学び ふたたび

私の宝物
 ルーマニアの子どもたちとともに


経済学研究科修士課程1年 慶野 美幸

 立教大学社会学部卒業後、在独日系企業、国際協力機構に勤務。退職後、2002年から2004年まで青年海外協力隊員として、ルーマニアに赴任した。現地では、子供宮殿と呼ばれる課外活動施設の日本文化コースの教員として、小学生から高校生までの児童・生徒に、日本語や、生け花などの日本文化を教えていた。しかし、日本語指導経験もない私が、ルーマニア語で日本語を教えることは苦労の連続であり、協力隊とは名ばかりで、教え子始め、同僚などたくさんの現地の人々の協力に支えられていた毎日だった。しかしそれが功を奏し、世話好きのルーマニア人に気に入られ、家に招かれるなど楽しい時間を過ごすことができたのは良い思い出である。

  「ミユキセンセイ、コンニチハ!」と暑い日も、雪の日も元気良く教室に飛び込んで来た子どもたちは、今なお私の活動の源であり、今日学生としての私が存在する理由でもある。ある授業で、母の日に贈るカードを作った時のこと。いつも陽気な女の子がいつになく元気がない。理由を尋ねてみると、母親が出稼ぎに行っており、長い間会っていないという。聞けば、教え子の約3分の1の親、または両親がスペインなどの西欧諸国に出稼ぎに行っているという状態だった。活動を通じ、ルーマニアの子どもたちの能力は決して低くないと思っていたし、学校制度もある程度整っている。それなのに、国内に雇用を創出する産業が発達しないのはなぜか? 優秀な学生ほど、国外に出てしまうのはなぜか? しかし、一方では仕送り金で裕福な暮らしをしている人もいる。この子どもたちが働く頃はどう変化しているのだろうか? ルーマニアの生活で目の当たりにした事例の背景にある要因を、経済という側面から考えていきたいと思い、再び学校に戻ることを選んだ。

  学部で経済を専攻しなかった私にとって、授業についていくことは決して容易ではない。しかし講義を通じ、あやふやだった事が整理され、それが実際の体験と結びつき、また新たな疑問がわき上がる。この瞬間こそ、学ぶことの奥深さと楽しみを味わえる至福の瞬間である。修士論文提出予定の2007年はルーマニアが念願のEU加盟を予定している年でもある。現在、ルーマニアはその加盟に向けたアキ・コミュノテール(EU法の総体)という“宿題”を一進一退しながらも着実にこなし、加盟に近づきつつある。私自身も修士論文という目標に向かって、ともに、前進して行きたいと思う。


ルーマニアの子どもたちと(中央の着物姿が筆者)
ルーマニアの子どもたちと(画面右上中央の着物姿が筆者)

(2005年12月8日掲載)

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First drafted 2005 December 8.