とっておきの話 |
デジカメの功罪社会科学総合学術院助教授 笹原 宏之
デジカメは、実に便利なものである。 奇妙な看板、不思議な建物から可愛らしいネコ、そうしたものを見付けても、銀塩カメラを使っていたころには、フィルムや現像の手間を考えると、「まあこれくらいは撮って残さなくてもいいか」と思ったものだった。 また、日本の文字の実態を追いかけるという専門のせいで、街中に出ていても、「これは」と思う“文字”が目の片隅に飛び込んでくることが少なくない。看板や貼り紙などの文字であれば、メモをして済ませることも多かった。しかし、これがまた手間の掛かることで、初めての土地では景色も見ずにメモばかりを続けることもしばしばだった。そしてその苦労の結果も、再現性がなかったのだ。 この状況を一変させてくれたのがデジカメだ。メモからの解放である。近所を散歩していても、出張で見知らぬ土地を歩いていても、不思議な文字には出逢えるものだ。パソコンフォントの普及で、街中の文字の個性もだいぶ薄れた感があるが、それでも個々人が手書きした貼り紙などには、個性溢れる文字が躍動している。 道端にも右の写真のような貼り紙があり、路上にもレッカー移動された駐車違反者に出頭を促す、婦警さんが長いチョークで書いた文字がある。「警察」の「警」は「敬」が「リヌ」を並べた警察独特の略字となっている。警官の間では、毎日たくさん書くので、独特の略字が普及しているのだ。 くたびれて喉が痛くなり町医者に行けば、カルテに書かれる「熱↑」という表記や「頚椎」といった略字。これはさすがに撮りにくい。また、人物や怪しいものが写り込まないようにと、これはこれでやはり気苦労が重なる。 たまる一方のデジカメ写真は、ファイル名を付けることで検索ができるようになるが、最近はこれも追いつかない。撮った写真を本の図版に使おうとしても、探す手間を考えるとまた撮り直す、なんてことにもなっている。仕事に追われているせいか忘れっぽくなっている身にとっては財産であると同時に負債のようにもなってしまっている。 (2005年12月15日掲載) Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.First drafted 2005 December 15. |