とっておきの話


2005年度前期掲載分 目次





環境は壊してこそ価値がある?


人間科学学術院教授 森川 靖

植林風景
植林風景

 今年の5月初めに、ベトナムのマングローブ再生プロジェクトにでかけたときの聞き取り調査の結果である。

  紅河(源流は中国)河口域(ハノイから車で約3時間)は広大なデルタ地域で豊かなマングローブ林であった。しかし、今は壊滅状態で殆どがエビと海草の養殖池と化している。ベトナムで唯一のラムサール条約指定地域となっているXuan Thuy国立公園はヘラサギなどの鳥類が豊富である。生態系保全のためのバッファーゾーン8千ヘクタール、コアーゾーン7千ヘクタールと広大である。

  しかし、指定地域にもかかわらず、バッファーゾーンは養殖池であり、コアーゾーンでは潮の干満を利用した定置網漁業が盛んである。これで指定地域か、と唖然とした。ちなみに、養殖のシステムは国が1世帯あたり1〜2ヘクタールの池を造成し、約2千世帯に10年間貸与する。エビの養殖は年2回、1回は自然養殖、2回目は人工養殖である。年間の生産量は1ヘクタールあたり2百〜3百kgであり、売り上げは普通のエビで1kgあたり5百〜6百円、ブラックタイガーだと1kgあたり約千円という。生産過程には問題が多い。病気防除のための抗生物質の散布である。

  さて、このデルタ地帯であるが、ベトナムは何とかマングローブ林を再生し、マングローブ林の保全と漁業の両立をめざしている。この再生プロジェクトの一部を東京電力が担っている。

  この地帯のマングローブ林は寿命が30年程度という。上流からの土砂が堆積し、陸地化するためという。衰退後の土地は陸地化し、マングローブ林であったおかげで、ある程度肥えた土地となっており、農地になる。

  沿岸の土砂堆積デルタは新たなマングローブ植林の対象となる、ということは植林努力が永遠につづくということだろうか。さらに、近年の土砂堆積の速度は著しく、10年間で100〜150mデルタが拡大しているという。上流の森林伐採による土砂流出がデルタを広げ、国土を拡大し、農地面積を増やしていることになる。上流域の乱開発はベトナムにとって歓迎ということになるのだろうか。

  わが国のことわざを思い浮かべて欲しい。「白砂青松」、美しい自然を表すとされるが、長い森林利用から山はマツ山にかわり、その結果土砂が海岸に堆積した姿を現しているともいえる。

■森川靖研究室
【URL】http://www.f.waseda.jp/yasu/

(2005年7月14日掲載)

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First drafted 2005 July 14.



早寝・早起き


政治経済学術院教授 森 映雄

筆者
▲ 筆者

 つい先日夏至でした。

  日が早く昇り、少し空が白み始める4時頃、雨戸の隙間から朝を感じながら沸かしたコーヒーを啜って1日が始まります。「早寝・早起き」の習慣は、遡ってみると学生時代からほぼ40余年続いています。

  今は桜並木も美しく、魚も回遊している神田川沿いの下宿―十数年前訪ねましたが跡形がありませんでした―で学生生活を始めました。年老いた大家さんは、学生を入れて懲りた体験上、入室を止めていました。

  引っ越し当日、荷物を整理したあと挨拶に伺うと、渋面の大家さん曰く、
「あなた早稲田の学生さんなの。うちは社会人だけで、学生お断りなの。森さんには騙されたみたい」

  入室契約を代行したのは下宿探しを手助けしてくれた某社社員でした。下宿は10室程度の小さいものでした。入居者は、職種はバラバラでしたが皆勤め人で、人柄の良い方ばかりでした。その人たちの生活ペースを乱さないためにも、大家さんの苦言返上のためにも実行したのが「早寝・早起き」です。生理学的にも早寝すれば、朝早く目が覚めます。朝食に出掛けるまでの数時間、都会の喧騒に煩わされることなく、集中できる時間は貴重なものでした。講義関連の参考書ばかりでなく、高校時代あまり読めなかった文芸書にも親しめました。また、落語、講談等日本の話芸に趣味を拡げたのもこの頃でした。

  大雨の時の増水には、形相を一変させましたが、朝の神田川のせせらぎ、時には川面を伝わって聞こえる山手線の電車の音は心地よいものでした。「春は曙。……紫だちたる雲の細くたなびきたる。……」。清少納言と同じ感激を味わうこともありました。「三文の徳」かな?

  ゼミ合宿ではゼミ生の「寝る時間」とこちらの「起きる時間」が同じになること度々です。学生さん、「早寝・早起き」は如何ですか。

(2005年6月30日掲載)

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First drafted 2005 June 30.



早稲田の偉い人


文学学術院専任講師 都甲 幸治

本当にご苦労さまです
本当にご苦労さまです

 大学の先生というのは大変である。去年早稲田に就職した僕はそんなこと全然知らなかった。プリントの印刷だけで一苦労だ。わかっていながら直前まで原稿はできず、印刷機は無情にも止まる。インク切れ、紙詰まり、そのほか僕には想像もつかないトラブル。そのたびに係の人にすがりつく。本当は嫌なんだろうけど、いつも笑顔で助けてもらった。今まで早稲田になんの縁もなく、知り合い1人いない自分にはそんな笑顔が嬉しかった。

  そうやってなんとなく話すようになったのが、教員ロビー印刷室の山内一宏さんである。驚いたことに、彼は僕が訳したブコウスキー『勝手に生きろ!』さえ読んでいるアメリカ文学ツウだった。そうなると話は早い。ほとんど彼に弟子入りする形で、僕は印刷のあれこれを教えてもらった。彼の仕事のキレはすさまじい。頼まれた印刷は1枚も乱れることなく、ピシッと角があった状態で皺一つないビニールにくるまれ、棚で授業を待っている。本当にすごいなと思ったのが、アメリカのマンガを印刷したときだった。マンガは文字原稿と違って黒味が多い。インクの量が増えると紙は丸まりうまく重ならない。ついには出てきた原稿が前のをはじき、部屋中に飛ばしてしまう。手を真っ黒にして格闘していた僕を見かねて山内さんが助けてくれた。後で原稿がやっぱりキレイなパッケージになっているのを見て本気で尊敬した。

  ふだんは何をやっている人なのか訊いてみた。なんでも早稲田大学芸術学校で建築を学んでいるらしい。今は最終学年の3年で、来年の春には郷里の静岡に帰るそうだ。「当面の夢は1級建築士になることです」と語ってくれた。どんなに困難な作業もグチ一つ言わずこなしている彼ならきっと夢を掴めると思う。まあ僕はちょっと寂しくなるけど。今は自分がいなくなった後のために、編み出したさまざまな印刷の技をまとめた冊子を作っているそうだ。つくづく頭が下がる。こうやって自分の仕事に誇りを持ってがんばっている人たちの存在が早稲田の力なのだろう。僕もその1人に加われればと思う。

(2005年6月16日掲載)




鳴く亀と吠えない犬


文学学術院教授 大藪 泰



 現在、わが家には2匹のペットがいる。1匹は亀、もう1匹は犬である。どちらも無口である。

  亀の名はキートス。ミシシッピ・アカミミガメ、いわゆるミドリガメである。つきあい始めて10年ほどになる。4センチほどの長さだった甲羅が、20センチを超えるまでに成長した。産卵期になると、いらだった様子を見せるが、それ以外はいたって穏やかな性格。首筋を撫でられても平気である。このアカミミガメ、解説書には気性が荒く噛みつくとあるが、彼女に関する限り間違いである。

  ところで、亀が鳴くことをご存じだろうか。鳴き声を聞いたのは、飼い始めて5年、よく慣れ始めた頃だ。ソファーに座り足を伸ばしていると、足先から登ってくるようになった。ある日、いつものように腹の上に陣取ると、私と視線を合わせ、口を開けて「クヮッ」と声を出した。気付いてみると、年に数十回は鳴いている。無口な亀も鳴くのである。

  犬の名はムサシ。ボストン・テリアのオスである。わが家に登場して8カ月の新参者。生後10カ月の腕白盛りだ。小ぶりだが、俊敏で足が速く、社交的で力も強い。ご覧のとおり、顔や姿は“のらくろ≠ゥ“バイキンマン”に似て鼻が低い。陥没しているといってもいい。とうていハンサムとはいえない。おまけに犬のくせに無口ときている。吠え声を聞いたのは数えるほど。驚いても、怒っても吠えない。ほかの犬が吠えても、吠えない。無口な犬もいたものである。

  この無口なペットたち。人の目をよく見るのも似ている。私の研究テーマの1つは人の視線だが、亀と犬の視線も気になりだした昨今である。

(2005年5月19日掲載)

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First drafted 2005 May 19.



時代のスピードと地球環境問題


理工学術院教授 田辺 新一

ポルトガルのアズレージョ
▲ ポルトガルのアズレージョ。青い色が特徴的。石の安定の国。ところでポルトガル語には、日本語になっている多くの言葉がある。例えばおんぶは、肩の意味。カッパ、ジョウロ、コンペイトウ、カステラはよく知られているでしょう。

 大阪まで出張しても、最近は宿泊することはほとんどなくなった。大阪往復の新幹線に乗っている時間は5時間ぐらい。江戸時代、東海道の東京―京都の旅は2〜3週間かかったそうだから、5時間との差は得をしていることになる。アメリカまで10時間程度。私の恩師は米国留学の際には、氷川丸でハワイ経由、シアトルまで10日間航海したとのことである。

  その得をした時間にさまざまなことができそうであるが、実は細切れに時間を使ってしまっている。電子メールなどの通信手段が速くなっている分、自分の考えるスピードも速くなっているような錯覚にとらわれている。周りのスピードは速くなっているが、自分の考える時間は変わらないため、ストレスが蓄積する。海外出張のフライト中に、周囲を見渡すとパソコンで作業をしているビジネスマンが多数。近々、フライト中にもネットワークに接続できるようになるそうである。困ったものだ。ビジネスマンのパソコンをトイレに行くときにチラリと見ると、ソリティアで遊んでいた。よかった。安心した。

  物体を安定させるためには、「コマの安定」と「石の安定」の2種類がある。コマは高回転することによりのみ安定できる。一方、石の安定はどっしり構えていることだ。現代社会では石の安定は必ずしも評価されない。しかし、環境問題やエネルギー問題を解決する大きなキーワードはライフスタイルであると言われている。その中でもスローライフという言葉がよく使われる。スピードにどう翻弄されないか、石の安定の考え方が環境問題解決には大切だと思っている。

  2月16日に京都議定書が発効された。日本は二酸化炭素の発生量を1990年と比較して6%減少させなければならない。ところが、逆にすでに10%程度増加してしまっているのだ。生活のスピードが速い人はエネルギーを多消費する。だから環境問題は難しい。

(2005年6月2日掲載)

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First drafted 2005 June 2.



ラグビーと大学と私


教育・総合科学学術院助教授  後藤 雄介

この中に筆者がいます
▲ この中に筆者がいます。若き院生時代の合宿風景ですが。

 なにを隠そう、私はラグビーが好きである(観戦専門ですが)。しかも、早稲田とはずっと縁のない人生を歩んできたにもかかわらず、高校時代以来なぜか早大ラグビーのファンであった。ところが5年前、はからずも早稲田に着任することになった。これまでは「一傍観者」に過ぎなかったが、これからはなんと、「身内」として応援できてしまうではないか!それはそれは喜びもひとしおであった。

  それまではすべてテレビ観戦だったが、着任後は秩父宮ラグビー場や国立競技場に足を運ぶようになった。テレビの前で手に汗握りながら見つめていた早明戦を、関東学院大との息詰まる熱戦を、スタンドから目の当たりにすることができた。まさに感無量!……といいたいところだが、じつは少し戸惑っているのである。それはなぜか?

  試合前には「都の西北」が唱和される。白熱した場面では「ワセダ! ワセダ!」の声援が飛び交う。トライの瞬間には、大歓声とともに大学の小旗がうち振られる……。当たり前といえば当たり前の光景だ。しかし私は、どうもその雰囲気に素直に溶け込むことができないのである。

  理由はまさに、自分が早稲田の「身内」になってしまったことによる。ただラグビーを応援したいだけなのに、「ワセダ! ワセダ!」と口にすると、なんだか大学を丸ごと背負い込むようで怖い(笑)。それは困る。早稲田はあまりにも大きく、私にはまだわからないことが多過ぎる。よき早稲田はぜひ愛したいけれど、そうでないところ(とき)には、やはり一言申したい。それもまた「身内」の責任だろう。これはなにも大学組織に限ったことではない。要は、ナショナリズム一般の問題なのだ。つまり、「国を愛せよ!」と言われても、無条件にすべてを愛するなんて──ちょっと考えてみれば──とてもできない相談でしょ?

  ……というわけだけでもないけれど、今日はまたテレビ観戦だ。日本選手権、早大ラグビーは社会人チームを相手に善戦した。いい試合であった。テレビの前の私は、ひとり(だからこそ?)「熱く」応援する。お見せできないのが残念だ。

(2005年4月28日掲載)

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First drafted 2005 April 28.



リトアニア大統領官邸の桜の木


植樹しているアダムスク大統領と杉原千畝夫人。左端が筆者
植樹しているアダムスク大統領と杉原千畝夫人。左端が筆者

法学学術院教授 佐藤 英善

 愛読誌『音楽の友』を開いたら、オペラ「愛の百夜」(三幕五場、作曲一柳慧、台本辻井喬、指揮外山雄三、演出白井晃)の案内が目に飛び込んできた。外交官杉原千畝の感動の物語をオペラ化したもの。杉原千畝のことは、第二次大戦中外務省の意に反して六千人のユダヤ人にビザを発行し、その命を救った日本のシンドラーと言えば、ご存じの方も多いだろう。イスラエルでは国民的恩人として扱われ、同国の切手にもなっている彼は、実は早稲田の教育学部で学んだ我々の先輩でもある。

  音楽と言えば、昨年、夏合宿練習中のラグビー部を激励に菅平に行った際、同宿したホテルで来日公演中のピアニスト・ヘンリー・シーグフリードソン(フィンランド出身。1994年リスト国際コンクールで1位)と出会い、彼から美味しいワインを頂き、意気投合。さらに、突然そこにあったピアノに向かいプライベート・ピアノ・コンサートとなったのは感激だった。彼は、日本公演でショパンの「ノクターン・ハ短調作品四十八の一、ソナタ第二番〈葬送〉」、リストの作品などを演奏し、男性的でスケールの大きい弾き手として高く評価されている人物だ。神のいたずらとはいえ、スポーツと音楽、芳醇で珠玉の時の流れを菅平で味わった夏であった。

  杉原千畝の話にもどろう。彼が校友であることから、大学は彼の故郷、岐阜県八百津町の平和の丘に顕彰碑を建てた。同時に舞台となったリトアニア(バルト三国の1つ)の首都ビリニュスを流れるビサヤ河畔に顕彰碑を建立するとともに、彼の業績を顕彰するボランティア活動として進められていた桜の木を植える運動にも協力した。その際、責任者として、アダムスク大統領を官邸に表敬訪問し、懇談しているうちに、官邸の裏庭にも桜の木を植えましょうと提案したら、大統領の答えは即座に「グッド・アイディア」。これが大統領官邸に桜の木を植えた話である。時に2001年10月5日のことだったから、桜は花を付けているだろう。機会をみてリトアニアへお花見に行くつもりだ。

(2005年4月14日掲載)

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First drafted 2005 April 14.