先輩に乾杯!

一つの組織にとらわれず、政策立案の仕事に携わる
関山 健さん


関山 健さん
せきやま・たかし
 1975年愛知県生まれ。愛知県立千種高校卒。98年法学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。2000年JETRO職員(出向)として中国へ。同時期に香港大学国際関係学修士課程を修了。法令作成、予算編成などの担当を経て、2003年財務省退職。北京大学国際関係学院の研究員として再び中国へ渡り、日中米の三国関係を研究中。また、2005年に一旦帰国し、外務省の任期付職員としてASEAN向けODA政策の立案を担当中。

 卒業後、自分のやりたい仕事ができるか、不安に感じる学生は多いだろう。たとえ第一志望の会社の内定を得ても、あるいは漠然と転職を繰り返しても、根本的な解決とは言えない。「自分のやりたいこと」をどう実現していくか。今回は堅いイメージのある省庁ですら、自由に行き来しながらキャリアプランを実現している先輩を紹介しよう。

自分の履歴書は自分で書きたい。組織の内外から政策立案に携わる道へ

 ラグビーサークルに没頭し、あまり大学には行かなかったという学生時代。3年生の冬、「政策立案に携わる仕事をしたい」という思いを実現するため、国家公務員T種(法律職)の試験勉強を開始。半年後、見事合格し、大蔵省(現財務省)に入省した。「国家公務員の採用は初めの筆記試験が少し難しいだけで、最後は民間企業と同様に人物が重視されます。試験対策勉強の偏重はお勧めできませんね」

  目標通りの職を得たが、約5年の実務経験を経て、退職し、博士号を取るため北京大学へ留学。「実務を通して興味がわいた東アジアの国際関係の分野で仕事を続けるには、財務省に残ることはベストではないと判断したんです」。自分の仕事を政策として実現していく省庁での実務は、プレッシャーもあるが、大きな達成感もある。だが、個人の担当分野は非常に狭く、異動も早いため、望んだ仕事ができるとは限らない。一方、学者やアナリストとして外側から政策立案に携われば、政策の実現可能性は下がるが、望んだ専門分野を深めることが可能。ともに一長一短がある中、関山さんは両方の世界を行き来することを選んだ。「やっぱり自分の履歴書は人事部ではなく自分が書いていきたいんですよ」

  現在は、留学中に応募した外務省の任期付職員に採用され、実務に携わっている。任期終了後は籍を残してある北京大学に戻り、最終的には中国・アメリカ両国で2つの博士号取得を目指す。また、中国留学中に、高校時代の先輩のコンサルティング会社を手伝ってきたノウハウもあり、外務省の任期終了後、中国に居ながらにして、日本で新たに起業しようともしているから驚きである。「自分の履歴書を書く」ためにはそれに見合った努力とアンテナを張り巡らせることが必要なのだ。

最初の就職で人生が決まるわけではない。日常のチャンスに敏感に!

 長年のラグビー経験もあり、チームプレイは好きだが、組織には固執しない。「組織のことを考えても、まず自分だと思うんです。個人が能力、専門性を高め、楽しんで最大限の力を発揮しないと組織の力は上がらないですよ」。これまでは、関山さんのような生き方は難しかったかもしれないし、現在も不確かな部分は多い。だが、時代の風潮は、個人の能力を重視するようになったことも事実だ。「自分の人生が最終決定されるわけじゃないのだから、最初の就職をあまり重く考えないで」と話す関山さんは、ただし、とひと言付け加えた。「例えば現在考えている起業プランは、一見関係のない財務省での経験がものすごく役に立っている。日常の中での出会いやチャンスを取り込んでいく姿勢はとても重要ですね」

(2005年10月6日掲載)

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First drafted 2005 October 6.