己流に読み解く愉しみ

<評者>
余語 琢磨
(よご・たくま)
人間科学学術院助教授
1963年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:技術文化論、日本史III、演習 (技術・生活文化研究)、人類学、テーマカレッジ「バリの村」など

 世間によれば、研究室とは書物が山積みになっているところらしい。必ずしも正しくはないが、ワセダ村にはこれを裏づける部屋が多い。ただ、資料として購うと、目次か一部だけを読む、ひどいのは買ったまま新刊案内がはさみっぱなしだ。このような本とのつき合いは不幸である。

  ふりかえると、ある時期なんども手にとった本がある。小学生後半は、志ん生好きの友に紹介された『古典落語』(講談社文庫)。落研には入らなかったが、いくつかの咄は暗記している。中学高校にかけては、小説から評論、トンデモ本まで、古本屋のお世話になりながら乱読した。なかでも、飄々かつ熱意あふれる漢文教師の影響か、父の書棚からぬきだした『唐詩選』(岩波文庫)は、通学のおともになった。裏がえしのファッションだったような気もするが…。背綴じがこわれ茶に変色したそれは、いまも研究室にならんでいる。

  大学生になると、専門書にさく時間が多くなり、おりにふれ読みかえす本が減るなかで、『花伝書』は別格だった。よく青山銕仙会へ能を観にいったが、なにも研究を志したわけではない。年齢に応じた芸のありかたを記す「年来稽古条々」から後の人生の階梯を夢想したり、ものまねの心得を説く「物学条々」から内面と外形に考えをめぐらせたり、自分にひきよせ愉しんでいただけである。『花伝書』に自らを重ねるひとは結構いるようで、立原正秋も同じことを書いていた。抽斗の多さこそ、古典となるゆえんだろう。

  これらの書から得たなにかは、忘れているようで深く私に根づいている。一度しか読まなかった本、当面の必要に応じて読んだ本は、所詮、人生にとってとるに足りないものに過ぎない。表紙が擦り切れるまで読む、そんな本にみなさんも出会ってほしい。

(2005年11月24日掲載)

Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2005 November 24.



『パリ・ロンドン放浪記』 ジョージ・オーウェル 著、小野寺 健 訳
岩波文庫  1989年4月発行
※品切重版未定。中央、戸山、所沢の各図書館にて閲覧が可能。


人間がもつ逞しさへの信頼

<評者>
塩塚 秀一郎
(しおつか・しゅういちろう)
理工学術院助教授
1970年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:フランス語セミナー、特論科目「フランス文学」、仏語IA、仏語IB、仏語II(フランス文学専攻)

 食うや食わずの貧乏とはどんなものなのだろう。とにかく食べ物を手に入れ一日生き延びることが先決なのだから、案外単純な生活なのかもしれない。ところが実際には「呆れるほど複雑」なものだという。わずかばかりの金で、石けんを買うか、剃刀の替え刃を買うか、のびきった髮を切るか、さんざん考えなければならないのに、不測の事態も容赦なく訪れる。街角で景気のいい友人をみかけると、零落した姿を見られたくないばかりにカフェに飛びこむ羽目になる。なけなしの小銭はコーヒーに化け、空きっ腹にしみるばかり。

  1928年、英国青年オーウェルは、ロンドンより生活費の安いパリに移住する。蓄えは底をつくが職探しも奏功せず、質屋めぐりや夜逃げの挙げ句、重労働の皿洗いとして最底辺の生活に身を落とす。本書はパリとロンドンで3年にわたり彼が体験した窮乏生活の記録である。

  とりわけパリを舞台とする前半部が面白い。貧民街や職場のホテルにおける生活が描写されているが、そこに悲惨な調子はない。貧乏をともにする仲間たちが揃って奇人変人で、彼らの繰り広げるエピソードが奇妙にあっけらかんとした印象を残すためだ。

  こうした明るさがもたらされるのは、オーウェルが言うように、「貧乏には同時に大きな救いがある」からだろう。つまり、「将来というものが、消えてしまうのである」。さらには「自分がついにほんとうにどん底に落ちたと悟った開放感というか、ほとんど喜びと言ってもいいほどの感情」が慰めになってくれるという。

  この本を読むと開き直って元気になれる。谷底を見下ろすことで後味の悪い安心感を得るからではなく、人がもつ図太さや逞しさへの根源的な信頼を確かめられるからだ。

(2005年11月10日掲載)

Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2005 November 10.



『図説 世界の歴史』 J. M. ロバーツ 著
創元社(全10巻) 各2,520円(税込)


世界史を見る新たな視点

<評者> 福永 有夏
(ふくなが・ゆか)
社会科学総合学術院専任講師
1973年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:国際経済法など

 皆さんの中には、大学受験の際に世界史を選択し、「重箱の隅を突付く」ような細かい知識を必死で暗記した人もいるかもしれない。また、世界史は暗記が大変だからと受験では選択しなかった人も多いだろう。どちらの人にもぜひ読んでほしいのが、今回紹介する本である。

  この本は、人類の誕生から、米国同時多発テロ、そして2003年イラク戦争に至るまでの歴史をまとめた全10巻の大著である。著者は、「歴史がどのように現在に影響を与えているか」という視点にたって、さまざまな世界史のターニングポイントを紹介している。平板な受験世界史とは全く異なるダイナミックな記述と豊富な写真や図解は、読者を時空の旅へといざなってくれるであろう。

  また、著者が英国の研究者であるという点も、この本に見逃すことのできないエッセンスを与えている。全10巻の中には日本に関する記述も含まれているが、その記述は日本人からすれば若干違和感を覚えるものかもしれない。しかし、だからこそ、英国人から見た日本像を想像することができ、なかなか興味深い。その他随所に英国人ならではの視点がちりばめられており、日本で世界史を学んだ皆さんにとって新鮮な驚きとなるであろう。なお、翻訳本であるにもかかわらず、非常に読みやすいというのも特筆すべき点である。

  最後に、全10巻という大著をどう「攻略」するかだが、1巻の「『歴史の始まり』と古代文明」から順番に読んでいくのがもっともオーソドックスな方法だろう。しかし10巻の「新たなる世界秩序を求めて」から始めて、9巻、8巻と歴史をさかのぼっていくのも面白いかもしれない。身構えず、それぞれの方法で自由に「旅」を楽しんでほしい。

(2005年10月20日掲載)

Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2005 October 20.



『十八世紀パリ生活誌―タブロー・ド・パリ―(上)(下)』
 メルシエ 著 原宏 編訳
岩波文庫 1989年発行 価格(上)987円、(下)903円


世相を知ることの楽しみ

<評者>
青木 則幸
(あおき ・のりゆき)
法学学術院専任講師
1973年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:民法

 舞台となっているのは、1780年代のパリ。本書は、この限定された時間と場所における市民生活の様子だけを、700頁以上にわたって、延々と物語る。そこには、およそ、現代のパリの一般的なイメージに似つかわしくない情景が浮かび上がっている。下水道がなく公道上に遠慮なく排出された汚水。ポン=ヌフで若者のリクルートに精を出す徴兵官。命がけで大量の生牡蠣を食べる人々。裁判所や法律家さらには法律学校に向けられた市民の冷たい視線。などなど。

  フランス革命直前のパリというドラマチックな時代を扱っているのだから、創作や思索の絶好の素材となりえたはずだ。しかし、本書には、そのような創作者ないし論者の意図が、微塵も感じられない。生の素材が、そのままつづられているのである。

  学生諸氏―とりわけ社会科学を勉強している学生―にお薦めするのは、一定の時代・場所の世相を知るということを、純粋に楽しむことだ。人々がどのような住環境に住み、何を食べ、どういうファッションを楽しんでいるのか。どうやって収入を得ているのか。どういう生活に憧れ、どういう生活に不満を抱いているのか。そして、そのような生活を支えるために、どのような取引を行っているのか、などである。本書は、扱われている時代の歴史的魅力や描写される情景の意外性も手伝って、こういう好奇心をかき立て、また充たしてくれるに十分な一冊である。

  法律学をはじめ、社会科学の勉強を楽しむためには、ただ理論の習得を目指すだけでは不十分だ。その理論をもって対処しようとする社会の実態そのものに関心を向けることが不可欠である。かかる関心を育む入門書として、ぜひ一度、本書の味読をお薦めする。

(2005年10月6日掲載)

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First drafted 2005 October 6.



『ことばが劈かれるとき』
竹内敏晴 著 ちくま文庫  672円(税込)  1988年1月発行


あなたの声は届いていますか?

<評者> 若林 幹夫
(わかばやし・みきお)
教育・総合科学学術院教授
1962年生まれ
2005年4月嘱任
担当科目:社会学研究II、社会科学基礎研究IIA、演習I(社会学)A、演習II(社会学)A、現代社会研究6

 「人の間」と書いて「にんげん」と読む。人としてこの世を生きるとは、人と人の間で生きるということだ。だが、同じ人間だからといって、互いの間で生きることが容易であるわけではない。

  親しい友人や恋人と語っているのに、互いの言葉が触れ合うことなく空回り。ゼミでの議論が、言葉も思いも戦わせた実感なしに虚しく終わってしまう。それ以前に、話そうと思いながらも、どうも言葉が切り出せない。そんな経験は多くの人にあることだろう。「話せば分かる」というのは間違いではないが、そもそも「話すこと」が成立しなければ話せない。

  「劈かれる」と書いて「ひらかれる」と読む。それは言葉が、そして声が他者との関係に向けてひらかれると同時に、言葉や声を発する人間の体が他者へ、世界へとひらかれてゆくということだ。「話す」とは、単に意味のある言葉を口に出すことではない。「話そうとする体」が他者や世界に向き合い、他者の働きかけに自らをもひらいてゆくことである。言葉と体は、人が他者や世界へと繋がる媒体として、分かちがたく結びついている。 少年期に聾唖に近い体験をした後、言葉とコミュニケーションとの再会を経て、演出家、演劇教育者として歩んできた著者の竹内敏晴は、そうしたことば観、からだ観をこの本で繰り返し、さまざまな事例や経験を引きながら伝えようとしている。その語りの調子は、今の学生諸君にはちょっと厳しすぎるかもしれないけれど、まずは著者の怒りや苛立ちも一緒に、この本を読んでみてほしい。そして声を出して人に話しかけ、人の言葉に耳を(体を)傾けてみよう。

  世界との出会いはそこから、繰り返し始まる。

(2005年9月29日掲載)

Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.
First drafted 2005 September 29.